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リュウちゃんの懐メロ人生

リュウちゃんの懐メロ人生

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2020年03月30日
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カテゴリ:日本映画(邦画)
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​
寅さんシリーズ2作「続・男はつらいよ」のマドンナは、
テレビドラマ版でもマドンナだった佐藤オリエさんだった。


(マドンナ・坪内夏子さん=佐藤オリエ)



​<「続・男はつらいよ」作品データ>​
(データ)★公開日:昭和44年11月15日、★併映:「喜劇・よさこい旅行」(主演:フランキー堺)、★観客動員数: 489000人、★配給収入:1億1000万円、★キネマ旬報ベストテン第9位、
寅さん29歳(この作品では38歳?)
歳、満男0歳、リュウちゃん22歳、

<「続・男はつらいよ」予告編>
​ここをクリック(以下同様)⤴​

<吉川孝昭氏・本編完全版>
 
昭和44年8月27日に公開された第1作「男はつらいよ」が大変好評でしたので、すぐに第2作「続・男はつらいよ」が製作され、昭和44年11月15日に公開されました。

第1作公開から
僅か75日後の第2作公開、
現在では考えられないハイペースだ!

​しかも、驚くべきことに、渥美清は、シリーズ第1作と第2作の公開の間の昭和44年10月1日に森崎 東(もりさき・あずま)の監督デビュー作「喜劇・女は度胸」に準主演(ほとんど主演)しているのです。​

<「喜劇・女は度胸」予告編>
​この映画、渥美清演じる勉ちゃん(桃山勉吉)は、寅さん以上にバイタリティがあり、しかも寅さんと違って「助平マルダシ人間」であるダンプの運ちゃん、渥美清の怪演によって、見事なドライ喜劇に仕上がっていました。尚、この映画で、さくらさんを演じた倍賞千恵子の実妹、倍賞美津子と渥美 清が初共演を果たしたのです。以後、倍賞美津子は森崎 東監督の作品に多数出演、5歳年上の姉・千恵子が山田洋次に多数出演したような地位を森崎監督作品で得たのです。​
 
​​​「続・男はつらいよ」のマドンナ・坪内夏子さんはテレビドラマ版「男はつらいよ」のマドンナ・坪内冬子さんと同じ設定です。寅さんの葛飾商業の英語教師だった坪内散歩先生(東野英治郎・とうのえいじろう)の一人娘で、弦楽四重奏団のチェリストという設定、第1作の坪内冬子さんと同じく寅さんの幼馴染という設定です。​​​

寅さんが散歩先生と20年ぶりに会った時、寅さんは先生に、
​寅「時に、あのハナッタレお嬢ちゃん元気ですか?」とぶしつけな質問をしますが、その時、帰って来た夏子さんを見て、昔の「ハナッタレお譲さん」が美しい女性に変貌しているのを観てビックリ!、一遍に惚れてしまうのです。​

「幼馴染マドンナ」は、第1作、第2作と連続しましたが、その後、第10作「寅次郎夢枕」で八千草 薫様演じる「志村千代」さんも「幼馴染マドンナ」なのですね。

柴又は美人の名産地なのかな?
​坪内夏子さんを演じた佐藤オリエは昭和18年生まれ、第1作のマドンナ・坪内冬子さんを演じた光本幸子と同い年で、出演時には26歳でした。​
​彼女も光本さんと同じ演劇畑の人で、
「劇団俳優座」に所属していました。


​​​(※)「劇団俳優座」:​​​​​​文学座、劇団民藝と並び、日本を代表する新劇団の一つ、昭和19年、小沢栄太郎、千田是也、東野英治郎、東山千悦子ら10人によって設立、所属していた著名な俳優としましては、男優では木村 功、田中邦衛、仲代達也、平(ひら)幹二郎、井川比佐志、加藤 剛(ごう)、中村敦夫、山本 圭(けい)原田芳雄、阿藤  快(あとう かい)、津坂匡章(まさあき、後の秋野太作=シリーズで寅さんの舎弟・登を演じました)、古谷一行など、女優では杉山とく子、菅井きん、野村昭子、市原悦子、河内桃子、栗原小巻、など錚々たる俳優を輩出しました​​​​​​​(上記俳優中、寅さんシリーズに出演した俳優は「赤字」で表示しています)​​​​

​​​佐藤オリエは昭和41年にフジテレビで放送されたドラマ「若者たち」で長女「佐藤オリエ」役でテレビ・デビュー、これ一作で人気女優になりました。「佐藤オリエ」は本名なのですが、本名をそのまま役名にしたのです。よほど期待されてのデビューだったようですね。​​​

佐藤オリエは、本名を役名にして
成功した
稀有な女優さんなのだ!


