本のタイトル・作者
掬えば手には [ 瀬尾 まいこ ]
本の目次・あらすじ
梨木匠には、特別なちからがある。
人の心が読めるのだ。
中学3年生のとき、不登校の女子学生に「その力」を使ってから、匠はずっとその力を使ってきた。
その人の考えを読んで、その人が求める言葉を口にして。
能力を駆使することで人に感謝され、好意を抱かれてきた匠。
大学生になった匠は家を出てアルバイトを始めたが、そこでまったく心が読めない看護学生の「常盤さん」に出会う。
コミュニケーションの取り付く島もない彼女からは、何故か匠だけに聞こえる声がして―――。
引用
相手の気持ちを読む力。そんなものが本当に存在しているかどうかはわからない。だいたい誰だって、完璧には遠くても人の気持ちぐらいなんとなくわかるものだ。ぼくに特別な力はないのかもしれない。だけど、ぼくは動ける。的外れでおせっかいかもしれないけど、動くことができる。それは確かだ。
感想
2022年308冊目
★★★
ファンタジー味強めの、心がほっこりする話。
はじめ、私は匠は本当にそういう「心を読める」能力があるのだと思っていて、でも読み進めていくと分かるのだけど、「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」のですよ。
匠は、人のことをよく見ている。
そして、その人のために動く。手を差し伸べて、助ける。
それが出来る人は、実はそういない。
芸術家一家に生まれた匠。
普通でないこと、を期待されていた彼。
けれど何をしても真ん中で、取り立てて特別なところなんて何もない自分。
平凡であることの苦悩。
ここらへんの葛藤は、昔読んだ『ファミリー・コンプレックス』(つだみきよ著)を思い出した。
自分には人の心を読む力があるのでは?
匠はその考えに依存する。
力を使えば、周りからは「人たらし」だとか「エスパー」とか言われる。
―――ぼくだって、特別な存在になれるのではないか?
調子に乗って、世の中をイージーモードに見てしまっていた匠。
けれど彼の自信は、心を読めない常盤さんの登場で揺らぐ。
特別な力。それがなければ、アイデンティティの拠り所がなくなってしまう。
けれど果たしてそれが、「超能力」であっても、なくても。
匠のおかげで一歩を踏み出して教室に入ることが出来た河野さんが繰り返し言うように、匠が誰かの「困っていること」を見て、「そのために何とかしてあげなくちゃ」って思って行動に移せること、それ自体が稀有なことで、特別な力なんだ。
匠は周りをよく見ていて、誰も気付かないことに気付く。
そしてそれを放っておけない。
力になりたい、助けてあげたいと思う。
それって、すごいことだ。
だってそれが、本当の超能力みたいに、誰かを救うから。
「常盤さん」は、下の名前が常盤なのだと思っていて、双子のかたわれを自分が原因の事故か何かで亡くしたのだと思っていた。
だから「その日」と「自分の誕生日」を喜べないのだと。
違ったね!!
常盤さんの過去については、さらっと流されている感があってちょっとモヤっとした。
特に当時の彼氏が普通に生活しているあたりとか…。
でも、瀬尾さんの本を読むのは4作目だけど、そのどれもが決まりきった名前のついた関係性に終始しなくて、そこがとても良いなあと思う。
男女がいれば恋人にならなければならないのか、同性ならば友人にならなければならないのか。
そうじゃない「つながり」がある。
そういう意味で、常盤さんと匠、河野さんと匠が安易にカップルにならないの、良いな。
そして何より、匠のアルバイト先のオムライス店の大竹店長!!!
この人がもう口悪いし態度悪いし、だからアルバイトが全然続かないけど最早態度を改める気もないという最悪なオーナーシェフなのだけど、匠が河野さんを引き留めるために「店長の誕生日パーティーをしましょう!」と言ったことをきっかけに、徐々に匠との距離が縮まっていく。
初回限定の封入「掬えば手にはアフターデイ」は必読!
店長視点のアフターストーリー。
これを読むと店長がもうツンデレにしか見えない。
物語が進むごとにデレの要素が増えてくるのが良。
「アフターデイ」では、匠の大学卒業を前に、新しいアルバイトを募集することになった店長。
そして匠は一カ月、タイで日本語教師補助のバイトに出ることに。
彼はどうして日本語教師に…?ここらへんが謎だった。知り合いって…??
「特別な力」をある意味笠に着て、相手の表層ばかりを見て、相手の問題を解決することで自分の存在価値を証明しようとした匠。
みんなが考えていることが手に取るようにわかると、相手を軽視していた。
何の取り柄もない自分を蔑み、人から距離を置き、怯えていた。
そんな彼が頭を打って、存在意義を木っ端みじんにされて、それでもなお、残ったもの。
はじめからそこにあったもの。
心が読めるのだと対話を避けていた彼は、言葉を発する。
相手のことを深く知ろうとする。そして、自分のことを話し始める。
匠は、ひとりで箱の中に入っていたんだと思った。
それは、マジックミラーで出来たような。
内側からは、外の世界が見える。
だから彼は、まるで外の世界を知っているかのように話す。
外側から内側が見えないことに安堵して。
でも、彼は箱から出たんだね。
鏡を粉々に打ち砕いて。
箱の外には、彼が出てくるのを待っていた人たちがいた。
直に顔を見て話す彼らは、箱の内側から見るのとは違っていた。
掬えば手には、鏡の破片。
それはきっとキラキラ光って、綺麗だろう。
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