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カテゴリ:若い世代の幸せのために
多額の国債の発行と,ハイパーインフレの懸念についてはどうしても気になっているので,大学院の財政学の授業で先生に聞いてみました。
「「日本の国債は,日本国内で保有されているから安全だ」みたいに説明されていますけど,それって本当に大丈夫なんですか?」 社会人大学院で,経済学ではない研究科の授業ですから,それほど本格的な財政学の授業レベルではありませんが,教えてくださる先生は立派な方ですのでどのようなご見解か聞いてみたかったのです。というか,これを聴くために財政学を履修したわけです。 すると先生は,割と軽めに「そうですね。外国人の保有率はじわじわ上がってきてますけど,今のところ大丈夫でしょうね。ぼちぼち危なくなっていると思いますが。」と,おっしゃいました。「詳しく言っても,こいつにはわかるまい」的なお気持ちもあったかもしれません。私は,明らかな門外漢ですから。 でも,「多分,違うよな」という直感的な確信が私には前々からあって,それがずっとひっかかっていたわけです。日本で起こったハイパーインフレは,第二次世界大戦後のもので,その時は多額の戦時国債が問題になったわけですが,普通に考えて,当時の日本の戦時国債を外国が買うなんてまず考えられません。それでもハイパーインフレが起こったのですから,国債を国内が買うか,外国が買うかという問題は,国債がデフォルトになりやすいかどうかの問題点にはなっても,ハイパーインフレが起こるかどうかの直接の問題点にならないだろうと思うのです。結局先生のお話では不安が解消できないので,ちょっとそのあたりを調べてみることにしました。調べるといっても,ごく簡単なことしか私はやりませんが。 まず,インターネットで中央大学の関野満夫先生がお書きになった「日本の戦費調達と国債」という論文を見つけました。丁寧に資料を扱っていらっしゃるようで,グラフではなく表で示していらっしゃるところが誠実な印象でした。グラフって,表を分かりやすくするために使われるのだろうと思いますが,経済系のネット記事のグラフはなんだか怪しげなものが多い(特に縦軸の取り方)ので,表になっていた方が,自分でグラフにしたり,数字から変化が読み取れるので却って良心的な気がします。 これを読んでみました。事実をまとめていらっしゃる論文で,関野先生のご意見が大きく出ているものではありませんでした。以下にメモ書きします。*は私の感想 1937年(昭和12年)から1945年(昭和20年)にかけて,軍事費を中心に激しい経済膨張が生じた。戦争のための多額の軍事費を調達する必要があったので,国は,①戦時国債の発行,②直接税,間接税の増税というふたつの方法によって調達したが,実際には国債の発行に依存していた。 1937年から1945年までの歳出純計累計額2358億円 このうち公債・借入額1727億円(73.2%) 比較 アメリカ59%,イギリス51%,ドイツ51% 租税収入 571億円(24.2%) 公債のうち,直接的な戦争目的・軍事費に利用される軍事公債が8割,残り2割も軍事目的に繰り入れられることができるようになっていた。 当時の大蔵省の見解は楽観 「資産に見合う処の借金といふものは,決して大いに心配すべきものではないのであります。借金で心配になりますのは,要するに資産に見合うべきものなく,損失を補填するための借金であります。」 *関野先生は,別な部分下線を付して強調されています。 *国内で保有していれば大丈夫という理論と同じでしょうか,違うでしょうか 戦時国債は日銀の直接引き受け 1932年から日銀が直接引き受けができるようになった。国債は日銀が大半(85.9%)を引き受け,大蔵省預金部資金も13.5%引き受けた。外国は引き受けていない。外国債は1930年頃4分の1くらいあったが,その後減少していく。1945年は99.4%が国内債だった。 1937年ころからインフレが加速した。 「公債発行→財政支出の拡大→経済成長・国民所得の増加→金融機関の預貯金増大→金融機関による国債購入→日銀への日銀券の還流」というシステムで日銀券の流通量を制限しようとした。 