(「若者たち」の佐藤オリエ)

<映画「若者たち」~オリエ、恋人と再会>
 
​<ストーリー>​
<巻頭(プレリュード)=夢のシーン>


(夢のシーン)
​「続・男はつらいよ」で、後のシリーズで定番となった「冒頭の夢のシーン」が初めて登場します。この「夢のシーン」の冒頭は、予告編にも収録されていますので、以下の予告編で確認して下さいね。​
<再掲、「続・男はつらいよ」予告編>
 
このシーンの台詞を書き起こします。
​​寅「もしやあなたはお菊さんと申しませんか? この顔に見覚えがございませんか? 今を去る38年前、雪の降る寒い夜、玉のような男の子をお産みなすったはずだ。」​​
​(※)「続・男はつらいよ」では、寅さんは、昭和6年生まれ、38歳という設定になっています。​

​寅「おっかさんの倅(せがれ)、寅次郎でござんす。 ​​おっかさ~ん、、、、」
​​
でも、夢の中の「おっかさん」は何も答えないのです。

​​(※)この「夢のシーン」で寅さんの生みの母親の名前が「お菊さん」だと分かります。このシーンで、「おっかさん」を演じたのは往年の名女優・風見章子(あきこ)でした。彼女はこの映画出演当時48歳、渥美 清より7歳年上でしか過ぎません。
​​
7歳年上の風見章子が寅さんの
「瞼(まぶた)の母」を演じる、
かなり「老け役」なのだ!


(19歳の時の風見章子)
​(※)リュウちゃんが風見章子を映画で観たのは、昭和25年公開の今井 正監督の反戦映画の名作「また逢う日まで」だけなのです(勿論、ビデオで観たのです)。亡くなった長兄の嫁として軍国一家の中で虐げられる女性を静かに演じていまして、ヒロインの久我美子と共にリュウちゃんの胸に刻まれたのでした。​
「続・男はつらいよ」は、この冒頭の夢のシーンにもありますように、生き別れになっている「生みの母」を探すという、「瞼の母」がテーマなのです。
​​​戯曲「瞼の母」は、昭和5年、「股旅物の始祖」として知られる大衆作家・長谷川 伸(しん)によって執筆されました。「瞼の母」の主人公は、寅さんと同じように生き別れになっている母親を探して股旅暮らしをしている博徒の番場の忠太郎、この戯曲は3回映画化され、最近では演歌としても人気のテーマになっていまして、天童よしみ「母恋鴉」、中村美津子「瞼の母」、島津亜矢「瞼の母」、氷川きよし「番場の忠太郎」などがヒットしました。しかし、「懐メロ」リュウちゃんが一番好きな歌は、股旅物歌謡曲のスペシャリストだった橋 幸夫の昭和38年に発売したシングル盤「お祭り小僧」のB面曲「瞼の母」なのです。​​​
<橋 幸夫「瞼の母」>
 
長谷川 伸の股旅物は、他に「沓掛時次郎」、「中山七里」、「関の弥太っぺ」などがありますが、橋 幸夫は、上記3作品をそのままタイトルにした歌があるのです。

​​​「沓掛時次郎」で思い出すのは、昭和37年から始まった藤田まこと主演の大人気テレビ時代劇コメディ「てなもんや三度笠」で、主演の藤田まことの役名は、「あんかけの時次郎」だったのですね。これ、「沓掛時次郎」のモジリです。​​​

​以下に昭和42年に放送された第293話「鳴海の別離」の動画を貼り付けます、「続・男はつらいよ」、「新・男はつらいよ」でも怪演を見せた財津一郎もレギュラーで出演していました。
 
​​<第1幕:寅さんの柴又帰郷>​​
第1作から2ヶ月後、寅さんは3回目の帰郷をします。今回も「矢切りの渡し」を渡って江戸川堤からの帰郷、「とらや」に入り、おいちゃん達に顔を背けたまま、客席に座って新しい女店員にビールを注文、

前回の柴又出奔は、坪内冬子さんに手痛い失恋をした直後でしたので、
やはり堂々と帰郷するのは気後れがするのですね、寅さんにとりましては常に「とらや」の敷居は高いのです。

この時の「とらや」の居間には、おいちゃん、おばちゃん、さくらさん、そして赤ん坊の満男がいます。



寅さんにビールを運んだおばちゃん、すぐに寅さんだと気づきますが、寅さんからおばちゃんに声をかけます。
 
​寅「おばtりゃん、寅だよ、見忘れたか?そうだろうなあ~無理やねえよ」​
​おばちゃん「嫌だよ~何言ってんだよ」「ちょっとちょっと大変だよ、寅さんだよ」「何だよう、そんなとこに座っちゃってビールなんか注文しちゃってさあ」​
​おいちゃん「寅さん!」​
​寅「おいちゃん!達者でいたかい、しばらく見ねえうちに随分歳とったなあ、月日の経つのは早いものよ、あれかな何年経ったっけ?」​
​おいちゃん、「何年って、おまえ、まだ1年も経っちゃいねえよ」​

こうして寅さんは無事、「とらや」の身内として迎え入れられます。


(寅さん、満男と対面)
​(※)ここで大きな矛盾を発見、映画の公開日から考えますと、寅さんは前回の出奔から僅か2ヶ月後の帰郷、おいちゃんの口調では1年も経っていない帰郷なのに、赤ん坊の満男君は見た所、生後6ヶ月くらいに成長しています。前回の出奔はさくらさんが新婚旅行から帰って来た直後ですから、満男君の成長ぶりを考えますと、少なくとも1年4ヶ月は経っていなければならないという勘定になる筈です。しかし、このような矛盾は一端、棚に上げて話を進めて行きます。​

