カテゴリ:関節リウマチ
先日3月3日のひな祭りの日に開催した「ふわっと会議」には
総勢45名集まり(そのうち男性が14名も!ビックリ~) 大変盛り上がってしまいました。 なんだか今後どんどん広がりそうです☆ 参加した方たちの感想が、ブログのコメントで寄せられ始めています! 今日は、1年4カ月前に始まった関節炎 …一度は関節リウマチと診断されて取り消された その後のことを書いておこうと思って☆ あれから今現在まで、右ひざが腫れあがったまま 足指の付け根も痛むので、バッチリ歩行困難、 移動は全て車で (…乗り降りするのも苦痛が伴い) 歩ける限度は50メートル位?そろり、そろり、と 激痛を避けるためにゆっくり歩き (去年、天河神社で踊ったのは奇跡でした…) 手も、右手左手の指がそれぞれ2本ずつ 関節がボコッと腫れあがり(左手指は腫れが引いてきたけれど) 特に去年の秋、イベント続きで忙しさがピークに達した頃、 とうとうパソコンが操作できなくなってしまって メールやテキストを代筆してもらったりして凌ぎ イベントが全て終了すると、やっとキーボードを ゆっくり打てるぐらいまでは復活して その間にエハンさんのことを手伝ったりしていたのですが 1月末に重い腰をあげて本を書き始めよう…と宣言した後 少しずつ痛い箇所が増えてきてしまって …今まで痛くなかった指や、手首まで腱鞘炎のように 腫れあがってきて(まだ書き始めていないのに!) どうしたんだろう…?と思っていた頃、 久しぶりに不快な経験をして。 他社との取引というのか…対外的なメールのやりとりで ある要求に応じなかったところ、とても長いメールで たくさんの自己正当化と、批判的、否定的、脅迫的な箇所もある 内容が送られてきて、同じレベルで反応して(戦って)はダメ… と、消極的に、非・攻撃的に(…でも屈しない内容で)返すと さらに自分は正義で、そちらが間違っている、と断定した、否定的で 自己の観点を受け入るよう強要する長文が送られてきて、 もう、パッと見ただけでギューっとお腹が痛くなってしまい (私、お腹が痛くなるなんて1年に1回あるかどうかなのに…) 言葉から受ける、体の苦痛というものを2~3日経験して それを終わらせる最後の返信をしたその日。 たまたま、全く別の目的で斎藤芳乃さんのサイキック・リーディングを 予約してあった日だったので、1クライアントとしてセッションを受けに 笹塚サロンに出向いたのでした。 セッションは、自然とその出来事を振り返ることから入って行き… その出来事の中でどんな点が苦痛だったか、ということで その人の観点を強要され、批判され、否定され、脅迫されたこと… と答え、 『その言葉を言ってみて思い当たることはありませんか?』 と問いかけられると、 あ… 私の父との関係です。 と言い終わる間もなくボロボロボロボロ… と涙がこぼれてきたのでした。 昔から滅多に泣かなかったのに… さらにセッションが進むと、何と「エーン、エーン」と声を出して 泣きじゃくっている私が…!(インナーチャイルドが出てきました) その泣き方と体の感覚で、直観的に 「1~2歳の頃だ」 と思いました。 厳格な父は、私が0歳の頃から(聞いた話に寄ると) しょっちゅう怒鳴る、怒る、叱る、で、 離乳食も「ぜんぶ食えーっ!」と怒る、 泣くと 「泣くなーっ!」と怒る、 涙をこらえて耐えていると「なんだその顔はーっ!」と怒る、 そして、甘い声を出したり、可愛がる、という愛情表現を 一切しないまま (これは今現在まで☆) でした。 斎藤芳乃さんには12月に出会った頃から 「愛子さんはネガティブな感情を押し殺してしまっているので 悲しみや苦しみなど、昔体験したことを感じてあげて下さい。」 と指摘されていたのだけれど、 はて?? 思いだそうとしても何も思いつかないのです。 第一自分は 「ツライ思いや経験をしたことが無い」 と思い込んでいたし…。 でも、「エーン、エーン」と泣きじゃくりながら 体が覚えていた幼少時のツライ経験の 記憶というか、感覚がリアルに蘇ってきたのでした。 