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リュウちゃんの懐メロ人生

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2015年01月24日
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カテゴリ:国内旅行


いつに変らぬ甘樫の丘からの眺め、
直下の小山田遺跡は古代ロマンの夢に湧く。

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1月16日の朝日新聞朝刊一面トップ記事に以下の見出しが躍りました;

飛鳥、未知の大古墳か、壕48メートル、舒明天皇葬る?

更に2面でも大きく扱われ、以下のような見出しが躍っていました。

石の都、新たな謎、

最近、「奈良まほろばソムリエ検定試験」を受験し、今年は奈良の古代史ロマンにドップリ浸ろうと思っていたリュウちゃん、この記事を一読して、

よし、18日の現地説明会にに行って見よう!

18日は午前中に所要がありましたので、午後から出掛けました。
午後2時ジャスト、最寄り駅の「近鉄橿原神宮前駅」に到着、当初は駅から歩いて現地に行く予定でしたが、駅から現地に臨時直行バスが出ているというので、、そのバスに乗り、現地に着いたのが午後2時30分、

小山田遺跡、亀石のすぐ近くにあったのだ!

この日の現地説明会では、参加者は先ず会場の入り口で学芸員の説明を受け、その後、発掘現場に150人ずつ並んで入場し、現地を見学するという段取り、午後になっても続々と古代史ファンが押し寄せて来ますので、説明を受けてから現地に入場するまで、約30分も掛かりました(翌日の報道によれば、この日の来場者は、約8000人だったようです)

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当日、入場者に配布されたパンフレットによれば、今回の調査で検出された遺構は、古墳に伴う掘り割りである可能性が高く、その古墳は、蘇我馬子の墓とされる「石舞台古墳」を上回る規模の50m以上の「方墳」である可能性が高いと考えられるようです。

古墳だったとすれば、被葬者は誰なのか?
舒明天皇か? 蘇我馬子の子、蘇我蝦夷か?



早速、様々な学者から諸説が出ていますが、ここでは、1月23日朝日新聞朝刊の奈良版に掲載された猪熊兼勝・京都橘大名誉教授(考古学)の談話を一部省略して紹介致します。

「これほどの遺構ですから、「日本書紀」に記載されていると考えられます。最初に思い浮かぶのは「舒明天皇」在位629~641年)の「滑谷岡(なめはざまのおか)陵」です。舒明天皇は642年、滑谷岡陵に埋葬された翌年、皇極天皇によって桜井市にある「押坂陵(おしざかのみささぎ)」に移葬されますが、この八角形墳墓の墳丘の「榛原石」の板石積が、小山田遺跡の板石積によく似ています。この遺跡は、舒明天皇が最初に葬られた「滑谷岡陵」だったのかも知れません」


「もう一つ思い浮かぶのは、642年、蘇我蝦夷・入鹿親子が、「寿陵(じゅりょう:生前に造っておく墓)」として「双墓(ならびのはか)」を明日香・今来の地に造ったという「日本書紀」の記述です。小山田遺跡の隣に「菖蒲池遺跡」があります。私はこれまで菖蒲池遺跡を蝦夷・入鹿親子の墓だと考えていましたが、小山田遺跡が蝦夷の「大陵(おおみささぎ)」、菖蒲池遺跡が入鹿の「小陵(こみささぎ)なのではないのでしょうか」

この被葬者論争、「奈良まほろばソムリエ」の「奈良通2級」相当の浅学なリュウちゃんにとりましては、サッパリ判りませんが,、「明日香の古代ロマン」にまた新しい「謎」が加わったことは、素敵なことですね。

小山田遺跡見学を終えて、隣にある「甘樫の丘」に登ってみました。
冒頭及び下の写真は、丘の上から見た風景です、手前の三角形の山が大和三山の一つ、「畝傍山」です、畝傍山の背後に霞んでいるのは、大津皇子の墓所で知られる「二上山」です。

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「甘樫の丘」の山道に、以下のような志貴皇子(しきのみこ、天智天皇の第7皇子)の歌碑が建てられていました。

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采女の袖ふきかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く

現代語に訳しますと、
「采女の袖をあでやかに吹きかえす明日香風も、都が遠のき、采女もいなくなって今はむなしく吹いているばかりだ」となります。
この歌は持統8(694)年、飛鳥浄御原宮から藤原宮に遷都、その後ほどなく
詠まれた歌だとされています、蝦夷・入鹿親子が死んで約50年程後の歌で
飛鳥時代の終焉を告げる歌のようにリュウちゃんには感じられます。



甘樫の丘から、帰路は歩いて近鉄橿原神宮前駅に向かいました。
下の写真は、その途上にある「小墾田(おはりだ)宮跡」です。その向こうに見える山は大和三山の一つ「耳成(みみなし)山]」です。

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橿原市と明日香村の境にある標識です。リュウちゃんの影が写ってしまいました。

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橿原市街に入る直前の所にある「孝元天皇陵」です。

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第8代・孝元天皇は、いわゆる「欠史8代」の一人で、実在が疑われていますが、

陵はそんなことも知らずか、

悠然と「古代ロマンの夢」食んで横たわっているのです。






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最終更新日  2015年01月25日 18時26分54秒
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