030122 ランダム
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今日、俺は最悪の日を迎えた。

容易に言える様な最上ではなく、簡単に認められる様な悪事ではない。

人知を超えた様な、英知を嘲笑うかの様な圧倒的な闇だった。

俺は恐怖した。心胆を奪われた。そして、ニンゲンを羞悪した-

・・・

今日は、ここ数日には珍しい程の悪天候だった。幾度となく雷が唸りをあげる。

しかし、決して成長し切った訳ではなく、まだ、肥大化する事を予感させる様な大人しい唸りだった。

延々と途切れる事無く広がった暗雲は、まだ明るくてもよさそうな地面に闇を運ぶ。

この暗雲の下、小さな背伸びした都会の周囲一帯は、時間に問わず明かりを灯し始めていた。

「あ!光った!」

ここでもまた同様に、暗い部屋を電気が精一杯に照らす。

県下一の進学校の一室だ。進学校には付き物とも言える歴史の重さを、木造の教室から感じさせられる。

進学校の割には設備も決して充分と言える物ではなく、エアコンが未だ導入出来ずにいる。

生徒は暑さをしのぐのに精一杯で、教師は汗を拭き取るのに必死になっている。

そんな中での突然の荒天は、生徒にも教師にも余興の様に感じられていた。

「鳴った!…結構間があったからまだ遠いな…?」

先程から、帰宅目前の7限の授業に一人の生徒が窓に目をやりそわそわする。

その横に座る生徒も、その生徒を横目に呆れた様にそわそわする。

「おい…宮本。少し落ち着いたらどうだ?まだ授業中だぞ?」

教師の一言にクラス中にドッと笑いが起こる。宮本は少し赤面になると横を向いた。

するとわざとらしく掌を口に添えると、小声で横の生徒に話しかけた。

「加川、今日カラオケ行かねぇか?」

すると、ようやく気がついた様に重そうに首を捻ると宮本の顔を見た。

無意味に嬉しそうな顔をしている。ちょっとした悪事に手を染める時に生まれる快感からだろうか。

加川は宮本の目を見た。その背後で無音で光が閃く。

一旦捻った首を元に戻し、教師の顔を見ると、今光ったばかりの雷に夢中だ。

その様子を呆れた様に溜息をつくと加川はゆっくりと目を宮本へと移した。

するとおもむろに机に肘をつき、溜息を吐くように口を開いた。

「…窓見ろよ?今にも雨が降りだしそうじゃねぇか…。今日傘持ってきて無いから遠慮しておくよ。」

これが普通だろう?と言わんばかりのいつもの加川の顔に、慣れた構えで宮本は残念な顔を作る。

「須堂もアンも行くのに?もしかしたら智孝も行くかも知れないのに?どうせ明日休みだし、濡れたっていいじゃん。」

折角正論を述べてやったのに、と呆れ顔は隠せない。

「おい、雷雨だぞ?須堂もアンもお前も勘違いだって。智孝だって行くわけねぇよ。」

「智孝が行くって言ったら来るか?」

思わず首を横にも振れず、加川は静かに頷いた。

すると意味有りげにやたらと嬉しそうな顔を宮本は作る。加川は相反して不貞腐れた顔を無意識にしてしまう。

クラス中が雨の降りそうな空模様に苛立つ中で、加川は一人、宮本に苛立たずにはいれないでいた。

加川が不貞腐れているとそれを掻きたてる様に7限終了のチャイムが響いた。

雷鳴に交じれて非常に弱々しく鳴り響く。

それでも教師の態度は時期外れな荒天に好奇をあからさまに見せ付けている。

加川の苛立ちは直に悪化し、大きく舌打ちを打つ。

チャイムには反応も示さなかった教師がようやく、生徒の冷めた表情に気がついた。

そう思うと、まるでほとぼりが冷めた様な顔をして、雑音には耳も持たず急に授業を終わらせた。

加川は少しそれを嘲笑った。そして、そそくさと教室から尻尾を巻く姿を鼻で笑い飛ばしていた。

「今日傘持って来た?」

高慢な笑みを浮かべて帰宅の準備を始めた加川に、原田智孝が寄って来た。