でも、寅さんはすぐ旅にでようとします。
寅「止めねえでくれよ、ゆっくりしたいのは山々だけど、実のことを言うと俺は旅の途中よ、、、」

​おいちゃん「とにかくな、奥で茶一杯、それくらいならいいだろう」
寅「それがいけねえんだよ、一杯が二杯になり三杯に・・団子が出るかまた茶を飲むかそのうち酒になるじゃねえか俺は、、 一杯や二杯じゃすまねえぜ、気がついた頃にゃ、お銚子がずらりと並ぶ。さあ、もう腰が上がんねえ。
 いっそのこと、泊まっていくか、カラスカーァと鳴いて朝になる。おはよう!
 団子が出るか、酒を頼むよ、さあ、俺は旅に出れなくなっちまうじゃねえか」

(※)このセリフ、リュウちゃんも身に覚えがあります。サラリーマン時代、宵の口からビールを飲み始めると、もう止まらない!、途中、カラオケを挟んで朝までビール飲み放題、気が付いた時にはビール大瓶10本くらい飲んでしまったことも数知れず、仕事上で付き合っていた東京帝大数学科を卒業した音楽評論家のM氏も大のビール党、箱根にあるM氏の別荘に徹夜麻雀をしに行く時は、
M氏とリュウちゃんの飲み分として、ビール大瓶20本購入して行くのですが、徹夜明けの午前6時頃には、M氏と2人で全部飲み尽くしてしまったのです。
70歳を過ぎた最近でも、昼間のカラオケでビール中瓶3本、夕方、家でレギュラー缶ビール2缶、夜は飲み屋で中瓶3本なんてこともしょっちゅうなのです(苦笑)

​​寅さんのこの気持ち、よく分かる!
​​
​このセリフと同じ事態は、この後、すぐに起こります。また、第32作「口笛を吹く寅次郎」(マドンナ:竹下景子)でも、同じセリフが出てくるのです。
​​<寅さん、逍遥し、散歩先生の家に至る>​​
おいちゃん達と別れた寅さんは、近所を逍遥(ぶらぶらと散歩)します。

口づさむ歌は、
​(※)この歌の冒頭の台詞、「デコ坊、帰ろうか」の「デコ坊」は、第8作「寅次郎恋唄」のマドンナ・六波羅貴子(池内淳子)の一人息子に寅さんが付けた愛称です。なので上記の動画は第8作で使われた音源なのですね。この歌は作詞:関沢新一、作曲:不詳、となっていますが、関沢新一は、舟木一夫の「学園広場」、「銭形平次」、「空ひばり「柔」、都はるみ「涙の連絡船」、などの作詞で有名な作詞家です。

この詞、
「男はつらいよ」のために
書いたのかな?
​​
「チンガラホケキョー」ほ意味は、「チンガラ」は百舌鳥(モズ)、「ホケキョー」は「ウグイス」とされる説が有力ですが、謎に満ちています。​
​古来から各地で歌い継がれている「いちりとらい」という「てまり歌」があります。​
上記の歌詞は以下です。
​♪~いちりとらい らいとらいとせ~ ひんがらほけきょ~ ゆめのくに~♪​

​上記動画では「ひんがらほけきょ~」となっていますが、殆どは「チンガラホケキョ~」と謳われているようです。​

リュウちゃんの考証はここまで。
​​
寅さんが逍遥していますと、前方から子供達が斉唱する英語の歌・「漕げ漕げボート」が聞こえてきます。この歌は、寅さんの少年時代の英語の教師だった「坪内散歩」先生の家から聞こえてきたのです。

坪内先生、
自宅で英語塾をやっているようだ。
​​
<Row Row Row Your Boat(漕げ漕げボート)>
 
(※)「漕げ漕げボート」はアメリカ民謡です。英詞及び訳詞は以下です。

Row, row, row your boat      漕ごう、漕ごう、ボートを漕ごう。
Gently down the stream      下流にむかって、ゆっくりと。
 errily, merrily, merrily, merrily  楽しく、愉快に、
Life is but a dream        
人生は夢でしかないのだ


​この歌、リュウちゃんは中学1年生の時、「歌で英語を学ぼう」と思ってレコードを買ったのですが、結局、英語はモノになりませんでした(トホホ!)。この詞のラスト、「Life is but a dream(人生は夢)」は寅さんシリーズの結末を暗示しているとリュウちゃんは思っているのです。​

​​<寅さん、マドンナに出逢う>​​
寅さん、散歩先生の自宅に訪問、
​寅「おひさしぶりでござんす」「アッシのこの顔に見覚えありませんか?…無理もねえ、20年何年も前の昔のことでござんすからねえ、葛飾商業で先生に英語を習っていた車 寅次郎ですよ。ほれ、勉強をひとつもしねえで、先生にブンなぐられて悔しいってんで、先生のところのハナッタレ娘をいじめていた不良の寅ですよ、忘れちゃったかな~、俺のことを」​
​散歩先生「いいや!忘れとらん、覚えとるよ」​
、、、
​寅「時に、あのハナッタレ嬢ちゃん、元気ですか?」​
​散歩先生「ほうれ、そこに立っとる」
寅さんが後ろを振り向くと、そこにはチェロを抱えた美しい夏子さんが立っていました。



