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カテゴリ:クラシック音楽
深い闇の中から舞い降りた一条の光 全聾の作曲家・佐村河内守が紡ぎ出す奇跡の音楽 (佐村河内守)
4月26日、FBS系毎日テレビの「中居正広の金スマ」の「波乱万丈」で、 佐村河内守という作曲家の特集番組が放映されました。
リュウちゃん、この番組を観て、感動しました。 佐村河内守、凄い作曲家だ!
リュウちゃんが彼の名前を知ったのは比較的最近のことです。 最初は、「さむらかわちのかみ」と読んでしまい、何やらふざけたペンネームだと思っていましたが、そうではなく、「さむらごうち・まもる」という本名だったのですね。このことを知って、またまたビックリしました。
以下にウィキペディァの記載及び「金スマ」の放送内容にそって、彼の「経歴」を紹介します。
(佐村河内守の経歴)
★ 1963年9月21日、被爆者を両親として広島に生まれる。
★ 4歳の時からピアノ教師だった母から、厳格な音楽教育を受ける。特に、母が弾いた曲を正確に楽譜に書くという「聴音」は徹底的に身体に叩き込まれる。これにより、この頃に「絶対音感」を獲得、10歳の時、母親から「もう教えることはない」と告げられ、作曲家を志望するようになる。
★ 10歳の頃から、作曲家に必要な「楽式論」、「和声法」、「対位法」、「楽器法」、「管弦楽法」などを独学。この頃聴いたベートーヴェンの交響曲第6番<田園>に感動、交響曲の作曲家を志望する事となる。
★ 17歳に時、原因不明の偏頭痛・聴覚障害発症、母からは音大進学を勧められるが、現代音楽偏重の音大を嫌って、東京で肉体労働をしながら独学で音楽を学ぶ。19歳の時には、家賃滞納でアパートを追い出され、半年間のホームレス生活を余儀なくされる。
★ 35歳のとき、ゲームソフト「鬼武者」のための音楽を作曲し始める直前に聴覚を失って「全聾」となる。単なる「全聾」ではなく、24時間・365日、常にボイラー室に閉じ込められているかのような轟音が頭に鳴り響く「頭鳴症」などに苦しみつつ、絶対音感を頼りに作曲を続ける。
★ 特に頭鳴症による耳鳴りについて、佐村河内は「父と母が、そして歴史が聞いた「原爆の音」、それを私の血がいま、聞いているのかもしれません」と述べている。光を浴びることで偏頭痛や耳鳴りの発作が誘発されるため、自宅では暗室に籠り、外出時には光を避けるためのつばの広い帽子とサングラスを着用することを余儀なくされている。
★ 当然のことながら、彼が作曲する「音楽室」には、一切の楽器がない。あるのはペンと楽譜のみ、この「音楽室」で、霊感のように頭に降臨してきた音楽を、ひたすら楽譜に書き留める作業が、彼の「作曲」なのである。
★ 1999年(36歳)、ゲームソフト「鬼武者」の音楽「交響組曲ライジング・サン」で脚光を浴びる。
★ 2002年(39歳)、身体障害者手帳(感音性難聴による両耳全聾、身体障害者等級第1種2級、両耳鼓膜欠落)の交付を受ける。
★ 2003年秋(40歳)、「交響曲第1番<HIROSHIMA>」完成、その直後、病苦から発作的に縊死を図るも未遂に終わる。2005年8月、『交響曲第2番』を完成。その翌日、再び縊死を図るもやはり未遂に終わる。
★ 2008年9月1日、広島で「交響曲第1番」の第1楽章・第3楽章が地元・広島交響楽団によって世界初演、
★ 2010年4月4日、大友直人指揮・東京交響楽団で「<HOROSHIMA>」の第1・3楽章が東京で演奏、同年6月14日、秋山和慶指揮・京都交響楽団により初めて全曲が初演された。
★ 2011年7月20日、コロムビア・レコードから「交響曲第1番<HOROSHIMA>」のCD発売、クラシックとしては異例の売れ行きを示し、オリコン総合チャート2位を記録、現在、累計16万枚の売り上げを記録している。
★ 「交響曲第1番<HIROSHIMA>」は、演奏時間約80分、全3楽章から成り、作曲者自身のコメントによれば、第1楽章は「運命」、第2楽章は「絶脳」、第3楽章は「希望」を表すとされている。この曲は2000年頃から始めた障害児の施設にいた「しおり」ちゃんに献呈された。
2013年4月27日、全国紙にコロムビア・レコードの全面広告が掲載されました。 この広告によれば、6月15日の「ザ・シンフォニーホール」(大阪)を皮切りに、計20回の「佐村河内守作曲 交響曲第1番<HIROSHIMA>1全国ツアーコンサート」が行われるとの事です。 http://www.samonpromotion.com/jp/live/samuragochi/
これは、日本人が作曲した交響曲としては、異例中の異例の出来事であり、この交響曲は一部のクラシックファンの手を離れて、広く一般の聴衆に深い共感を呼んでいる「証し」だとリュウちゃんは思います。 上記、コロムビアレコードの広告に、作家の五木寛之氏らが賛辞のコメントを寄せています。以下に五木氏のコメントを紹介します。
ヒロシマは、過去の歴史ではない。 二度と過ちを繰り返さないと誓った私たちは、 いま現在、ふたたびの悲劇を繰り返している。 佐村河内守さんの交響曲第1番<HIROSHIMA>は、 戦後の最高の鎮魂曲であり 未来への予感をはらんだ交響曲である。 これは日本の音楽界が世界に発信する 魂の交響曲なのだ。=五木寛之(作家)
う~ん、凄まじい人生、凄い作曲家だ!
(以下、「佐村河内守の音楽(下)」に続きます)
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