書名
書楼弔堂 待宵 [ 京極 夏彦 ]
引用
「あんた、江戸の昔のことォ聞きたがるがな。昔ってのも、この森みてぇなものだぞ。遠くから見りゃ綺麗だが、踏み込んだら道も何もねえ。昔は昔の理で出来てるからな。今の理は通じねえ。江戸の理屈は江戸を生きた者でねぇと解らねえのよ。解るところもあるのかもしれねえけどな、解らねえもんは解らねえよ」
感想
2023年130冊目
★★★
ひさびさの京極夏彦レンガ本!とわくわくして開いたら、余白多いし文字大きいし二段組じゃなかったので、文字量はそんなに多くなかったです。
なのでみんな安心して手に取ってください!笑
この本の表紙は、オスカー・ワイルドの「サロメ」。
これは、
・
標本作家 [ 小川楽喜 ]
で重要なキーになっていた作品。
そしてこの小説、「約6年ぶり、待望のシリーズ第3弾!」だったよ。
読み終えてから気付いたよ。
第一作は明治20年なかば、第二作は明治30年代初頭。
今回の舞台は、明治30年代後半。
これいつか、昭和の京極堂まで到達するんだろうか。
だらだらとした坂の途中にある甘酒屋の店主は、坂の上にある「どんな本でもある」という書店を訊ね来る客人たちを成り行き上店まで案内する。
徳富蘇峰、岡本綺堂、竹久夢二。
誰しもその人だけの一冊があると店主は言うーーー。
○
本たちの墓場、「弔」の提灯を掲げた楼閣。イメージがまずかっこいい。
舞台もまあ、京極堂シリーズを読んでいると「あそこの」と思うよね。
入れ代わり立ち代わり、著名人が登場するという意味では、
・
名探偵の生まれる夜 大正謎百景 [ 青柳碧人 ]
みたいでもあったかな。これは大正時代だけれど。
「操觚者(そうこしゃ)」というのは始めて知った言葉だった。
「文筆に従事する人。著述者、編集者、新聞・雑誌の記者など。操觚家。」(コトバンク)
「觚」は四角い木札。古代中国でこれに文字を書いたところから。(goo辞書)
「四十二の二つ子」(親の厄年に二歳になる男児は親を食い殺す)というのも初耳でした。
「四二に二を加えると四四で「死し」となるのを忌むからか」(コトバンク)
女児はかえって良いというのは何故なんだろうか…。
○
過去を背負った甘酒屋の主人。
各章で彼の過去に何があったのか匂わされ、最後に明かされる。
藤田五郎が登場した瞬間、「!」ってなったよね。
そりゃあもう、あれじゃないですが。「るろうに剣心」の頃から藤田五郎といえば。
斎藤一。
新選組。
永倉新八の日記を探す彼に、甘酒屋は言う。
自分は影として、坂本龍馬を斬った。
人斬りの咎人。
藤田も、永倉も、それぞれに自分のやり方で、過去を持って生きる。
生き長らえる。
そのことに対する、葛藤。
私は大河ドラマ「新選組!」で新選組にハマり、沖田総司ラブ!!だったから、最後まで追いかけてないんですよ。
だって、総司は途中で亡くなってしまうから。
そのあとに戦い続けた人は、どうなったんだろうね。
生き残った人は、新しい世を生きた人は。
血の臭いを嗅ぎ分けられるままに、歳を重ねて。
京都まで鉄道が走る。
瓦斯が、電気が、世を変えていく。
そうか、そうだよね。この時代、電気はなかったのだ。
当たり前過ぎて忘れていた。
ドラマ「らんまん」も今ちょうど明治初期あたりで、竹雄と若が同居する長屋では、竹雄が蝋燭、若が油を使っていた。
甘坂屋の店主は、変わっていく世界にあらがっているように思う。
人斬りである自分は、間違えたのだろう。
殺して殺して殺して、けれどそれは誤りとなって。
錦の御旗は翻り、賊軍と呼ばれ逃げる。
間違えたその上に出来上がった新しい世。
ならば俺たちがしたことは何だったのか。
世界を歪めただけだったのか。
店主は自分を貶め、甚振っているように見える。
彼は恐れている。
流れていくことに、流されていくことに、そうして忘れることに。
そして世では、また新しい戦(日露戦争)が始まるのだ。
絵描きになる前の竹久夢二が言う。
僕は世界を美しく観たい、けれど戦争だけは美化してはいけないように感じたと。
弔堂も気持ちはわかると言う。
○
今、令和の時代になって。
それでも戦が行われている。
その戦争は美化されてはいないのだろうか。