​散歩先生「夏子、誰だか分かるか?」​
​夏子「もし、、、人違いだったらごめんなさいね、寅次郎さんじゃない?」​
寅「ふぇい」(寅さん、夏子​さんの美しさにビックリしてしまい、「はい」と返事するべきところをしどろもどろになってしまったのです)​​

夏子「本当!、アハ、嫌だ、寅ちゃん、アッ八ッハッハ」(爆笑)



ということで、寅さんは2人目のマドンナに巡り合ったのです。

それから散歩先生の居間で談笑、



寅さん、当初はお茶を一杯飲んで帰る予定だったのですが、その内にお茶が2杯になり3杯になり、その内、酒が出てお調銚子が2本3本4本、、気が付いた時にはテーブルの上にお銚子がスラ~~リと並んでしまいました。



​(※)散歩先生を演じた東野英治郎(とうのえいじろう)は、映画では戦前から小津安二郎、木下恵介。黒澤 明などの作品に多数出演した個性派バイプレーヤーとして有名な俳優です。テレビ版「男はつらいよ」にも、映画と同じ役で出演しました。一般的には、昭和44年に放送が開始されたTBSの時代劇「水戸黄門」で、初代「水戸黄門」を演じた俳優として有名ですね。​
​昭和19年に小沢栄太郎、千田是也などと共に「劇団俳優座」を創設、舞台俳優としても重鎮の一人だったのです。マドンナ・坪内夏子さんを演じた佐藤オリエもこの劇団の出身者で、佐藤オリエから見れば「雲の上の大先輩」なのですね。​

​​<寅さん、胃痙攣で入院>​​
寅さん、散歩先生と談笑中に猛烈な腹痛(胃痙攣)を起こし、救急車で近くの病院に運ばれます。救急車には夏子さんが付き添いとして同乗します。寅さんにとりましてはマドンナの付き添いは嬉しかった筈なのですが、実はこれが寅さんの不運の始まり、夏子さんはこの病院で後に恋人になる​藤村医師(山崎 努)​​に出逢ってしまうのです。寅さんは結果的に夏子さんと藤村医師の「月下氷人(縁結びの神)」になってしまうのですね。
結末が分かってから観ると、
このシーンは悲しい!

<寅さん、病院で啖呵売>
胃痙攣はすぐに回復、元気になった寅さんは、病室で「啖呵売」を披露、患者は大爆笑、
<寅さん、病院で啖呵売>​→ここをクリック​



寅さんが啖呵売を実演ている隣のベッドに、盲腸の手術をしたばかりの患者(財津一郎=特別出演)が寝ています。寅さんの啖呵売が余りに面白いので笑ってしまうのですが、笑うと手術したばかりの盲腸がキリキリ痛む。

​患者「ふぁ~~~」​
​寅「何だい、どうしたんだい え~、大丈夫かい?」​
​患者「笑わせねえでくれ、俺、昨日盲腸切ったばかりなんだ」​


(財津一郎の患者)

​​​(※)財津一郎は第4作「新・男はつらいよ」でも泥棒役で怪演を見せてくれます。昭和37年~43年にかけて、藤田まこと主演の吉本テレビコメディ「てなもんや三度笠」にレギュラーとして出演、「非っ常にキビシ〜ッ!」、「〜してチョウダィ!」の奇声ギャグで一世を風靡しました。最近はタケモトピアノのCM、
「ピアノ売ってョウダィ!」が有名ですね。​​​
<財津一郎、タケモトピアノCM>


(タケモトピアノCMの財津一郎)
​余談ですが、千葉に住んでいるリュウちゃんの孫姫4姉妹はタケモトピアノのCM育ちなのです。お母さん(リュウちゃんの娘)がいつも車の中でこのCMを流しているのです。​

​藤村医師「どうしました?」​
​患者「あ、先生、助けて下さい、この人が笑わせるもんで、、、」​
​藤村医師「少し大人しくしなさい、ここを何処だと思ってるんだ!」​
​寅「どこだと思っているって、おまえさん、何処へ勤めているんだい、火葬場じゃねえだろう」​

藤村医師、寅さんを睨む。



寅「てめえだな!俺の横っ面張りあがったのは!、、、
​おっ?てめえ、さしづめインテリだな! あっ、そうか、そのインテリが暴力を振るったわけだ。へー、田へしたもんだよかえるのションベン、見上げたもんだよ屋根屋のふんどしときたもんだ」​
​藤村「僕が医者じゃなかったら、表へ出ろと、言いたいところだ」​
寅「君は僕に喧嘩を売ろうと言うのか、よーし、それがいやしくも患者に対する
医者の態度か!」

そこへ夏子さんが花束を持って見
舞いに来ます。

​夏子「寅ちゃん、具合どう?」​
寅さん、夏子さんをみるやいなやベッドに潜り込んで、
​寅「いえ、まだちょっと、、」​

寅さん、マドンナのいない時はやけに威勢がいいのですが、マドンナが現れるや否や「お利口さん」に豹変してしまうのです。

その後、藤村医師と夏子さんが話し合いをします。

​藤村「考えてみれば、あなたのほうも被害ですね、、、、」​



​​​(※)このシーン、正に寅さんが「月下氷人」になった瞬間です。やはり夏子さんは「さしずめインテリ」が好きだったのですね。その後、多分、藤村医師から交際を申し込み、2人はデートを重ねていきます。​​​
 
何も知らない寅さん、
本当に「三枚目」なのだ!

