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311の津波が来るまでの時間は、
30分ありました。 まず、逃げた。 (逃げてからの行動) 安否確認 若い人は、ばあちゃんを助けた。 地域防災 隣人⇒会社隣人を含む。 担架は、津波の時には重たくて、 少なくても、男2人から4人必要となる。 これは、だめである。 一番は、おんぶする。 1人が1人を助ける。 力持ちなら1人で2人もあり得る。 高台の神社に避難して、 先ずは、まきひろいをして、火をおこしました。 が、なかなか温かくなりませんでした。 燃やせるものをと、賽銭箱もこわしました。 山の上なので、とても風が当たり寒くて、 ブルーシートを拾って、巻いて、あたたかくなりました。 当日避難をして(当夜は、全ての人があつまってはいない)集まった人が、 少し、暖まった夜には、 「本日は、まんじゅううまくできたのにな~」 夜中3時ごろ「明日どうやって、生きるか?」 と、いろんな話をしはじめ、 徐々に人間性を取り戻していった。 明るくなったので、 この神社は、みつかりにくいだろうということで、 半日かけて大移動をした。 空には、ヘリコプターがぐるぐるまわって交信していた。 地域の保育園が無事だったことを知り、 大いに安心した。 社員38名のうち25名の家が流された。 先代社長は、ちょうど東京へ出張でした。 帰ってこれたのは、4日後でした。 出張から帰って来た社長は、これを機に、 社長交代するとなりました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015年02月12日 18時01分04秒
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