そして　この日　・・・
風が幸運を運んだ　クリスマスイブから
５年後のクリスマスイブの日

幸せなアンソニー　ウィルソンは　なんたる偶然か　
あの　吠えていた街に　仕事でやって来ていた



「社長　まもなく迎えのお車が参ります」

社長とは　幸せな男　アンソニー　ウィルソンのことである


「キミ　せっかくで悪いが　この街は思い出の街なんだ
　娘へのプレゼントも捜さなきゃならないし
　すこし　ひとりで歩きたいのから　
　キミ　先にホテルのほう言っててくれるかね」

「はい　かしこまりました　どうぞお気をつけて」



アンソニー　ウィルソンの顔は　
死にたいと吠えていた時とは別人のように　
自信と悦びにあふれている

皮肉にも　まさに彼が５年前に憎んで吠えていた
『楽しそうな面』がそこにはあった
５年前の彼がいま街角にいたらきっと自分に吠えついたに違いない



何軒か店を見た後
アンソニー　ウィルソンは
５年前　親愛なる新聞紙に絡まれた
思い出の路地裏の非常階段の所へやって来た

「ここだ　俺の新しい人生が始まった場所は」

感慨深げにそう　呟いた　




そのとき　ひとりの男が非常階段の上から降りて来て
アンソニー　ウィルソンに声を掛けた

「いやー　遅くなったけど　間に合ってよかったよ
　　　　　　　　　　長い間　待たせたね　Ｍｒ．ウィルソン」

アンソニー　ウィルソンの記憶という世界の
どの場所にも存在しないその男は
そう言って　細身の黒いタバコに火をつけた


タバコの煙を深く吸い込んだあと　続けて男はいった

「じゃあ　そろそろ　行こうか　Ｍｒ．ウィルソン」



男はウールのロングコート羽織っていた　色は黒だ

頭には　これからアルカポネでも逮捕に行こうかという
FBI捜査官ような帽子をかぶっている　もちろん黒だ

顔には　頬から顎　鼻の下まで　無精ひげが　侵食していた　
ご丁寧にコイツも黒だ



アンソニー　ウィルソンは少し震えた声でいった

「あなたには　はじめてお目にかかりますが
　　　　　　誰なんですか？　行くって　一体どこヘ？　」

「いやあ　申し遅れたね　私は　ニコラス
　俺のほうは君の事は昔から良く知ってるよ　Ｍｒ．ウィルソン
　悪いけど時間がなくてね　今日は忙しいんだよ　じゃあ　行こうか　天国へ」

「天国？」

予想しなかった言葉に　アンソニー　ウィルソンはその男の顔をジッと見た


ニコラスと名乗るその男は
黒い細身のタバコを口にくわえると　
ポケットからスケジュール帳を取り出し
黒い懐中時計を開いて見た後
アンソニー　ウィルソンに訊ねた

「えーっと　あなたは　アンソニー　ウィルソン　間違いない？」

「はい　確かに私はアンソニー　ウィルソンですけれど　
　　　　　　　　　　　　　　　　　それがどうしたというのです？」

「ＯＫ　間違いないね　
　次の約束があるから　速く済ませたいんだ
　キミを今から天国へ連れて行くのが
　今日の俺の仕事さ　判った？　さっさと片付けるよ」

「あなた　頭がおかしいのですか　
　馬鹿馬鹿しい　失礼する！」

そう言って　少し怖くなった　アンソニー　ウィルソンは男に背を向けた
早足で大通りに向かったはずのアンソニー　ウィルソンだったが
気がつくと　目の前には非常階段があって　　例の男がタバコの煙を吐いている

アンソニー　ウィルソンは懲りずに何度か同じ行動をして
とうとうあきらめる事にした

「どうなってんだ！」




ニコラスというその男は　
駄々をこねる子供を見るような顔つきで
吸い終わったタバコを地上へ向けて投げ捨てた

その細身の黒いタバコは　半回転して地上にたどりつくと
春の雪のように　消えてなくなった

そしてようやく　アンソニー　ウィルソンは
この男が普通の人間でないことをようやく頭に飲み込んだ



「やれやれ　そんなに怖がらなくても・・・
　あのね　
　俺は　Ｍｒ．ウィルソンの願いをかなえるよう
　ボスに言われてここへやって来ただけさ」

「私の願い事？　それにボスって誰です？」

「うちのボスというのは・・・・・　
　そう　君達が　いつも神様とか呼んでるものさ」

「神様・・・」　

「今から　ちょうど５年前の　この時刻に　この場所で
　あなた　神に願い事したよね　Ｍｒ．ウィルソン？
　えっと　内容はこうだ
　『もう　俺は生きるのが嫌になったんだよ
　　なあ　もし　神様が　いるっていうんなら…
　　聞こえてるなら　この俺を天国とやらに連れてってくれよ』
　　とか何とか　
　　その後『何が神だ　この馬鹿野郎！！』とも怒鳴ってる
　　　　　　　　　　　　　　　書類では　そうなってるけど　違う？」