その後、寅さんは無断で病院を抜け出し、舎弟の登(津坂匡章を誘って飲み屋でクダを巻きます。

​​<寅さん、無銭飲食で逮捕される>​​
舎弟の登とい楽しく飲み屋でクダを巻く寅さん、いざ勘定を払う段になりますと、2人共、財布の中は空ッポ、それで無銭飲食で逮捕されてしまいます。
さくらさんが留置場に駆けつけ、警察に誤り、飲み屋の飲食費を支払いましたので、寅さんは「ブタ箱」に一泊しただけで釈放されるのですが、きまりの悪い寅さんは、またまた柴又を出奔してしまうのです
(第1幕、終り)

​<第2幕:寅さん、京都でマドンナに出逢う>​
第1幕から1ヶ月後。散歩先生と夏子さんは京都に旅をします。清水寺、哲学の道、嵐山の渡月橋、渡月橋には、散歩先生を宿に残し、夏子さん1人で見物したのです。


(渡月橋)
渡月橋の橋の畔で、寅さんは「啖呵売」ならぬ、「人相占い」をやっています。

何と、寅さんの「サクラ」(おとり、偽の客)として、源ちゃん(佐藤蛾次郎)が京都に来ていた!

何時の間に源ちゃんは
寅さんの舎弟になったのか???
摩訶不思議???

​<寅さんの口上>​
当たるも八卦当たらぬも八卦、人の運命などというものは誰にもわからない、
そこに人生の悩みがあります・・・・さてみなさん、こうやってここで話をしております。チョンガーの身の上のこの私も何時如何なる時、絶世の美人とバッタリ出逢うということも、、、」

寅さんの目の前に、夏子さん登場、

寅「お嬢さん!」
​寅さんの口上通り、
「絶世の美女とバッタリ出逢った」のです。​

夏子さん「寅ちゃんの運勢判断でも分からないの?」
<「男はつらいよ」~マドンナ(1~4)~1分21秒~2分34秒>
 
寅さん、夏子さん、源ちゃん、渡月橋の見える「甘い物店」で談笑、寅さんと夏子さんは、「みつまめ」か「おしるこ」(?)を食べるのですが、源ちゃんは「お茶」だけ、源ちゃん、ちょっと可哀想ですね。
さて、勘定の段になり、寅さんは夏子さんの分も「おごる」ということで、源ちゃんに「勘定してきてくれ」と財布を投げますが、この財布には500円札1枚しか入っていません。それを見た夏子さん、結局、寅さんの分も支払うことになります。

​<500円ギャグ>​
このシーンで、以後、頻繁に使われた「500円ギャグ」が初登場します。
寅さんの財布には、
いつも500円札1枚しか入っていない!
寅さんは郵便局や銀行に預金も無い筈、

どうやって生活しているのだろう?
​​
寅さんが現実の人物であれば、これでは生活が出来ないですね。しかし寅さんはスクリーンの中の夢の存在、例え全財産が、たったの500円であろうと、スクリーンの中では立派に生活出来ていくのです。

​<賀茂川の畔の料理店で、散歩先生、夏子さん、寅さん、源ちゃんの4人でスキヤキを食べる>​



​散歩先生「何で正業に就かんのだ!おまえには額に汗して労働することの尊さが分からんのか!?」​
​寅「よく分かっています」​
​散歩先生「それでは正業に就きなさい。おまえには人並み以上と人並みに近い頭を持っとるんだ、まともな仕事の一つや二つ、無い訳はないだろう、えっ、どうなんだ、寅」​
​寅「へえ、この間も別府で旅館の番頭をやっている友達から、一緒にやらねえか、なんて、、」​
​散歩先生「ふ~ん、そりゃ結構じゃないか、何でそこへ行かないんだ?何で京都にぐずぐずしているんだ?」​
​寅「へぇ、京都におふくろが居るらしいんでね」​
​夏子さん「生きてたの!お母さんが!?」​
​寅「でも、俺のこと捨てたおふくろだからね…、むこうで会いたがってるかどうか…」​
​夏子さん「でも、血を分けた親子なんでしょ?」​
​寅「お互い顔を見会わせて、ハア、あなたがお母ァかい?そんなとこだよね、先生」​
​​散歩先生「​ネヴァーネヴァー!、​それは絶対に違うぞ!、寅、これは大事なことだからよく聞けよ、
「老病死別」といってな、人間には四つの悲しみがある、その中で最も悲しいのは死だぞ。おまえのおふくろもいつかは死ぬ、いつかは、、​​
その時になったらどうする?死んでしまったら遅いんだぞ! その時になって、あ~ぁ、一度でもいい、生みのおふくろの顔を見ておけば良かったと後悔しても、取り返しがつかんのだ、、、さっ、逢いに行け、生きてるうちに」

ということで、寅さんは夏子さんと2人で、「瞼の母」を訪ねていくことになります。

(※)「夏子さんの優しさ」
→このシーンでも源ちゃんはスキヤキにありつけず、一人所在無げに賀茂川を眺めています。そこで夏子さんが手招きして、源ちゃんにスキヤキを分けてあげます。源ちゃん、嬉しそうにスキヤキをガツガツ食べるのです。
このシーンで源ちゃんも
夏子さんに惚れてしまった!