貯蓄増強と節約が強く主張された 銀行が国債を引き受け続ける財源が必要だったので,国民に貯蓄増強が強く求められた。 生活物資の供給水準がすでに低下していたので,公定価格を定め,配給制をとって物不足を安定させ,国民に節約を強く求めた。それによって,市中の日銀券流通量が急激に増えないようにしていた。 富くじ的要素のある貯蓄債権も発行された。 それでもインフレは加速した 日銀から国債を引き受ける銀行の購入力の限界を超えた 戦争末期,銀行が日銀から借り入れをするようになった。日銀貸し出しの急増は,日銀券の増発を招き,戦時インフレを加速させた。国債発行額そのものの増大とともに日銀保有国債も増加していた。 戦時国債はデフォルトになったのか? 1942年に外国に対する国債の利払いは停止になった。 *関野先生はデフォルトについて言及していませんが,これがデフォルトと評価している向きもあるようです。債務不履行であるとは思います。 *でも,これをデフォルトとすると,その前後でインフレ率は同じような率で上昇しており,デフォルトとインフレ率とは関連性がなさそうに見えます。国債デフォルト→ハイパーインフレという構造ではないのかも。1942年の外債率2.2%。 *1946年以降のハイパーインフレまでいかなくとも,1945年までのインフレレベルでも現在の日本では十分ハイパーインフレと感じるのではないか。今朝のニュースで4パーセントのインフレで国内は混乱しています。現在の「ハイパーインフレ」を戦後と同様の率ととらえて良いのでしょうか。なんだかマズイような気がします。 *この論文を見ると,インフレには,市中に出回る日銀券の増加が重要な印象です。 (私の考察)現状はどうなのか *日銀券の流通量は2001(平成13年)から2021年(令和3年)までで約2倍に増加している。 (日銀のサイトで日銀券発行高と流通高のグラフが作れます) *戦時中や戦後の流通量の増加状態と比較すれば,それほど急激な増加とはいえないレベル。 *「国債が国内で保有されているから大丈夫」なのではなくて,日銀券の市中流通額がまだ爆増する状況ではないため何とかバランスを保てているのかもしれません。 *「どうしてインフレにならないのかわからない」と前に麻生さんが発言されていましたが,単純に「モノ余り」が大きかったのかもしれません。授業の最初の方で,物の価格は需要と供給のバランスで決まると習いました。その価格の決まり方と「良いインフレ」「悪いインフレ」の話がどうつながってくるのかはよくわかりませんでした。需要と供給のバランスに,市中に出回る日銀券の量が影響を与えるということのように思えますが。 *現在,NISAの範囲を大幅に広げて投資を呼び掛けているのは,老後資金を自助努力で何とかするという意味の他に,市中に出回る日銀券の回収の意味も大きそうに見えますね。でも,銀行から見ると,預金は債務で投資信託の手数料は債権(間違っていないか確認してください)ですから,お金の流れはどうなるのでしょうか。証券会社や投資先の立ち位置は? *日銀券の流通量自体は2倍になっているので,何らかの理由で物資の流通が滞り,「物不足」への不安が社会に生じると急激なインフレになってもおかしくない感じ。1937年から1940年にかけて倍になっている(発行量と流通量がほぼ同じとして)が,この時,東京小売物価指数130.4から169.5にアップしています。この時は3年で2倍になったという状態でした。 *今の政府の様子だと,軍事費はどんどん上昇させていく予定に見えます。そこで,国債に頼らず増税をしようと考えたのは,過去の教訓からハイパーインフレを警戒したからかもしれません。 やっぱり,よくわからないままですが,とりあえず,今すぐにハイパーインフレになる状況ではないように思えたのでほっとしました。じゃあ,国債をだらだら増やすならどこまでも行けるのかという問題が出てきますが,おそらく過去に例がないので,日本が国をあげて実験しているようなものなのかもしれません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023年01月15日 13時46分15秒
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