書名
爆弾 [ 呉 勝浩 ]
引用
「くだらないからさ。つまらないんだよ。世の中を壊すなんて誰でもできる。簡単すぎてあくびが出る。壊すのを、食い止めるほうが難しい。はるかに難しいんだ。難しいほうが、ゲームとしてやりがいがあるだろ?」
感想
2023年093冊目
★★★★
2023年「このミステリーがすごい!(このミス)」第1位。
いやあ、面白かった〜!
手に汗握る展開、続きはどうなるの?!と気になってどんどん読んでしまった。
ある日、酔っ払って自販機を蹴り、捕まった冴えない中年男。
彼は自分の霊感で、東京に爆弾が仕掛けられていることを予告する。
地下の取調室で刑事と男の頭脳戦が繰り広げられる。
善と悪を分かつもの。正義とは何か。虐げられたもの。下等な人間。人の生死は誰が決めるのか。
煙に巻くような会話からヒントが出され、仕掛けられた爆弾への道が示唆される。
そうしていく中で刑事たちは気付く。
己の中にも巣食う、身勝手で暴力的な独善性。
安楽椅子探偵の逆というか、男と刑事はあくまで地下室から動かない。
現場を走り回る「おまわりさん」のパートと、その地下室のパートとの対比。
けれど最後にはすべてが繋がる。明かされる事件の真相。
そして驚愕の最後の一文。思わず「ひやぁっ」と声を漏らしてしまった。
こ、こわすぎる…!!!!
映画にするなら、穏やかで退屈な日常の風景をいくつも切り取って流し、最後にどこかに置かれた爆弾が映し出され「チッチッチッ」と音がして、暗転。
だな。
「下人の行方は誰も知らない」。
登場人物がそれぞれ背景まできっちり書き込まれていて、深みがあって魅力的。
私のイチオシは類家だなあ。
この人、誰かを彷彿とさせるなあと思ったら、BBC版「SHERLOCK」のシャーロックだ。
善悪という価値観が曖昧。
(しかしこの作品は、そもそもその善悪という共通認識を疑う)
世界は退屈で、すべてに飽いていて、それでも「みんなの側」にいる危ういバランスを保つ。
彼が最後、「おれは逃げないよ。残酷からも、綺麗事からも」と言ったのは嬉しかった。
前に、シャーロックの二次創作を書いているとき、マイクロフトお兄ちゃんに
「私は危惧していると言っただろう?私はお前を愛している。それと同時に怖れてもいたのだ。心を持たないお前は、波間に浮かんだ漂流船と同じだった。だから私は思ったのだ。帆に風を、船に錨を」
というセリフを用意したのだけど、類家にもそれと同じことを思う。
彼の錨となる存在が、現れますように。
残酷を同じ鮮明さで目の当たりにし、それでも砂糖にまぶされた綺麗事を見い出してくれる。
そんな人が、類家のそばにいてくれますように。
読んでいて何度も、自分の中にある善悪の価値観を揺さぶられた。
見せかけの、うわべだけの、「あるべきもの」としての正しさ。
けれどそうではないことを、本当は知っている。
この物語にはひとり、「部外者」であり「当事者」である警察関係者ではない一般人が登場する。
彼女はたとえばサークルの飲み会が嫌で願う。
ーーー東京に爆弾が落ちればいいのに。
あるいは「みんな死んじゃえばいいのに」と願ったことは?
誰かが死んだ時、その軽重をつけたことは?
(子どもを含む○人が死亡しました)
ホームレスと子どもならどっちが死んでもいい?
犯人に報復が出来る法律が出来たとして、相手を殺さないことは、死んだ人を「そんなに愛していなかった」ことになるのでは?
犯人役のスズキは、人間の醜悪さを暴露する。
これでもか、これでもかと眼前に突きつける。
エンタメとしての小説を超えた内容で、でもエンタメとしても成立していて、映画にもドラマにも映像化されたら面白いだろうなというストーリーライン。
私達は、誰かと誰かの命を天秤にかけて、「しかたないか」を繰り返している。
「まあいいか」と「もういいや」。
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