​​
​夏子さんは厳格な倫理観を持っている散歩先生に育てられ、誰にでも分け隔てなく愛情を注ぐことが出来る明るく、聡明で活発な美しい娘に成長したのですね。寅さんや源ちゃんが惚れてしまうのも「むべなるかな」ですね。​

​​<寅さん、夏子さんと2人で母親に逢いに行く>​​
寅さんと夏子さんは、寅さんの母親を訪ねて、母親が勤めているという祇園の毘沙門町の「グランドホテル」に行きます。
「グランドホテル」の近くで、割烹着を着た上品な女性に出逢います。

​夏子さん「ちょっとお尋ねします、グランドホテルってこの辺ですか?」​
​女性「へえ、うちどすが、、」​
​夏子さん「おばさん、グランドホテルの、、」​
​​女性「へえ、グランドホテルのものどす」

「グランドホテル」は、ラブホテルなのでした。
​​
(※)この上品な女性、「お澄」さんを演じているのは風見章子、この映画の冒頭の夢のシーンで「瞼の母」として登場した女性です。しかも以前、東京で暮らしていたことがあるとのこと、

ひょっとして、
この女性が俺のおふくろさん!?
​​
寅さんは、そう思ってしまうのですが、それが勘違いであることは、グランドホテルに入ってすぐに分かるのです。

​寅さんと実の母、
「お菊」さんとの対面シーンは以下の動画を見て下さい。​
 
<寅さん、母親に逢う>​→ここをクリック​

上の動画の渥美 清とミヤコ蝶々の啖呵の応酬、

​​凄い迫力ですね!
​​
正に関東と関西を代表する2人のコメディアンの壮絶な啖呵バトル、関西人リュウちゃんの感じでも、このバトルは互角だったのです。



​​​​(※)「ミヤコ蝶々」
ミヤコ蝶々は関西を代表する女性コメディアンの一人です。南都雄二と夫婦漫才コンビは、一世を風靡しました。昭和38年から始まったテレビ版トーク番組「夫婦善哉」は全国のキー局で放送され、絶大な人気を博し、ミヤコ蝶々は一気にお茶の間の人気者になりました。​​​​


(ミヤコ蝶々と南都雄二)
また、映画にも多数出演、「男はつらいよ」第1作の前年(昭和43年)に公開された山田洋次監督・なべおさみ主演のコメディ「吹けば飛ぶよな男だが」にも、ソープランドの経営者役で山田組初出演を果たしました(今回のラブホテルの経営者とよく似た設定ですね)。​
尚、「吹けば飛ぶよな男だが」は、寅さんを小ぶりにしたようなチンピラのサブ(なべおさみ)が頭の弱い少女・花子(緑 魔子)と関わる物語です。

頭の弱い少女・花子!
この設定、
シリーズ第7作「奮闘編」と同じだ!
<「吹けば飛ぶよな男だが」予告編>
 
​ミヤコ蝶々の「お菊さん」は、昭和46年公開の「奮闘編」にも登場しますが、それ以降は登場しないのです。
寅さん、
おふくろさんを
忘れてしまったのかな?

<寅さん、京都の旅館で泣く>
かくて寅さんと「瞼の母」のお菊さんとの対面は最悪の結果に終わり、寅さんと夏子さんは泣きながら散歩先生の待つ旅館に戻ります。
<寅さん、京都の旅館で泣く>
 
失意の寅さん、泣きながら散歩先生と酒を酌み交わします。
​散歩先生「俺が悪かった。俺が無理に勧めなければ、こんな悲しい目に遭わずに済んだんだ」​
​寅「泣きたいよ先生、俺は」​
​散歩先生「泣け、泣け、心から泣け、、、実に、、この世は悲しいなぁ」​
​夏子さん「ねえ寅ちゃん、今晩ここに泊まって、明日私達と一緒に東京へ帰りましょう」​
​寅「お嬢さん、心の張りを無くしちまったおいらに、帰えって行くとこなんかある訳無えじゃないか、ハッハッハ」​
(※)このセリフ、かなり格好つけていますが、その直後、寅さんはズッコケて、庭に落ちてしまいます。

​寅「あっ、落っこっちゃった」​
散歩先生、憮然として​「おかしくない」​
​(※)寅さんの愁嘆ぶりは、ちょっとイカサマですね。寅さん以上に、本当に愁嘆している夏子さんの気を引くために大げさに嘆いているとしか思えません。このシーンでも、夏子さんの優しさが際立っていたとリュウちゃんは感じたのです。​



(第2幕・終)

<第3幕、寅さんの柴又帰郷と失恋>

<柴又への帰還>
で、冬子さん親子、寅さん、源ちゃんの4人は柴又に帰還します。

帰還した直後でも寅さんは泣いている、じゃあ、帰還の車中でもずっと泣いていたのか?

