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テーマ:暮らしを楽しむ(388567)
カテゴリ:ミニマリスト家族
わたくしが、今
いわゆる「お財布」を持ってない、ってことは、 前回の日記でご覧いただきました通りでございまして → ★ ということは、必然的に「お財布を買わない暮らし」と相なり、 すなわちこれ「お財布を買う楽しみを失った暮らし」でもある訳です みなさま こんにちは。 すずひです。 お財布買うのって、楽しいでしょう? あれこれ迷うのも、選ぶのも、そして初めておろす日も 何だかとっても楽しい「人生のイベント」「特別な出来事」という感じで。 どなたさまにおかれましても、きっと憶えのある気持ち。 ************************* で、自分で自分にお財布買う機会がさっぱりないため おとーさんに買いました。 贈り物として買うのであっても、 おとーさんのお財布であっても、 迷うのは、選ぶのは、そしてやっぱり初めておろす日は・・・・ とっても楽しかった! ************************* わが家には、いつもちょっとこだわりの とっても美味しいパンがストックされておりますが・・・ わたくし自身は、 ほとんどパン屋さんの買い出しには行ってないんです。 いつもおとーさんが行ってくれている。 いつもありがとう、って思ってるし伝えてるんですけど ある時、それが満ちるというか、つのる、というか スタンプカードなら1冊がいっぱいになる感じというか、 気持ちが「満ちる」と、 なぜかしらわたくしは「お財布」をプレゼントしたくなる。 (そういう意味ではおとーさんも、 もう何年も自分でお財布買ってないんじゃないか!?) わたくしの注文したパンの他に、目新しい新製品を見つけてくるのも得意なおとーさん。 ************************* ゲッターズ飯田さんのお話なんですけど。 転職を繰り返す人がいて、そのたびに相談に乗っていて、 ・その人の何がいけないのか ・その人に何が足らないのか それは「感謝」だと言う事が解った、というお話。 この会社に雇ってもらったという感謝、 日々の仕事があることへの感謝、 必要とされる場所、居場所があることへの感謝、 支えてくれる家族があることへの感謝・・・ それが足らない。 その人にあるのはちっぽけな自分のプライドだけで、 周囲に感謝する事を忘れており、 もしかしたらそもそも感謝を知らない? のか? と。 え。 転職を繰り返してしまう人に足りないものは、感謝? 根性でも、忍耐でも、辛抱でも体力でもなく、 頭脳の明晰さや要領の良さ、能力云々や人付き合いスキルでもない。 仕事に対するやる気や情熱でもなく・・・「感謝」だ、と。 ちょっとどきん、としませんか? ああ、これは、職業(お仕事)だけでなく 夫婦やパートナー、親子、友人関係・・・ 誰かと暮らすとか、良い関係を続けようと思うとき・・・ また、何かに取り組んだり継続を目指そうとするおよそあらゆるシーンにおいて、 同様に言えることのように思えて。 感謝をしない、知らない、ということはさすがになくとも 「足らない」っていうのが、とくに、ね。 ※ どんなブラック企業やDVモラハラパートナーにも感謝しろ、ということではない(念のため) ****************************** 感謝の証として何かプレゼントしましょう、という話でももちろんないのです。 感謝って、言葉で伝えるだけで素敵です。 ただ、感謝って、言葉や表情で伝えてても伝えなくても、 目には見えない質量ですけれど 毎日こつこつ重ねてると、ある時やっぱり、質量だから「満ちる」のよ。 昨日は双子座の新月でしたけど お月様がここからまた少しずつ少しずつ満ちてゆくように、ね。 (まあお月様は満ちるだけでなく、欠けもしますが・笑) その満ち満ちた気持ちを表現しようと思う時、 せっかくだから物体化しようと思う時・・・ わたくしは、何故だろう「お財布」が一番しっくりくるのです ( ´▽`) こないだ急にその日がきて、自分でもびっくりしましたし、 おとーさんも、めっちゃびっくりしてた 今年はちょうど、4月のお誕生日ころに合わせて用意することができました。 なんとなく、の、おそろい感 ( ´▽`) 結婚29年目の・・・感謝のかたち。 30周年とかのほうがもっと「記念」だったかもですが、 なんか、いま満ちちゃったんだから仕方ない(笑) ************************** 長い長い結婚生活の中には、 自分の置かれた立場や状況に感謝できない時期がありました。 頑張っても感謝されなくて辛い。 感謝されるためにはもっとありとあらゆることを、 もっともっともっと頑張らなければ、と。 感謝されるのに、わたくしにはあと何が足りないの!?と苦しく迷走していたけれど。 人間の心が本当にすさんだり辛く苦しくなるのは 「感謝されないこと」なのではなく「感謝できないこと」のほう、ね。 本当、そうね。 感謝のできない心というのは、とても不幸で、 感謝できない日々は、とても「孤独」だったと思う。 お互いに。 あの頃のわたくしたち夫婦は、 互いの機嫌の良し悪しを察しあう念力合戦みたいな日々で、 一見仲良く明るくしゃべってはいるけれど 「本当の会話」や「気持ちを理解し合うこと」は面倒がり、一切できておらず・・・ だから、仲良くなかった。 全く感謝されないし、することもできなかった。 1日1捨の暮らし。 やがてたどり着くことができた、1日1謝の暮らし。 そして1日2〜3謝 からの・・・ 今は気付けば「日々多謝」の暮らしです。 さて、こんなことは、次回もあるのでしょうか。 これからあと何回「満ちる」のでしょう? もしかしてこれが最後ってこともあるのかも!?!? わたくしにも、おとーさんにも、それは誰にもわからない。 神のみぞ知る。 今日はこんなお話。 お読みくださって ありがとう。 またねー! おわり ↓ いつもポチッとしてくださるお気持ち、ありがとう にほんブログ村 ↓ どなたさまにおかれましても、穏やかな、良き初夏の1日となりますように にほんブログ村 たくさんのフォロー、いつも励みになっています お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.06.07 17:17:26
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