俺は　窓辺で　外を　眺めていた。
五月の風が　心地よく　髪を　かすめてゆく。

俺はビジネスの為　多くのものを犠牲にしてきた。
多くの人を　引きずり下ろして　今日までやってきた。
それは　当たり前のことなのだ　一握りの強いものだけが
勝利という美酒に酔うのだ。
それが　この世界のシステムなのだから…

窓の下で　信号機が赤に変った。
ふと　目線を上げ　遠くのビルに　目の焦点が　合ったとき。
突然　何かが歪んだ。それは　歪んだとしかいいようのないものだった。　　
そして　頭の奥底から湧き上がるように　声が　聞こえてきた。
　
「♪シュッポッ、シュッポッ、といちの奈良漬
　　シュッポッ、シュッポッ、といちの奈良漬…」

「なんだ今のは」
俺は焦った
何の歌か思い出せない　というよりは　記憶にないものだった。

しかし、湧き上がる　その声たちは　止まることはなかった
何処から来るのかは　わからない　
だが　俺の内面から　聞こえてくる事だけは　確かだった

次に　遠くから徐々にやってくるように　男と女の話し声が
俺の頭蓋骨を包む


女は謂った　　　　　　　　　　「あんたホンマにウィックやね」
男はそれに聞き返すよう謂う　　「なんでウィックやねん」
女の吐き捨てるような声が響く　「虫の好かん人！」

二人は声をそろえて　俺に何かを植え付けるように叫ぶ
　　「衣類の虫除けにウィック。ウィック防虫錠！」　　

「ウィック…ウィック防虫錠ってなんだ！」
「薬の名前なのか？なんなんだ！」問い掛けても答えはない。

なぜ　突然　こんなことになる。
俺は　近くにあった　椅子に座り込んだ。

次々に　波のように　やって来る声に　もう逆らう気すらなくなっていた。

♪ポッポ　ポッポー　はとポッポ～
　　ハトのマークの　けーいは～～んぎゅう～う～にゅ～
　　京阪牛乳でみな元気！

「京阪って、関西の鉄道会社じゃないのか　牛飼ってるのか？」

遠ざかる意識に中で　ふと窓辺に　目をやると
そこには昨日手に入れた　向日葵のスタンド

その誇らしげに立つ姿をみているうちに　
幼い頃　母に手を引かれて見に行った
青空に立つ太陽の塔が
記憶の隅から　現れた。

頭の真ん中で明りがついたように感じる経験だった。

あの幸福感に満ちた日々…。

「忘れていた…」

俺は　気づかぬうちに　あの幸せだった日々を
無理やり忘れようしていたのかもしれない。

昨日買った　スタンドが　心の鍵を開いてしまったようだ。

そう気づくとともに　頭の中の声は段々と聞こえなくなり
それと入れ替わるように　俺の口から漏れ出す　歌が聞こえてきた。
今度は自分の声で　はっきりと聞こえる。

そして　俺は涙を流しながら　日が沈むまで　　
その　向日葵のスタンドを眺めながら　歌い続けた…



♪　ぐっと　　　　　かみしめてごらん

　　　ママの　　　　　暖かい心が

　　　　お口の中に　　　しみとおるよ　
　
　　　　　　　　　　　　　　パルナス………



追憶の向日葵　グリーン60cm

　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　おわり