蟲師 続章 第1話 「野末の宴」
『蟲(むし)』見慣れた動植物とは違う、時にヒトに妖しき影響を及ぼすもの。蟲師(むしし)は、それらを調査し在るべき様を示す。ヒトと蟲の世を繋ぐ者、蟲師ギンコの旅の物語。蟲師 続章 第1話「野末の宴(のずえのうたげ)」 ★父は酔うとこんな話をした。何年か前のある晩、隣の村からの帰りに道に迷ってしまい困り果てていると人が歩いて行くのが見えた。灯りに近づくと人が集まっていて酒の芳しいにおいが漂っていた。飲んでみたくなり、こっそり宴の中に紛れ込んだ。その酒は黄金色の光を帯びていた。 ★子供の頃、父の作った酒を隣村に届けるために山道に入ると、いつも何かに纏わりつかれる気がして、使い先に着くと明らかに酒の量が減ってしまっていた。それを知った蔵元には叱られたが父は咎めようとはせず、山で何かに絡まれたかと聞いた。そしてあれらは美味い酒が好物だから今年の酒は気に入ってくれたのだなと言った。 ★父は、でもあの酒に比べればまだまだだと言った。あの晩に飲んだ「光る酒」の味が忘れられず、それを目指しているのだと。そして酒は生き物だから感覚のすべてを使って言葉のすべてを聞き取れれば、いずれきっと応えてくれるから覚えておくようにと言った。 今年の酒はよくできた。禄助は病床の父に飲ませてやりたいと蔵元に酒を分けてもらい家に向かっていた。途中で黄金色の酒を一口飲んでみた。美味かった。足がもつれ気づくと道に迷っていた。赤黒い毛のようなものが纏わりついてきて酒を持って行こうとした。なんとか奪い返すと向こうに灯りが見えた。そこにギンコが現れた。 禄助の酒を見ると、光酒(こうき)を持っているなら遠慮することはないと言った。ギンコも光る酒を持っていてそれを地面にたらすと毛のようなものは消えた。見ない顔だが新参蟲師かと聞かれた。蟲師? 人が集まっているところに行ってみるとギンコに蟲煙草と光酒を交換してくれと話していた男が禄助の酒を見て、その光酒を分けてくれと言う。 好きなものと交換しようと言われて見ると見覚えのある盃が。それは父がいつも持っていたものだった。ガラクタだとギンコは言うが禄助は自分の酒と交換した。しかし見ると誰も酒を飲んではいなかった。光る酒は何のために? ワタリの連中が準備に手間取っていると聞いてギンコが様子を見に行く。そこにはイサザたちがいた☆光脈筋を追って流れ歩く者をワタリという。情報を蟲師に提供し生計を立てている。イサザは子供のころからギンコを知っていて親しい。 古い光脈でヘソが見つけにくくなっている。次からは別の光脈から分けてもらったほうがよさそうだとイサザ。寿命かと聞くギンコに地中深くに潜るだけで力を蓄えたらまたきっと戻ってくると言った。合図の鐘が鳴って人々が動き出す。それぞれの光酒を盃に少量注ぐと盃の酒は消え容器の酒が増えて溢れた。禄助と交換した男の酒は増えず偽物だと言われる。わけもわからず禄助は逃げる。 やっと逃げたと思ったらギンコに見つかるが悪気はなかったと事情を話す。自分は蟲師ではなく麓の里の蔵人。光る酒を飲んでみたくなっただけだから見逃してくれと。どうやって作ったかと聞くギンコ。野生の酵母を使ったと禄助は答える。花の蜜にいる酵母を増やして使ったら、ひとつの樽だけ黄金色に輝く酒になった。その酒を飲んでも異常はなかったかと聞かれ、妙な酔い方をして赤黒い毛のような幻覚が見えたと話すとギンコはそれは幻覚ではなく、猩々の髭(しょうじょうのひげ)という蟲だと言った。酒を好む蟲が多いが光酒だけを巣に持って帰る。やつらまで騙されたのだからたいしたものだと言った。ギンコは見逃してやるかわりに、その酒を世に出すのはやめてもらうと言った。酔うと蟲が見える酒が出回ったら無駄な騒ぎになりかねない。それに味がよくても幻が見えるんじゃいい評判にはならないだろう。おそらく酵母の代わりに使ったのはスイミツトウという蟲だろうとギンコ。光酒偽造の原料に用いるという説があるが成功例はない。禄助の蔵人としての技量は確かということだろうなと言った。禄助はギンコに光酒とは蟲とは何だとたずねる。 光酒とは生命そのものの姿。蟲患いなら万薬の長。蟲とは世を構成しているものの一部でそれ以上でも以下でもないとギンコ。そして禄助の酒を世に出せないと言うのは表向きの話と言った。 翌朝、蔵に戻ると酒を飲んだ蔵人が幻覚を見たと騒ぎになっていて出荷は取りやめになった。だか時折妙な客が訪れてあの酒を買っていくようになった。ギンコは蟲師にとっては使える酒だから噂を流しておいてやると言っていた。光酒として取引したのはまずかったが要は使いよう。見えないものが見えることで解決する事柄もあると言った。 父に盃を渡すと、お前もあの酒を飲んだかと聞かれた。飲んでないと答えると父は惜しいことをしたなと言ったが、禄助は、いいんだと答えた。父さんの酒の味を覚えているから、あれを目指してまた酒を造ろうと思っている。ちゃんと酒の言葉、聞き取れるように。