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テーマ:カウンターの内側から(7)
カテゴリ:酒処「和酌和酌」
「いらっしゃ~い♪」
常連のお客様、北村くんが今日の口あけ。店を開けて30分ほどした頃。 お祭りのお囃子が聞えていたから、夏真っ盛りのちょうど今時分だったのだろうか。 この日は、バイトの子が遅れるからと連絡があったので、私一人で店に居た。 まだ暮れきらずに残っている暑さに、北村くんもうんざりした様子で 「ママ、ビール、ビール!」と入って来た。 その時に、カウンターの端に彼がチラッと視線を向けた。ん? とは思ったけど、特に気にすることもなく、ビールをあけグラスについであげる。彼は一気にグラスのビールをあけ、 「あ~、うま~い! 生きかえるよなぁ」と嬉しそうに咽喉を鳴らした。 私もご相伴にあずかり、野球中継を見ながら小一時間も経ったろうか。彼が、カウンター越しに私を手招きする。 「ん? なぁに?」 「あっちのお客さん、ほっぽらかしでいいの?」 「えっ? 北村くんしかいないじゃない」 「...あっ、そう...なの?」 「???」 「あっ、まぁ、別に、何でもない、何でもない」 「何、気になるなぁ」 「後でね、後で話すから。ビール出して。あと枝豆かなんかちょうだい」 と彼は笑って、ほらほらと私の背中を押しやった。 その日は、なかなか次のお客さんが現れず、野球中継も終ろうかという頃、北村くんが 「ふぅ~、帰った帰った。ん? いなくなったって言うんかな?」と言う。 「何よ、誰の話?」と私が聞くと、 「ママは、気づかなかったの? 鈍感だなぁ」と笑う。 よくよく聞いてみると、彼が店にやってきた時からずっと今まで、カウンターの端の席に、赤いスーツを着た女の人が座っていたんだという。細身の髪の長いちょっと淋しげな女性。足を組んで、頬づえをつき、微笑みながら私たちの話に耳を傾けていたらしい。 「え~! ちょっとやめてよ! 私、そういうの苦手なんだから」 そういえば、北村くんは霊感が強いなんて話を聞いたことがある。私はそういった感覚に、まったく無縁の人間だから、ひょっとしてそういう方がそばにいたとしても何も感じないけれど...けっこう信じちゃうタイプ。しかも怖がりで臆病なものだから、鳥肌立っちゃってビビル、ビビル。 「他のお客さんが来るまで、帰らないでね。お願い!」 「もういないから大丈夫だよ。それに悪い霊じゃなさそうだし」 そういう問題じゃない! ほどなくバイトの子もやって来て、間をおかずに数人のお客様が来店し、カラオケも始まった。忙しさにさっきの話をすっかり忘れ、お客様の相手をしながら楽しく飲んでいた。 さて、店を閉め、後片付けをしている時に、ふとさっきの話を思い出し、またまたぞ~っとしてきたけど、バイトの子に話すと彼女も怖がると思い、むりやり頭からふりはらった。 いつもなら、彼女が「お疲れ様でした。お先に~」と先に店を出るんだけど、 「あっ、待って! 今日は私も一緒に出るよ」と彼女を待たせて、二人で店を出た。 帰り道でも、車内のバックミラーを見ることが出来なかった。 二週間ほど過ぎた。その後北村くんもその話をしないし、私も忘れかけていたある日。 店は8割ほどの入りで賑やかだったが、酔ったお客様の一人が私のそばに来て言った。 「ママ、さっきまでいたカウンターのお客さん、誰? きれいな人だったね」 「??? ! ...」 言うまでもないが、その日、女性一人のお客さんはいない。彼には見えていたんだろうか。 「赤いスーツの?」 恐る恐る聞いてみると、 「そうそう、髪の長い」 「あ、ごめん。私、よく知らないのよ」 「なんだぁ、残念だな。一緒に飲もうって誘おうと思ったのに~」 彼は残念そうに、仲間のところへ戻っていった。 もう間違いない。彼女はここへ何度も来ているのだ。私が気づかないだけだ。 心の中で、老婆のように“南無阿弥陀仏”を唱えながら、 「お願いします。あなたの居る場所ではありません。どうか成仏してください」 と、何度も何度も繰りかえした。 不思議なものだ。別に仏教徒でもないのに、自然にそう思ってしまった。 それ以来、彼女は目撃されなくなった。私のお願いに耳を傾けてくれたのかどうかはわからないけど、勝手に「きっと、成仏してくれたんだ」と思っている。 店をやめてから数年した頃、ある居酒屋さんで北村くんに出会った。昔話に花が咲き、しばらく一緒に飲んだ後、彼が言った。 「ママ、赤いスーツの女の人、覚えてる?」 とたんに私も思い出した。 「もう、やめてよ。怖いんだから」 「でも、あの人はきっとあの店が好きだったんだよ。みんなが楽しそうに飲んでるのを、笑いながらながめてたもの。淋しかっただけなんじゃないの?」 臆病な私は、今でも思い出すと鳥肌が立つような思いに襲われるけれど、彼女は彼女なりの理由があって、店に来ていたんだろうな。少しでも慰めになったのなら、それはそれでいいけれど... 霊感というものを持ち合わせていなかったことが幸いだった。見えていたら、身の上話でも聞いてあげたかもしれない。完全に腰がひけていただろうけど(笑) もうすぐ、今年もお盆がやってくる。亡くなっていった方たちが安らかにその後を送れますように...どうか、この世に未練を残しませんように... 生まれかわってご縁があったら、現世の人として一緒に楽しく飲もうね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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