ハッと何かを思い出したように加川は顔を上げ、原田の顔を見た。

すると、隣から期待を背負った宮本の言葉が跳ぶ。

「智孝、今からカラオケ行かねぇ?勿論、智孝なら行くよな?」

普段から律儀で、少し加川や宮本に比べて気弱な原田はこういう態度をとられやすい性格だった。

「ごめん!今日、警察署に行くって叔父さんと約束してて…。」

「こんな、雷の中を…か?」

「うん。だから、もし傘を持ってたら貸してくれないかなと思ってさ。」

少し原田は嫌味な顔をして、ふざけ顔で言った。宮本がそれを聞いて調子に乗って笑い出す。

すると、大きく溜息をついて、加川は舞台に立った。

「悪いけど、貸せるモンは持ってねぇよ。で、宮本、本っ当に残念だけど…俺、行かんわ。」

そう言うと加川は荷物をまとめ、机の上に使い古した鞄を置くと、立ち上がり廊下へと出て行った。

「…どうしたん?宮本。加川のあんなわざとらしいの久しぶりに見たよ?」

原田が面白そうに宮本を見ると、今度は宮本が不貞腐れ顔だった。

「…面白くねぇの。ま、いっか。部屋が一部屋で済むし…。」

その言葉を小さく残すと、原田の横を過ぎ、教室の黒板の前に座り込んだ2人の生徒の前まで行った。

「なぁ、やっぱ3人だけやわ。」

宮本は少しつまらなそうに言うと、座った2人は顔を見合わせて笑った。

すると、手招きをしながら、戯れがましい笑顔で安藤達朗が口を割った。

「ま、座れよ。」

宮本は不貞腐れた顔を、あえて隠す事も無く、一気に腰から下を、床へと落とした。

「たまには3人で良いじゃん。いつも5人じゃ飽きるよ。」

不貞腐れ顔の宮本に見切りをつけたのか、須堂正が助け舟を出す。

なんとも単純な性格な事か、宮本は急に顔が緩む。

「ま、たまにはな。」

それを聞いて安堵の笑みを浮かべる。と同時に機を窺っていたかのように安藤が宮本を見た。

「でも、1時間だろ?今日は。」

「へ?フリーだろ?な、須堂?」

須堂は安藤の顔を見ると相槌をした。

「俺は…アンの肩を持つよ?フリーじゃ…9時…までやるだろ?」

「…。」

「まぁまぁ、たまには1時間も新鮮で良いじゃねぇか。」

二人が口を合わせて1時間だと提唱されると、さすがに宮本も首を横には振れなかった。

不服そうながらも小刻みに小さく頷く。

同時に、賑わう教室の前方の扉が、不器用に開き、大きな音を立てた。

「はいはい、帰りの学活をするよ?早く席に着かんかい!」

乱暴な口調と共に担任が入ってくると、皆不貞腐れ顔になり、ぞろぞろと席へと移動する。

全員が席に着くと、さっと学活は終わる。がさつな教師には、学活は面倒そのものの様なものだ。

学活が終わると、いつもの様に5人が早々に教室を後にする。

いつもなら騒ぎ立てる宮本が不機嫌な為か、多少静かではあった。

その代わりとも言うべきなのか、先ほど、ほんの僅かながら弱まっていた雷鳴が悪化してきた。

5人は宮本の溜息につられながら、靴箱まで来ると、外の様子が良く見えるようになった。

外を見ていた原田が、そっと身震いするように掌を二の腕に当てた。

「おかしいよ…。気味が悪い…。」

「確かにな…こんな悪天、見た事ねぇよ…。」

加川が靴を履きながら原田の後ろに来ると、そう呟いた。

しかし、異常は異常であった。10秒に一回は雷が光るような状況が続いていた。

しかも、その音が確実に距離を縮めていくのは、誰もが手に取るように悟れる程、確かなものであった。

「…ごめん、俺先に帰るわ。じゃな!」

そう言うと加川は激しい稲光の中、自転車置き場まで足を急がせた。

使い古して、今にも破れそうな鞄を自転車の籠に強引に押し込む。

ポケットから、キーホルダーも無い鍵を取り出すと錆びかけの鍵穴に押し込む。