「確かそんなことを言ったような・・・」

「ＯＫ　じゃあ　間違いないようだから　さっそく行くよ」　

「あの　それって死ぬってことですか？」

「あっはー　怖がらなくてもいいよ
　えっと　君の死因　死因と　ここだ　
　ミスター　ウィルソンは　心臓麻痺で死ぬことになってるから
　良かったね　Ｍｒ．ウィルソン　痛くないからね　一番楽なヤツさ　
　それに君の遺体は　通りがかりの人が
　ちゃんと見つけくれることになってるから　大丈夫だよ　心配ない」

　といってヒゲ面の口角を上げた



「とんでもない　私は死にたくなんてありませんよ
　来年にはうちのチェーン店の海外進出が計画されている
　それに　私が今死んだら　妻や娘はどうなるんです
　今ごろになって　突然　死ねなんて言われても　困りますよ」

「う～ん　まあ　多少手違いのせいで
　遅くなったのは確かに申し訳ないが・・・
　あのね
　Ｍｒ．ウィルソン　一体どれだけの人間が
　毎日　うちのボスに願い事をしてると思う？
　しかも　Ｍｒ．ウィルソンが願いを掛けたのは
　クリスマスイブだぜ　一年で一番忙しい日さ
　ただでさえ毎日毎日　俺のデスクには山のような書類が廻ってくる
　たまには　誰だって　何かをどこかに紛失するなんて事あるだろう？
　Ｍｒ．ウィルソンのあの願い事は
　うちのボスのところへ行く前に
　どこかで紛失してしまったみたいなんだ
　ところがだ　何かのはずみで　
　Ｍｒ．ウィルソンのその書類がどこからか出てきて
　今年のクリスマスイブに[叶う願い事]って書類の群れに
　そいつが紛れ込んだのさ　
　Ｍｒ．ウィルソン　残念だけど　書類には
　ボスの　決済のハンコがもう押されてしまったから　
　願いごとは叶う事に決まってしまったんだよ
　これは　俺みたいな下っ端では　もう変更は出来ないんだ
　見てご覧よ　この書類の束　今日中に俺は
　これを全部片付けないといけないんだ　わかってくれよ
　さあ　いい子だから　急いで　いっしょに　天国へ行こう」

といいながらニコラスは書類カバンの中を見せた



「いやだ　絶対にいやだ　もとはと言えばそっちの手違いじゃないですか」

「そういわれても
　もともと　Ｍｒ．ウィルソン　
　君が死にたいって　うちのボス願ったんだから・・・
　大体ね　『死にたい！　天国行きたい』　
　なんていう願い事が叶うなんて　滅多にないんだよ　ラッキーなんだよ」

「いやです　私を帰してください　ニコラスさん
　もう　あの時の私とは違う！！
　私は今朝　妻や娘に　プレゼントを渡す約束をしてきたんだ
　こんな所で心臓麻痺で　死ぬわけには行かないのです　
　私は生きなきゃダメなんだ　生きて帰らないと　彼女達が待ってる」




しばらく考えたニコラスだったが　意を決したようにこう言った

「そうか　じゃあ　こういう手は使いたくなかったんだが　仕方がない・・・」

そういい終わると　ニコラスは　コートの内に手を入れて
トテツモなく銃身の長い銃を取り出した　もちろん色は黒だ
しかし　その銃身には　小さな白い天使の羽根が描かれている
　　
ニコラスは　丁寧に銃の六つあいた穴に　
銀色の弾薬が存在するのを確認すると
アンソニー　ウィルソンの心臓へ　静かに銃口を向けた



「Ｍｒ．ウィルソン　残念だが　時間だ」

そういい終わると　祈りの言葉とともに　引き金を引いた・・・・・








つづく…　Ｍｅｒｒｙ　Ｃｈｒｉｓｔｍａｓ！







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