光害カットフィルターの比較 CLS-CCD vs LPR-N
知人からLPR-Nを譲り受けたので、以前から持っていたCLS-CCDといつか比較しなければ、と思っていました。ようやくまとまったので書いてみることにします。街中で撮影すると、期待したほど星雲や銀河が撮れません。その理由は、街中は山中に比べ夜空が明るいから、ということは言わずもがなですね。ではなぜ山の中に比べて街中は明るいのか、というのは、当然、人間の生活による明かりが空中の水蒸気や微粒子を照らすから、ということも釈迦に説法ですね。では、そういった明かりが全くない場合の空の明るさは何等級になるでしょう?参考1)によると、大気光は23等級なのだそうです。しかし実際に街の中で空の明るさを測ってみると、これまた参考1)によるのですが、17等とか18等級になるそうです。理論上全く明かりのないところで撮影すれば23等以上の明るさの星が撮影可能ですが、街の中では18等級、100倍明るい星までしか撮影できません。銀河は恒星の集まりですから、この理屈がそのままあてはまります。つまり銀河の外縁部の淡いところは、空が暗い所に行けばいくほど写りやすくなる、といえます。では、人間の生活光とはどんなものでしょう??それは月の無い真っ暗な夜に、何が暗がりを照らしているかを考えればすぐにわかりますね。室内を照らしたり、防犯灯として使われる蛍光灯、道路を照らす水銀灯、そして広告にも使われるネオン灯、などですよね。ではそれらはどんな波長の光を放っているのでしょう??参考2)には蛍光灯のスペクトルが示されています。参考3)には、ネオン灯と水銀灯のスペクトルが示されています。(ネオン)(水銀)主に人間の夜の生活を明るく照らす3つの灯りの特徴は、ある特定の波長の光を放出していることがわかります。この三つの明かりのスペクトルをすべて重ねてみるとどうなるでしょうか。さて、銀河(恒星)と違って、星雲は水素のHα線:(波長656.28nm)や電離した酸素原子から放出されるOⅢ線( 495.8 nm, 500.7 nm)など、限られたスペクトルの光を放っています。この生活光(光害)のスペクトルを見ると、その二つのスペクトルとは重なっていない部分が多いことに気が付きます。その生活による光のスペクトルを遮って、HアルファやOⅢだけを拾ったら、もっと暗い星雲が写るのでは、と設計されたのが光害カットフィルターです。私がこれまで使っていたのがAstronomikのCLS-CCDです。その分光特性は4)のAstronomik社のHPに掲載されていますさて生活光のどの波長をカットしているでしょうか??同じように、今回手に入れたのはLPR-Nフィルターの分光特性です。この分光特性についても販売元のシュミットのホームページ5)に掲載されていますこれも生活光のスペクトルと重ねてみます。この二つのフィルターは、どちらも蛍光灯や水銀灯の線状のスペクトルを見事にカットしていることがわかりますが、残念ながらネオン灯の赤外領域にまで広がるスペクトルは、Hαの波長と近いところにあるため完全にはカットできないことがわかります。そしてこの二つの違いは一目瞭然で、CLS-CCDがHαとOⅢ以外はばっさりカットしているのに対して、LPR-Nは、420、560、605nm付近を透過させていることです。参考6)によるスペクトル(他のものと波長のスケールが反転しているので鏡像に改変しています)と重ねてみると、CLS-CCDは青緑と赤しか通過させないのに対し、LPR-Nは黄色や青も透過する・はず、です。ここまで参考にしたページ1)デジカメ星空診断とカメラの特性http://paofits.nao.ac.jp/FITSWS15/onoma.pdf2)蛍光灯とLED灯は何が違うか株式会社ベストエコロジー 代表取締役(元・宮崎大学客員教授) 山城眞 著http://www.b-eco.com/LED.pdf3)ネオンランプと水銀ランプhttp://spectra.nomoto.org/2004/10/30/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97%E3%81%A8%E6%B0%B4%E9%8A%80%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97/4)Astronomikl社のCLS-CCDのカタログhttps://www.astronomik.com/en/filter-gegen-lichtverschmtzung-filters-against-lightpollution-lpr/cls-ccd-filter.html5)シュミット社のLPR-Nのカタログhttps://www.syumitto.jp/SHOP/LPRN01.html6)スペクトルについて のページhttp://member.tokoha-u.ac.jp/~kuninaka/renewal/spectrum.htmでは、実際の星空に使ってみたらどういう違いが出るでしょう??ま、予測としては、透過する光が少ない順に、CLS-CCDが一番背景が暗く、フィルターなしは真っ白になり、LPR-Nはその中間。