隣の自転車に引っ掛かったハンドルを無理に押し曲げ、自転車を外に出すと加川は慌しく空を仰いだ。

同時に、空は大きく光った。

間も無く、轟音が轟く。

加川は身が震えるのが分かった。

恐怖にだけでなく、その音に体が震えているのだ。

圧倒的な自然の前に加川は焦りを覚えると、自転車のペダルに足を引っ掛けて、グイグイと漕ぎ出した。

抵抗するペダルを徐々に加速させる。

一雨きそうな面をした空は、その雷鳴、稲光を休める事は無い。

下り坂を一気に下ってゆく。周囲も急ぐ車で溢れかえる。

本格的に雨が降り出せば、途方も無い渋滞になるのは、誰もが容易に予想できるからだ。

しばらくし、加川は頭に冷たい水滴を感じた。

間も無く空を仰ぐと、溜めていた水を吐き出す様に破竹の勢いで雨が降り出した。

空を仰いだ加川の顔は、あっという間にずぶ濡れになった。

「…っ!あぁ!!…。」

加川は舌打ちを大きく鳴らすと、面倒臭そうに自転車を急がせた。

少し突き進んだ所で、ふっと目前に迫った信号を見ると、丁度赤から青へと色を変えた。

加川は少し顔がほころぶと、自転車のペースを僅かながら落とした。もう既に体はびしょびしょだ。

落ち着いた顔を一旦前輪へと落とし、再び顔を上げると、信号は点滅を始めた。

「!?」

加川は驚き、自転車の上に立ち上がるが、ぎりぎりの所で止められた。

「おい!?ふざけるなよ!?」

思わず、声を張り上げるも、周囲に人はいない。焦る車ばかりが立て続けに流れる。

仕方無いが、激しい雷雨の中、苛立ち、居た溜まれも無い。

しかし、異常だった。加川がそれに気がつくのに大層な時間は要らなかった。

この信号は普段から短く、すぐ変わる信号であった。

しかも、多少の旧道の交差点とは言えど、自分のいる通路の方が、まだ大通りなのだ。

なのに、すでに5分は信号が変わっていない。

「…。」

信号を無視してやりたいが、もう、雷雨の為に出来た渋滞で、自転車一台が通る隙間を許さない。

さすが旧道、とも言うべきか、近くに他の信号も無い。強引にしようにも、歩道橋すらない。

「…ふざけてる…。」

加川は雨しのぎの場所を探し出すが、近くに店も無い。

困り果てた顔を、振り回していると路地を見つけた。そう、広くも無さそうだが、雨をしのぐ位には丁度良かった。

随分と重くなった体を、大量の水を帯びた鞄と自転車と共に路地へと運んだ。

路地の入り口まで来ると、そこには想定外の広さと、気味悪い位の闇が潜んでいた。

古びた二つのマンションの隙間ではあるが、上に屋根らしきものもある。

一応雨しのぎは最低限、出来そうではある。

第一、進む事も、今さら戻る事も出来ない状況には否応無しにここに入らなければどうしようもない。

そう思うと、加川は路地へと入り込み、自転車を壁によたれさせる。

大きく溜息をつくと、濡れた自分の体を見る。余計に溜息が出る。

制服の奥のポケットから携帯を出すと、辛うじてまだ動いてくれた。

少し、ずぶ濡れながらも落ち着くと、重くなった前髪をかき上げた。すると、空がよく見えた。

また、光る。間もいれず、鳴る。それを飽きずに繰り返す空に、呆れ顔で遠目に見ていた。

呆れてものも言えずに居ると、すぐ真後ろで破裂音が轟いた。

加川の体が反り立つ。まさか、真後ろに落ちたのかと、冷静さを欠き、体が震え上がる。

息が荒くなってるのにも気がつかず、恐怖心から来る、興味か、振り返ろうとする。

体中を音を立てるほどに震え上げなら、その縛りついた体をゆっくりを曲げた。

「…?」

やっとの事で捻った体が捉えたのは、落雷のあとではなかった。

しかし、そこには確かな変化があった。

確かに、ここに来た時、この場所にこうも不釣合いな銀色のスーツケースは無かった。

しかし、今はそこに、確かにあるのだ。

「…。」

