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Choral am Ende der Reise ~旅の終わりの音楽~

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2011.10.17
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カテゴリ:カテゴリ未分類
悪石島の仮面文化をYouTubeで色々検索してみていたら、なぜか悪霊にとりつかれたドイツ人の女の子の映像とかでてきてまいったねと思いつつじっくりみた(←見るんだ)。



その女の子はいきなりある日てんかんの症状がでてきて、精神病院にもいったけどなおらず、色々人間離れしたすごいことをするので悪魔に取りつかれたんじゃね?ということで司祭が呼ばれたというのだ。



司祭のお祓いもあんまりきかず、ぐったりしていたある日、ボーイフレンドと一緒にいるとき聖母マリアが幻で出てきたんだそうだ。


「さ迷えるほかの魂のために、地獄に落ちちゃった人のためにここで身代わりとしてイケニエになってほしい」と言われて消えたんだって。そしてその女の子はちょっと元気になり、両親の反対もおしきりそのまま餓死に近い状態で死んでしまったんだって。



聖母マリアがでてきた日は女の子は使命感にもえてウキウキ元気になり、ボーイフレンドは当然聖母マリアを見えなくてなんだかわけがわからず泣いていたそうだ。



これさあ、聖母マリアに悪魔が化けてたに鉄板で決まってんじゃん!




と、異教徒として思う。
悪魔が引きずり落としたい相手がなかなか食い下がらなかったら、その相手が信仰している対象にばけて、体調もちょっとよくしてあげてだますってことを、悪魔ならできるんじゃないかな、と思う。



聖母マリアが出てくる伝説が色々ありすぎるのでまじめに信仰している人には悪いけど、そういうことってあるんじゃないか?と思う。



尊厳死とかもあると思うし、死を選べる、というのはものすごい選択の自由だと思う。


でもそれとは別に、本当に神様は、はい死ねって言わないんじゃないか。

と、思う。



ヒロヒコのいうとおり、「悪魔」という存在はわりといてこわい存在だから、敬意を持って取り扱わないといけないと思う。


けど、悪魔よりも「聖母マリアがでてきた!」て信じちゃうその信仰がコワイ。



とか思った。
生きたいから精神病院にいったり司祭に相談したりしてたんだと思う。大学に行って勉強したり、ボーイフレンドと将来を夢見たり、そういう生きる楽しみがあったと思う。



尊厳死がだめとはいえない、でもやっぱり神様は生きろというと思う。



付け加えもうひとつ、姿でみえてしゃべりだしたらそれはちょっと神様じゃないんじゃないか、と疑ってもいいと思う。



最近すごく考えていたこと、神様ってもっとドーンと形に見えない、光みたいに出てくるんじゃないかなと思っている。。というかたぶんラジオのチューニングを神様にあわせにくいように人間が生まれついているんだと思う。



と、ここまでかいてみて分かった、ヒロヒコが(なんでもヒロヒコだなあ)テーマを「人間讃歌」(だっけ)って置いてる意味が。あーなるほどなあ。



人間というかlifeとか命とか生活とかそういう意味合いのものにたいして、讃歌してるんだ。その大事さとかすごさ、わざわざ人生をかけて讃歌する意味がなんか腑に落ちた。そうか。





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Last updated  2011.10.17 19:18:33


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チョロまつの飼い主、のりすけ

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