題名
本当に心地いい部屋 ものが少ないからくつろげる、満たされるから帰りたくなる [ 筆子 ]
作者
筆子(フデコ)
1959年、愛知県生まれ。1996年の3月半ばよりカナダへ。半年で帰国するはずが、気に入って20年以上暮らし続ける。もともと、物に囲まれ、ストレスの多い毎日を送っていたが、あるとき、ためこんだ物にうんざりして、ミニマルライフを目指す。物を減らして、「自分の心地よさにしたがった暮らし方」を意識した結果、ストレスがなくなるばかりか、明るく、前向きに暮らせるようになった。2015年にブログ「筆子ジャーナル」を開始。日々の暮らしや、海外ミニマリストの考え方を紹介したところ、人気ブログとなる
目次・あらすじ
PART1 おしゃれな部屋にするより、大事なこと
PART2 視覚的なノイズを減らして、心地よさを作る
PART3 部屋を効果的に使って、快適にする
PART4 自然を取り入れ、もっと穏やかな空間に
PART5 ずっと心地いい部屋で暮らすために
引用
居心地のいい部屋を手に入れたいなら、プラスするのではなくマイナスする。
なぜなら、無駄は無駄を再生産するから。
感想
2023年069冊目
★★★
なんかこう、うがーっ!となっているとき。
自分自身の変化を、「変化したいのにできない」という状況に悶々とするとき。
私は、ミニマリスト本を読む傾向にある。
捨てや片付けは、目に見えて「変化」を感じられる。
自分だけで始められるし、お金も(多くは)かからない。
そして気持ちがすっきりする。
今回はカナダ在住のブロガー・筆子さんの本。
昔、ブログにハマっていた頃に読んでました。
「日本ブログ村」のミニマリストランキングのブログ、ほとんど読んだんじゃないかな。
今はぱったり読まなくなった。
よほど暇だったんだろう、当時の私。
この方の書きぶりは媚びないというか、淡々としている。
ちょっとドミニク・ローホーさんを彷彿とさせる。
そこに皮肉をちょっと効かせた感じ。
「常により良いものを探していると消耗する」は、納得。
ミニマリストブログを読んでいてだんだん違和感を覚えたのは、彼らが「アップデート」のために捨てる→買うを繰り返しているような気がしたから。
誰かに見せるための「洗練されたミニマム」。
でなくとも、ネットで買い物をしようとすると、その膨大な商品数のなかから「より良いもの」を探すことに疲れ果てる。
値段とレビューで比較して、これが良いと思ったら品切れ。
気づけば膨大な時間をかけて、結局買うことが出来ないこともある。
何してたんだろうな、私。と、思う。
そのぼーっとネットサーフィンする時間を楽しんでいるならいいんだけど、苦痛だ。
それならもう、そこらへんにあるありふれた量販店で適当にぱっと買ったほうが早くないか?と最近年を取ってきたのか感じる。
選ぶことがしんどい。こだわることがしんどい。
無印良品が根強い人気を誇るの、分かる。
選ぶ側は、統一されたコンセプトのもと、ある程度の値段で一定のクオリティのものを購入できる。
なんにも考えんでええもんな…。
ユニクロもしかり。
「視覚的なノイズを減らす」「気になる音は極力取り去る」
これは私、かなり気になるのでやっています。
パッケージは剥がす。無地の容器に入れ替える。見えないように棚の中に隠す。
文字があると毎回毎回読んでしまうのが苦痛。
あ、でも冷蔵庫に学校と保育園のプリントは貼ってます。
文字が小さくて、一目で頭に入ってこないと大丈夫。
音は、洗濯機や炊飯器、電子レンジの音を消してます。
いろんな音があると、急かされているみたいでドキドキしてしまうから。
洗い上がりや炊きあがり、終了は表示が「0」になっていることや電源が切れていることで確認。
ただ、テレビはなんとなく耳が寂しくて、時計代わりにつけっぱなしにしちゃうことが多い。
「フードコンテナをプラスチックからガラスやホーローに変える」
これ、やりたいなあと思っているけど出来てない。
うちは真四角のプラスチック保存容器を、ワンサイズで複数所持。
夫はお弁当箱もこれにしている(汁漏れしないしパッキンのゴムがないので洗うのが楽)。
そのまま食卓に出すことがないからまあいいか、と思っているんだけど、やっぱりガラスの容器に憧れる。
この間、NHKのテレビ「
人と暮らしと、台所 〜冬から春 (8)服部雄一郎・服部麻子」を見ていて、キッチンにプラスチックのものをおかないようにしていると仰っていた。
この方達は、サステナブルな暮らし、という観点からそうされているのだけど、ジャムの瓶や蜜蝋ラップを使っていて、それがすごく良いなあと思った。
ジャムの瓶、萌えるよね。でもその使い道を思いつかなくて。
そっか、おかずみたいなものをここに入れても良いのか!と目からウロコ。
本の中で引用されていた、アメリカのコメディアン、スティーヴン・ライトの言葉、
「僕は世界で一番たくさん貝殻を集めてるんだ。それを、世界中の海岸に置いている。たぶん、きみも見たことあると思うけど」
これ良いなあ。好きだ。
ムーミンで、スナフキンが「僕は見るだけにしているんだ」と言っていたのを思い出した。
素敵なものを持って帰ったりしない。見て覚えているだけでいいんだ。
そして筆者がおすすめする、グレッグ・マキューン『エッセンシャル思考』の「インターネットのなかった時代に書かれた本を読む」こと。
私も、小説にスマホやネットが出てくるものがあんまり好きじゃない。
それは源氏物語まで遡るということではなくて。
必要不可欠だし、描写としては仕方がないのはわかっているんだけど、ざわざわする。
本の中でまでスマホかよ、と思うというか…。
筆者は、「これ以上グレードアップさせなくてもいい。私は充分持っている」と考えられるようになったとき、暮らしがシンプルになったのだという。
私も、最近「欲しいもの」がない。
いや、あるんだけど、それは「必要不可欠なもの」であることが多い。
プラスαのもの、暮らしを豊かにするもの、日常を彩るもの、については、もう十二分に、充分過ぎるほどに持っている、と感じる。
みんなその中で、あっぷあっぷしているんじゃないか。
本当に心地いい部屋。
自分が生きていく上で、必要なものが満たされている部屋。
そこにすこし、自分が大切なものがあればいい。
この本を読んで、ずーっと放置していたベビーベッドのマットレスを処分した。
夫の実家から譲り受けた、昭和のバカでかいアイロン台も鉄くず回収に出したい…。
これまでの関連レビュー
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買わない暮らし。 [ 筆子 ]
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