星雲の赤はCLS-CCDもLPR-Nも変わらず、恒星の色はLPR-Nはナチュラル・・・なんですけれどね。撮影は2018.08/13自宅の庭、鏡筒はSKY90+RDの407mmF4.5、カメラはEOS Kiss X7i(Ir改造)、ISOは1600、60秒露出。JPEG画像で、WBはフィルターなしでのWBに統一、フィルターなし、CLS-CCD、LPR-Nの順に30分程度の時間差で撮影して、並べてみました。左からフィルターなし、中央LPR-N、右CLS-CCDです。背景の空の明るさは、当然ですがほぼ予想通りですね。では背景の空に比べての相対的な星雲の写りはどうでしょうか?背景の空をフォトショップのスポイト機能でほぼ同じに揃えてみました。左がフィルターなし 中央LPR-N 右CLS-CCDこれまた当然ではありますが、予想通りCLS-CCDが背景の空より相対的に星雲が明るく写っていることがわかります。次に、それぞれ10コマずつ撮影したので、RAW画像をDSSで10コマAverageStack(Dark、Flat 、Bias、は加えていません)、AutosaveをDSS上で簡易的に処理、背景の空の色を合わせたものです。左がフィルターなし 中央LPR-N 右CLS-CCDCLSは赤が浮かび、青がオースリーの緑になり、光信号の多くがカットされているためS/N比は悪くなりノイズが増える、ノーマルはノイズは少なめ、青は青っぽく、赤にも少し青の成分が入り、あまり色をいじらなくてもいい感じ。ただし赤い星雲の濃さはやはり落ちる。LPR-Nはその中間・・・という、あくまでも個人の印象を持ちました。さて、では肝心の空の色や恒星の色は、というと、CLS-CCDは大きく変わってしまうことがわかっていましたが、LPR-Nもそこそこ変わってしまいます。星雲を見ながらカラーバランスを取り、そのあとで空の色を見、最後に恒星の色を見ながら、の3度のカラーバランス調整が必要でした。当然CLS-CCDとは分光特性が異なりますので、それと同じ処理をしたのでは、許容範囲の色は出てきません。恒星のスペクトルは連続しているのでその途中途中が分断されることや、連続しているように見えて、実は線状スペクトルが混じってきているので、その強い信号であるはずの波長をカットしてしまったりするのかもしれず、それで色合いが変わってしまうのでしょうか??少なくとも微光星はずいぶん赤く表現されているようです。最後にLPR-Nフィルターを装着したので、それを外さないまま151分撮影を続け、DSSで処理をした画像と、昨年CLSフィルター(カメラは70Dですが)で撮影した画像を並べてみます。この色に落ち着かせるまでにはいろいろな紆余曲折が必要でしたので、1年前と今では画像処理の能力が違っており一概には比較できません(*≧m≦*)Takahashi SKY90(D90f407RD)LPR-N X7i(Ir) ISO1600 60秒×151Takahashi EM100+PoleMasterDSS(L151D58F30DF58B80 KappaSigma)PSCS2 SI82018.08/13 自宅庭TakahashiSKY90(D90f407RD)CLS CCD EOS 70D(Ir) ISO1600 90秒×39Takahashi EM200(AGS-1)ノータッチ 手動ディザDSS(L39D22F81DF80B80) KappaSigmaPSCS2 StellaImage8 NeatImage2017.09/12 23:21 自宅庭光害カットフィルターの特性を見てくると、結局ネオン管を多く使っていることによる空の明るさにはあまり効果がなさそう(別府市北浜のネオンサインが南東の方角なんですよね・・・)ですし、また、あまり光害のない場所であれば、光量が落ち相対的にノイズが増え、カラーバランスが崩れるだけ、ということになってしまいます。そんな中でCLS-CCDのように思いきった特性であれば、恒星光もかなり落ちるので、淡い赤い星雲を恒星よりも浮かび上がらせて表現するために、非光害地でも使うというのはありかな??と思われます(実際に清和高原でIC1396を撮影した時はフィルターなしでは苦しくて、CLS-CCDを装着しました)。なので、固定のツメが甘くなってますが、まだ捨てずに取っておきます。一方で、使い慣れれば、LPR-Nの方がカラーの崩れが少ないので、CLS-CCDよりは使いやすいだろう、と思われますので、これからの普段使いはLPR-Nになるでしょう。我が家の環境では、どうやっても淡い散光星雲はフィルターなしでは元々の空の光にうずもれてしまいますので。ただ、透過スペクトルの幅が広いので銀河にも使えるという謳い文句は理論上はわからないでもないですが、恒星の色の変化を見ると、私は銀河には使いたくないなぁ、と思ってしまいます。(微光星はどうしても可視光と比べてHアルファが相対的に強くなってしまうでしょう)最後に、紫外線を発生しないため人体への影響が少なく、熱に変換されないためエネルギーの光への変換率が高くエコなLED照明。我が家周辺も防犯灯がこれにどんどん変わってきていますが、実はそのスペクトル特性上、光害カットフィルターが全く役に立ちません。