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邪馬台国は福岡県の「九州説」と、
奈良県の「畿内説」にほぼ二分されているが、守山市のアマチュア歴史家ら2人が、 市内で弥生時代後期の巨大な遺構が出土したことなどから、「近江説」の本を相次いで出版。 これを機に青年部は特別委員会を組織、さまざまなイベントで「邪馬台国の守山」をPRする考えだ。 「邪馬台国近江説」は市内の伊勢遺跡が根拠で、この遺跡が邪馬台国と主張している。 弥生時代後期(2世紀後半)の東西約700メートルに及ぶ大規模な集落跡で、平成13年に 巨大な祭殿とみられる建物跡が見つかった。隣接する野洲市の大岩山で、国内最大134.7センチを 含む弥生時代の銅鐸(どうたく)24個が出土。遺跡との関係性も指摘され、巨大勢力が存在したとされている。 こうした中、昨年1月、守山市のアマチュア歴史研究家、澤井良介氏が「邪馬台国近江説」 (幻冬舎ルネッサンス)を、同2月には、東京の雑誌編集者、後藤聡一氏が偶然にも、同じ題名の本(サンライズ出版)を出版。 澤井氏は「邪馬台国は守山にあったと確信している」と話す。 畿内説でほぼ決まってたようなだけど今さらねぇ、、 守山市はすぐそこだけど滋賀はこれと言ったものが琵琶湖とひこにゃんぐらい? 邪馬台国自体存在不明確な物を町おこし利用って… それに野洲とか放置で守山って言うのもねぇ 昔は小国多かったみたいだから各地の遺跡の数考えるとなんとも… まぁ邪馬台国は夢物語みたいなので良いのではないかなと思ったりしますですよ それに歴史から考えると奈良あたりのほうがしっくりくるですよねぇ、、 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jul 27, 2011 02:59:02 AM
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