確かに私はツライ経験をしていた、と思い出し、 そして、おそらく2歳ぐらいの時、心に蓋をして、 怒鳴られても、怒られても、叱られても、 あまり感じないように、反応しないようにして、 あとは年を重ねるにつれて、 その蓋をどんどん強化していったんだなぁ… 交友関係や仕事においても、 怖い、ツライ、悲しい、嫌だ、というような ネガティブな感情を感じなくしちゃったんだなぁ。 …ということが、ハッキリ分かり 深~いところに埋まっていた、頑丈な蓋の根っこを 「ズッポン!!!」 と引っこ抜いたようでした。 セッションの中で、そのインナーチャイルドを そして起こった出来事自体も癒していくのですが それは、娘への愛情を、「厳しくする」 という方法でしか 表現することができなかった父を許し、 その環境で、自分を守って生き延びるためには 怖い、ツライ、悲しい、嫌だ、という感情に蓋をして 無感覚になることしかできなかった自分を許し 確かに苦しんでいた小さな私、インナーチャイルドに 「怖かったね」 「ツラかったね」 「悲しかったね」 「優しくしてほしかったね」 「今まで置き去りにしてきてゴメンネ。(40年近くも…!)」 と、声をかけて、その存在を認めてあげたのでした。 いやぁ… 厳しくされた記憶はちゃんとあったんですよ。 でも、「観点の強要、批判、否定、脅迫(威嚇)」 というような ネガティブな言葉と全く結びついていなかったし (基本的に子供は親を愛しているから 一般的な悪人の要素と関連付けられないのでしょうね…きっと) 自分も「厳格な父に育てられて、良いしつけになった」 (私はそういう形で愛されているんだ、と思いたい子供の心理かな) とポジティブな出来事として処理してしまったのだろうと。 やっと認めてあげた、自分の人生における「苦痛」の部分。 関節炎が始まってからも、身近な人達によく言われていたのが 「痛そうに見えないですよね~。いつもニコニコしているし」 ということだったけれど そのセッションが終わってから、日々少しずつ ゆったり横になる時間を作るようになって、 昔、感じていたであろう心の痛みに思いをはせていたら 1週間ぐらいで体の痛みがどんどん増えてきて (ニコニコしてられない位、痛くなって) 「もう駄目!」と、リコネクティブ・ヒーリングを受けると 同様なパターンの別の人間関係があったことに気づき それを手放す決意ができたり、 浄化と思えるような体の症状も出てきて それが3月3日(「ふわっと会議」の日) にピークになり、そこからジワジワと、少~しずつ、 痛みや指の腫れが引いてきています。 あと、1年前にリコネクティブ・ヒーリングを 3回受けた時に出てきた 「夜10時に寝る!」 ということ。 結局、それから1年の間に3日ぐらいしか 夜10時に寝ることが出来なくて 何故か抵抗している私…どうして~??? と思っていたのですが、 サイキック・リーディングで、インナーチャイルドが癒された その日から毎晩、夜10時前に就寝できるようになったのです。 それで、思い出したのが、その厳格な父が 私が幼稚園~小学校低学年の頃、 毎晩、仕事から帰ってくるなり 「もう寝ろ!!!」 と怒鳴り、夜7時頃でも暗い部屋に閉じ込められ まだ眠く無いのに、見たいテレビ番組があるのに 悪いこともしてないのに、どうして…? と 悔しい思いをしながら寝床に入っていたこと…。 私にとって「早く寝る」 って、無意識のうちに その記憶とリンクしていたことにも気づきました。 もう早く寝られるようになった、ということは きっとその部分も癒されたのでしょうね? そんな感じで、連鎖して次々と思い出すこと、 気づくことがたくさん出てきて 「ボディ」「マインド」「スピリット」で言うと 「マインド」の部分が、初めてケアされている状況です。 ずっと健康体で、風邪もひかず、大病も怪我もせず (株)ボディ・マインド・スピリットを設立して 「ボディ、マインド、スピリットのバランスと向上」 と健康を促進するサービスを提供してきたけれど 自分でその(無理のあった)バランスを崩して初めて、 それを取り戻すための、癒しのプロセスを体験している そんな感じかな☆☆☆ ゆったり、無理せずに、治して行きま~す♪♪♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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