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カテゴリ:大好き茨城♪
最近、茨城の歴史に興味を持っているんです。
いろいろ面白い発見をしたので、 そのひとつを紹介します。 茨城県は昔、 常陸の国といっていました。 多くの人は、茨城、水戸、水戸黄門、徳川御三家水戸藩 のような連想で、茨城といえば水戸藩だなと思うかもしれませんね。 しかし、 常陸の国は、平安時代の後期から関が原の戦いまでの 長い間、佐竹氏が支配していたのです。 そして、 秀吉の太閤検地では、 佐竹氏は常陸54万5800石の大名となりました。 これはどのくらい大きいかというと 陸奥167万石 近江77万石 武蔵66万石 尾張57万石 伊勢56万石 美濃54万石 常陸54万石 というように全国67カ国中7番目の石高なのです。 (石高は資料により違う場合もありますが) すごいと思いませんか。 佐竹氏は 関が原の戦いで、中立的な態度でしたが、 家康を追撃する密約を上杉景勝と結んでいたとも言われました。 そのためか、 全国有数の大名、佐竹氏は秋田へ20万石に 減封の上で国替えを命じられました。 と茨城の歴史では、 ここで佐竹氏の記述が終わることが大部分なのですが、 すぎポンは、その後の佐竹氏が気になりました。 そこで 調べてみると・・・ 明治まで存続しているのですね! 久保田藩(秋田藩)を支配する外様大名として 明治まで存続して、子孫は明治政府から爵位を与えられているのです。 さ・ら・に 平成21年4月、秋田県知事に当選した 佐竹敬久(のりひさ)さんは、 佐竹氏の子孫なのです。 また、東証2部上場の株式会社東洋製作所の 元社長の佐竹義利さんも佐竹氏ということです。 ということで、 佐竹氏は、現在も絶えることなく存続しているというよりも、 各方面で活躍されているようです。 茨城に縁のある方として すぎポンも嬉しいです。 それにしても、 歴史って、調べてみると面白いですね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年11月01日 06時02分26秒
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