>>>見えない声,伝える 『作家のおしごと』作家・五木寛之さん(86)
♪これも愛 あれも愛 たぶん愛 きっと愛…。
1979年に松坂慶子さんが歌って大ヒットした「愛の水中花」。この作詞は五木寛之さという。小説執筆だけでなく作詞や講演,対談など幅広く仕事をしてきた五木さんが,五十余年にわたる活動を振り返っている。
冒頭で五木さんは自らを「海山稼(うみやまかせ)ぐ者」と言う。代表作『親鸞(しんらん)』にも登場する言葉で,海で漁をし,山に獣を追う人びとだけではなく,生きるために殺生をし,時に人を欺きもして働く者のことだ。平安時代の流行歌謡だった今様(いまよう)に「はかなきこの世を過ぐすとて,/海山稼ぐとせしほどに/よろずの仏にうとまれて,/後生(ごしょう)わが身をいかにせん」という歌詞がある。五木さんはその歌詞にわが身を重ね「『よろずの仏にうとまれて』っていうところが胸に染みる」と語る。
また,五木さんが敗戦を朝鮮半島で迎え,引き揚げてきたという,自らの体験から,「難民みたいな生活を送っていた時に,何をしていたかといえば,戦前の流行歌を歌っていただけなんですよ。勇ましい歌でも元気づけられる歌でもなく,毎晩,センチメンタルな歌謡曲をみんなで歌っていた。そうして一日を生き延びた経験があるものですから,人は悲しい時には悲しい歌を,つらい時には切ない歌を聴きたいものだという考えが固定している。今日面白かったらそれでいい,と」,原体験を語っている。
作家・村上春樹さんとの「幻の対談」(1983年)も収録されている。村上さんが「一番原体験の文章っていうのは,戦後憲法」と切り出し,お二人は創作について忌憚なく意見交換している。