ブリュッセル
街は私が居ようが居まいが存在し続けている。私が死んでも何もなかったように存在し続けるに違いない。ここを出てまたここに戻ってきた。そしてその17年の旅で何か体得したか?たぶん何も持たずに振り出しにもどっただけだろう。なぜそういう人生になってしまったのかはよくわからない。この街に対して今は6年前に訪れたときのようなノスタルジックな高揚は感じなかった。ただまだそこにあるという事実をひとつひとつの建物や空気や色合いや人々の話し方に確認した。同じ物もあるし、少し荒んだものもあった。少し俗化したものもあった。少し機能化したものも。私がやはりそうであるようにも思えた。外観は何度も見ていた図書館の中に初めて入って、ベルギーの作曲家のディクショナリという本を開けて、Aから順番にCompositeur, Cellisteという並びをもつ人名を拾い、その記述を読んでいった。その途方もない作業をどこまでするのかわからずに始めたが、進めるうちに何とも言えない恍惚感につつまれた。これほど多くのひとの営み。一人ひとりの単純ではない人生が短い文章にまとめられていた。今はほとんどみな死んでいる。モーツアルト、ベートーベンではない、作曲家の集積。現在その作品の形が残されているのかどうかもわからない。このヨーロッパの小さな国に過去にこれだけ多くの創造行為があってほぼすべて今は忘却の中にある。私が読む時にその魂は束の間呼び起される。そしてまた深く仕舞われる。