​寅さんの異常な「甘えっ子」ぶりが、気に掛りました。​



​​<寅さん、散歩先生の家で酒を飲み交わす>​​
​散歩先生、かなり酩酊して​「こら!、渡世人!フーテンの寅公!、お前は実にバカだなぁ、おまえを退学させた校長のタヌキもバカだが、そのタヌキをぶん殴ったおまえはもっともっとバカだぞ!」​​
​寅「へ!すいません」、、先生!もっと叱って下さい」​
散歩先生「ようし、お前のようなバカは幾ら叱っても叱り足りん、だだ、しかしだ!、俺が我慢ならんことは、おまえなんかより少し頭がいいばっかりに
おまえなんかの何倍もの悪いことをするやつが、うじゃうじゃいることだ。
こいつは許せん!実に許せんバカモノどもだ!」
​(※)「寅さんシリーズ」には、本当の意味での「悪人」は殆ど出て来ません。唯一の例外は第17作「寅次郎夕焼け小焼け」に登場する詐欺師の鬼頭(佐野浅夫)です。あいつには今でもリュウちゃんはムカついているのです!​

散歩先生、散々悪態をついたあと、コテンと寝てしまいます。寝てしまった散歩先生に、衣類を掛ける夏子さんと寅さん、思わず顔と身体が接近して、ドギマギする寅さん、、、





深夜の散歩先生の玄関先、夏子さんは寅さんを見送ります。
​夏子さん「本当はね、お父さん寅ちゃんとお酒飲むの、とっても嬉しいのよ、またいらしてね」​
深夜にマドンナと2人っきり、寅さんにとりましては、いい雰囲気が漂います。
このシーンで寅さんは決定的に夏子さんに惚れてしまうのです。





​​(※)このシーン、第1作で、マドンナの冬子さんと寅さんが2回目のデートの後、深夜に題経寺まで冬子さんを送るシーンと同じですね、寅さんが「マドンナは俺に気がある!」と悲しい勘違いをした瞬間です、第1作では冬子さんを見送った後で、「喧嘩辰」を朗々と歌うのですが、第2作では、「お味噌な~ら花マルキ、おかあさ~ん、とくらぁ!」と叫ぶのです。​
​<夏子さんの演奏会と寅さんの易断の売(バイ)の同時進行>​​
夏子さん、喫茶店で藤村医師とデートします。この日は夏子さん達の弦楽四重奏団の演奏会当日、演奏会の会場のすぐ近くの喫茶店でのデートなのです。

藤村医師と夏子さんの恋愛、
いつの間に進んでいたのだろう?

喫茶店に流れるBGMは、ハイドンの<弦楽四重奏曲第67番「ひばり」>です。
​​(※)寅さんシリーズでは、クラシック音楽が全部で40曲以上も使われましたが、このシーンはシリーズで初めてクラシック音楽が使われた「記念すべき(?)」シーンなのです。​​

夜になり、夏子さんは小さな演奏会場で、弦楽四重奏団のチェリストとして演奏会に臨みます。客席には、勿論、藤村医師も来ているのです。





演奏会が開幕、演奏される曲はベートーベンの「弦楽四重奏曲第6番・作品18番の6」です。
​夏子さんが演奏会に臨んでいる同時刻、寅さんは「俄か易者」をやっています。​
今回も源ちゃんが「サクラ」として登場、
売(バイ)が終わり、寅さんと源ちゃんはラーメン屋に入り、ラーメンを食べます。

​源「せっかくお嬢さんから切符もらったんだからよ、音楽会行きやぁよかったんだ」​
​寅「ばかやろう!、ああいうところはオレたちの出入りするところじゃないんだよ」


演奏会は進んでいきます。

寅さんと源ちゃんの会話の続き、
​源「あのお嬢さん結婚したら、いい奥さんになるだるだろうな」​
​寅「ばかやろう、当たり前じゃねえか」​
源「あなた、おつかれになった?ご飯にするそれともお風呂?
ねえ、今日ご馳走作っちゃったのよ。何だと思う?、当ててごらんなさい・・・・・ラーメンよ」
​寅「ばかやろう!あのお嬢さんがラーメンなんか作るかい!、てめえの考えは貧しいからいけねえよ」​
​源「じゃあ、何作るんだよ?」​
​寅「決まってるじゃねえか!、スパゲッチィよ」​​

​再び演奏会のシーン、

客席から夏子さんを見詰める
藤村医師の大きく開いた目!

(※)恐らく、この演奏会の日までに夏子さんと藤村医師は何回もデートを重ねて結婚の約束をしていた筈です。そうとは知らずに、夏子さんとの新婚生活を夢見る寅さん(と源ちゃん)、

う~ん、
このシーンは残酷だ!

<散歩先生の死>
演奏会から数日後、夏子さんは「とらや」に訪れます。
​夏子さん「実はね、父がちょっと来て下さいって」​
​寅「ほ~う、先生が、そうですか?」​
​夏子さん「何か折り入って相談事があるらしいんだけど」​

