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カテゴリ:従弟 叔父 叔母
今日も 少し重い話 25日のブログに書いた 「大切な人」の続きです 息子のような存在の 従弟のT 奇跡が起こることもなく 今日 亡くなりました 医学の進歩は 日進月歩というけれど まだまだ 完治の難しい病気は 数多いです 昨年の3月に発病してから 完治を信じ 辛くて 苦しい そして 延々と続く治療にも 頑張ってきたのに 37歳の命は 燃え尽きてしまいました 叔父に 「発病が あと10年遅ければ良かった」 「娘の 小学校入学を見たかった」と話したそうです 娘は まだ 幼稚園なんですよ 37歳の若さで さぞ 無念だったと思います Tは 小学校の時に 怪我で入院して その時に 医者になりたいと思ったそうです 筑紫丘高校に進み 医学部を目指して 勉学に励み 九州大学の医学部に合格 卒業後は 大学院に進み 免疫学を学び 九大の医局に数年 勤務した後 慶応の医局に移り 論文を書いて 博士号を取得 九大に戻ってからは 小児科に勤め 難病の患者に寄り添った治療をしていました 学会で アメリカに行ったり 論文を発表したり これからと言う時に どうして こんな事になったのでしょう ドクターであるがために 病気に関しての知識があり 病気の進行具合まで 分かってしまう 表に出さずとも 不安や 恐怖は 普通の人の 何倍もあったと思います 叔父に 治療を「拷問だ」とも言ったそうです つらかったでしょうね~ 痛みがひどくなるにつれて 痛みどめも強いものに変わります それは 肝臓や 腎臓 腸にも 大きなダメージを与えます そんな苦しさの中でも 私に対して 「心配かけてごめんね」と言った言葉が忘れられません 今日も早朝から 九大に行き しばらく 様子を見て 落ち着いているので 自宅に戻り 父に食事をさせて 洗濯を済ませ お昼から また 病院に行って 10分もしない内に 波形が 乱れ始めてきて Tの顔と モニターを 交互に見ていると スゥ~ と一直線になって・・・ 静かに 静かに 眠るように 息を引き取りました あまりの 早さに 今でも あれは 現実かしらと思います 生きていれば 患者の痛みが分かる 良いドクターになったでしょう 今は まだ 悲しみ 辛さ 無念な思いばかりだけれど 苦しみから解放されて 良かったと思うしかないのでしょうか・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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