加川は大きく息をついた。そして、冷静さを少しずつ取り戻す。

先ほどの音は、このスーツケースが落ちてきた音なのだと、一人で納得をするように頷いた。

そう考えると、上を見上げてみるが、落とした人物が居ない。

「…?」

理解できない顔を、スーツケースとその真上に行ったり来たりを繰り返した。

そうしていると、右手に持った携帯から音楽が鳴り響く。

「!!」

不意に鳴る音に、一瞬、体が仰け反る。

落ち着いて携帯を開くと、電話に、ようやくの事の様に気がついた。

見知らぬ番号ではあったが、知り合いかも知れない、と静かに電話を取った。

「…はい…。」

「こんにちわ。加川…伸也君かな?」

「…誰…どちら様ですか…?」

聞き覚えの無い声に、自分の名前を正確に呼ばれる。不気味さは隠せない。

「…イデー…とでも言っておこう。」

「…イデー?何言ってんだよ?悪戯か?ふざけんなら切るぞ。」

「…もし切るならばひとつ、忠告を聞いてからにしてくれないか?」

加川は不思議と切る事が出来なかった。一瞬、切ろうとしたが、嫌な予感がした。

この悪天候のせいか、加川はやたらと心細くなっていた。

加川が不気味な声に耳を研ぎ澄ましていると、ゆっくり、その声は話した。

「…もし、君の携帯が壊れても、何も動じずに目の前のスーツケースの中の新しい携帯を使うんだ。」

「!?」

イデーはスーツケースの持ち主か、と加川は直感した。

そして、加川は妙な寒気を感じた。

「それが出来なかった時は、君の命は…保障できない…。」

「…はぁ!?」

加川は耳から携帯を離し、顔と面を向けると思いっきり息を吸い込んだ。

「ふざけんな!!」

そして、電源に指を添えた瞬間、轟音でも、破裂音でもない、鋭い音が耳をさした。

間髪いれず、目の前の携帯のパネルがバラバラに砕け散る。

同時に、手首に、例え難いほどの衝撃が走り、加川の手から携帯が吹き飛ぶ。

吹き飛んだ携帯は壁にぶつかり、バラバラに砕け散った。

「…。」

一瞬の出来事に動揺も出来ない。ただ、呆気に取られた。そして、言葉を失った。

間も無く冷静になると、加川は恐怖した。この音には聞き覚えがあった。

よく、映画などで聞く、銃声だ。

震え上がった体は全く言う事を聞かない。

どこから放たれた銃弾が、自分の携帯を砕いたのか、確かめるにも、体は言う事を聞かない。

体中から汗が噴き出ているのが分かる。

完全に身を縮め込んだ体に次の音が、スーツケーツの中から響いた。

ふっと、先程のイデーの言葉を思い出す。

取らなければ、本当に殺される。加川は震える思いをかみ殺してスーツケースに手をかける。

鍵もかかっていないスーツケースは容易に開いた。

ゆっくりと、恐る恐る、スーツケースを開く。

すると中には、全て機種の違う7つの携帯、アナログ式とデジタル式、両方兼ね備えた腕時計、そして大量のお札が入っていた。

その7つの携帯のうちの一つが、光っていた。

震える手を正確に動かす事も出来なかったが、携帯を取ると、ゆっくりと耳に添えた。

「…そうだ。良くやった。無駄に殺さずに済んだ…。」

体中に寒気が走る。殺すの意味が、普段仲間内で使うものとは違って聞こえた。

「…何…。恐れる事は無い。ただ…君にしてもらいたい事があるんだ…。」

「…な…なんだ?」

声は完全に震えていた。

「…上手く成せば…君の命だって、その大量のお金だって…無事に君の下へと…プレゼントしてやろう。」

この時加川は、もう自分の命が、イデーの掌にある事を、当たり前の様に感じた。

「…。」

「大丈夫だ…。簡単な事だ。今から、明日の日の出の前までに…3人殺してくれるだけでいいんだ…。」

「!?」



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