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毒になる親 鏡の法則 ----- 途中で用が入ってしまい、一度投稿しました。 つづきを書きます。 「毒になる親」と「鏡の法則」、どちらも親子関係の問題を解決することで、幸せになろう、本来の自分を取り戻そう、という感じの内容で共通点があると思い、二つ並べてみました。 鏡の法則のほうは、とてもよくまとまった“美談”に仕上がってるので、「ほんとにこんなうまくいくかい」「うちの親はこんな風にはならないな」なんて思われる方もいると思うんですね。 ここに書かれてる“宇宙の法則”自体はよくわかるんだけどね。 それに対して、毒になる親のほうは、「必ずしも親を許す必要は無い」と言い切っていて、 あなたは被害者なのだ、自分にも悪いところがあったなどと思わなくていい、 と理論立てて書いてあるので、これを読んで霧が晴れる思いがする人も多いと思う。 私は読んでて苦しかったですね。 うちの親たちも、軽く毒になる親だったようだと認めざるを得なくて、その悪い影響をずうっと何十年も引きずってたんだと認めざるを得なくて、それがとても苦しかったです。 でも、このネガティブな連鎖を私の代で断ち切らなければならないという気持ちが強いので、 やっぱり読んでよかったかな、と思います。 私の夫は、自分がなにかをうまくやれないのを、親のせいにするなんて甘い。 親がどうであっても成功するやつは成功する。 みたいな言い方をするので、ほんとにもうそう言われちゃうと行き場がなくなっちゃうんですが、 とてもとても根強く深く気づかぬうちに大きい影響を与えてるのが親というもので、 なかなか自分ひとりではその影響から脱出するのは難しいです。 親のせいにするな、と言って片付けられるほど軽い症状ならそれでいいんですが、 そうでない場合もありますので、やたらに友人や家族にそう言わないほうがいいよな、と感じています。 前の職場で、多重人格の娘を抱えるお母さんに会ったことがあります。 自分では気づかぬ間に、夫が何かしていたようだ、ということでした。(その時点で離婚されてました) その娘は、自分を別の人格にしなければいられないような事実に直面していたわけで、 ここまで子供を追い込むのは犯罪以外の何ものでもありません。 そこまでひどくなくても、肉体を傷つけてはいなくても、やはり子供の人生を台無しにしている親と言うのは、かなり多くの確立で存在するもののようです。 モンテッソーリの幼稚園に子供を通わせて、「こどもの正常化をはかる」なんて言葉を聞くたび、 私たち親の正常化をはかることはやってくれないのかしら。。。 なんて思ってたのですが、それはいくらなんでも園の仕事じゃないですよね。 でも正常化してない親もいるのは事実。 子供のためにも、そこのところは常にアンテナを張っておきたいと感じてます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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