うろ覚えだけど、多分小学校の5年生ぐらいの頃だと思います。当時、トム・クルーズが大好きだった私は、「ハスラー2」という映画が見たくてたまらなく、父親にお願い。父親は、「子供が見ても分からん映画やで」と言いながらも、劇場へつれて行ってくれました。勿論、11歳の私には、映画の内容なんてチンプンカンプン。けれど、上映時間ずっと私の目はスクリーンに釘付け。ただ、目線の先にいたのは、もはやトム・クルーズではなく、もっと年配のポール・ニューマンでした。
幼心にも、「なんて目の綺麗な人だろう」と、その青い瞳に溺れるような感動。その気持ちは、以後いつポール・ニューマンを見ても心の底から沸き上がってくるものでした。それからというもの、私は「スティング」や「熱いトタン屋根の猫」など、ポール・ニューマンの若かりし頃の作品をビデオで借りてきては、たくさん見ました。
彼は、文句なしにハンサム。若い頃から正統派ハンサムで、歳を重ねても味のあるハンサム。「男前」とか、「格好良い」とか、「イケメン」とか。そんなものではなく、「ハンサム」という表現がぴったりのポール・ニューマン。
そして、あの目・・・あのような澄んだ瞳は、その先にも後にもないと私自身は思います。「目は心の鏡」とも言いますが、まさしくポール・ニューマンの心があの美しい目に現れていたのでしょう。
というのも、名優で名を馳せていた彼は、料理好きでも知られており、その秘伝のレシピを商品化するためにNewman's Ownという食品製造会社を設立。そして、なんと1982年の創業以来、全利益を恵まれない子供達へのチャリティーとして寄付し続けました。また、ハリウッドのリベラル派として知られた彼は、ベトナム戦争反対や反核運動にも積極的でした。
銀幕のスターの座にだけ甘んじず、ヒューマニタリアン(humanitarian=人道主義者)としても活躍したポール・ニューマン。その彼が米時間の26日に、この世を去りました。享年83歳。
その美しい容姿と抜群の演技力で世界中を虜にしたポール・ニューマン。真っ直ぐな志しでたくさんの人達の人生に光を与えたポール・ニューマン。あなたはもう、ここにはいないけれど、あなたの清らかな心を映し出したあの青い瞳を私は忘れません。
どうか安らかにお眠りください・・・
新婚の頃のポール・ニューマンとジョアン・ウッドワード(女優)。2番目の奥さんでしたが、おしどり夫婦として知られ、共に慈善活動をたくさん行い、一生を添い遂げました。