寅さん、散歩先生の家に行きます。
​散歩先生「実はな、うなぎが食いたい、天然の、ナチュラルなうなぎが、」​

で、寅さんと源ちゃん、江戸川にうなぎを釣りに出掛けます。
暫くして、夏子さんが応援に駆け付けます。



​​夏子さん「寅ちゃん、夕べ、お父さんに叱られちゃった、、、あたし寅さんのお母さんのことひどい人だって言ったら、急に怒り出して<子供が可愛くない親がどこにいる、子供を捨てるにはそれだけの辛い事情があったはずだ。他人のおまえが生意気な口をはさむんじゃない>」って、、、父もね、お母さんの顔知らないのよ…、父が二つか三つのときに死んだの」​​
​寅「先生も生みのおふくろさんの顔知らねえんですか?」​
・・・・
​夏子さん「さあ、帰りましょう、寒くなってきたわ」​
​寅「へぇ、お先にどうぞ、あっしゃまだ先生の、、」​
​夏子4さん「もう、いいんだったら、じゃあ、こうしたら、丸甚さんとこいって生きたうなぎ買うのよ。そいで、今江戸川で釣ってきましたって、、、」​
寅「そんなこと知ってるんだったらどうしてはやくそれを教えてくれなかったんですよ!、江戸川のうなぎのツラと浜名湖のうなぎのツラ見分けつかねえもんなあ!」
​(※)「丸甚」は「川甚」のこと、天然のうなぎが激減している現在はどうか分かりませんが、昭和44年当時は江戸川には豊富に天然うなぎが生息していた筈で、一流の川魚料理専門店である「川甚」では、浜松の養殖うなぎではなく、江戸川で獲れた天然うなぎを使っていた筈ですね。リュウちゃんが子供の頃、住んでいた三重県伊勢市二見ヶ浦の川にも豊富に天然うなぎが生息していて、うなぎ獲りのプロが何人もいて、川から獲った天然うなぎを二見の旅館に買い上げてもらっていました。その経験から考えますと、当時の「川甚」は絶対に天然うなぎを使っていた筈です! 多分、寅さんもガキの頃には、江戸川でうなぎを釣った経験があったのではないでしょうか、ということで、このシーン、ちょっと疑問を感じましたが、この映画では印象に残るシーンの一つだったのです。​

寅さん達が引き上げようとした直後、
​源ちゃん「引いてる引いてる!、うなぎだ!」
うなぎが釣れた!
歓喜爆発!



寅さん、勇躍、散歩先生の家にうなぎを持って帰るのですが、散歩先生は椅子に座ったまま、こと切れていたのです。

​<散歩先生の葬儀>​​
寅さんは散歩先生の葬儀を一人で仕切ります。

その段取りの手際良さ!
​​
そこへ、藤村医師が弔問に現れます。
​寅「あっ? 何だあんたか! 市民病院の先生だろう、義理堅い人だな~、、、しかし、ここがよく判ったね~」​

で、寅さん、夏子さんに報告、
​寅「お嬢さん、珍しい人が
来ましたよ」​

じっと藤村医師を見詰める夏子さん
夏子さん、自分の部屋のピアノの前で泣きます。そこへ藤村医師が入って来て、夏子さんと抱擁、



藤村「学会をどうしても抜けられなくて、遅くなってゴメン、、結局、僕のことは?」
​夏子さん「言ったわ、3日前にそれとなく、、、」​
​藤村「そしたら?」​
​夏子さん「お前の選んだ男ならなんにも言わんて」​

そこへ寅さんが入って来ます。

ガ~~~~ン!
絵に描いたような突然の大失恋!



​寅「お譲さん、お棺が出ますよ、出棺ですよ」​
寅さん、火葬場に行くために手配された車に乗りますが、その車には、先に藤村医師と夏子さんが乗っていたのでした。

ガ~~~~ン!
失恋のダメ押し!



寅さんは失恋の痛手で、柴又を出奔してしまうのです。

​<フィナーレ>​
夏子さんと藤村は新婚旅行で京都に来ています。



夏子さんのモノローグ​「そうなのよ、お父さん、私今京都にいるの、つとむさんとふたりでね、、、そしてね、とってもびっくりするような、お父さんにどうしても聞かせてあげたいことに出会ったのよ。寅ちゃんがいたの」​

寅さん、京都の三条大橋の畔で、母親のお菊さんと2人でいるところを夏子さんが偶然、見かけます。



​菊「寅、もう行くで」​
​寅「細かいの(小銭のこと)、ちょっとくれよ」​
​菊「あつかましいな~、もう何べんもこの子は」​
​寅「いいじゃねえかよ、親子の間柄で、ホラ、ホラ」​
​菊「勝手なこと言うな!金の話はまた別じゃ」​
​寅「しみったれてんなぁ、全く、よぉ、お母ちゃん」​
と会話しながら、三条大橋を渡って行きます。




夏子さんの最後のモノローグ​「お父さん、寅ちゃんは、お母さんに会っていたのよ。そうなのよ、やっぱりそうだったのよ。お父さんがどんな顔をするか見てみたいわ、、、でも、そのお父さんはもう、、居ないのね、、」​

三条大橋の下の加茂川の流れのアップで​「終」​​



​​お芝居の「瞼の母」の番場の忠太郎は、結局は母親のおはまと名乗り合わないまま、旅に出てしまうのですが、寅さん版「瞼の母」は、一応ハッピーエンドでおわりました。​​

寅さんにとっては、
失恋のほうが痛手だったのかな?

​​今回、改めて「続・男はつらいよ」をDVDで観ましたが、

夏子さんは
素敵なマドンナだったのですね!

​​
リュウちゃん、
遅まきながら、
佐藤オリエさんのファンに
なってしまいました。
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​





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最終更新日  2020年04月04日 04時43分03秒
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