|
カテゴリ:片岡人生の世界
最近の少年誌では生と死の表現が制限されている。
子供の頃からそうゆう表現を見せてはならないという 親心を配慮してのことだろうと思うが… それが間違いということにいつ気づくのだろうか。 テレビでもそうだが、苦情がきたらそれに合わせて 手法を変えたり、謝罪したりしている。 意見を聞くことは大事だと思うが、苦情を言う人間の 数と苦情を言わない人間の数はどちらが多いのだろうか? もちろん、間違ったことに対しては謝罪するべきだし 訂正したり手法を変えるのは当たり前だと思う。 ただそれが全てに当てはめて良いのかは別である。 何でもそれに対応して表現力を抑えたとしても また新しく苦情は入ってくる。 きりがないことを続けて、表現力をなくし 何とも思わなくなるものが面白いとは思えない。 そんなに過保護に育てた世の中は面白いと言えるのだろうか? 人が持つ表現力は自由で無限なものであって それに規制をかけて縛りつける世界は楽しいですか? 今度アニメ化が決定した『デッドマン・ワンダーランド』 完全民営化刑務所という刑務所の中で生死を争う物語を テレビはどう表現していくのだろう? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.11.01 19:51:32
コメント(0) | コメントを書く
[片岡人生の世界] カテゴリの最新記事
|
|