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「降誕の意義(3)救い主の誕生」2020年12月20日 インターネットのテレビ局CGNTV(⇒みことばに聞く⇒関東⇒ 東京B)の番組に当教会の牧師が出演しました。 2015年12月7日放映「神の思いと人の思い(3)」 「降誕の意義(3)救い主の誕生」 甲斐慎一郎 ルカの福音書2章1~7節 歴史家であるとともに医者でもあるルカは、イエスの誕生の時と 場所を歴史的また地理的な角度から興味深く記しています。 ◆誕生の時……クレニオがシリヤの総督であった時の最初の住民 登録で、ヨセフとマリヤが登録のためにナザレから旅をして、ベツ レヘムに着いた時。 ◆誕生の場所……ベツレヘムの馬小屋。 時間と空間を超越した永遠と遍在の神が、このように限られた時 と場所という枠の中にはいって来られたのがイエスの誕生です。で すから時と場所に拘束されている人間の目には、誠に不思議な出来 事に見えるのです。 一、時間と空間を支配しておられる神 イエスがユダヤのベツレヘムでお生まれになることは、当時から 数えて約700年も前にミカによって預言されていました(ミカ5 章2節)。しかし聖霊によって身重になったマリヤは、ナザレにい ました(1章26節)。どうして、ベツレヘムでイエスを産むことが できるでしょうか。 その頃、「全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグス トから出」ました(1節)。しかしこの勅令がローマから出て、ヨ セフとマリヤの住んでいるナザレに届き、さらに彼らが旅をしてベ ツレヘムに着くまで、途中の様々な道程を計算して考えると、早す ぎても遅すぎても、マリヤはベツレヘムでイエスを産むことはでき なかったにちがいありません。 このようなことを少しも狂うことなく、ぴったりと一致させるこ とができるのは、ただ時間と空間を支配しておられる全知全能の神 のみです。 二、時間と空間の中にはいられたキリスト 人にはすべて、生まれた時と生まれた場所というものがあります。 これは神によって造られた被造物の宿命です。そのために人間は、 その生まれた時(または時代)と、その生まれた場所(または環境) という枠に拘束されて、その枠の中でしか生きられません。 すべての人は、この世から生まれ、歴史の中から出て来た者です。 人間は、限られた時間(時代)と、限られた空間(場所)の中から 出て来た者であるということができます。 これに対してキリストは、「この世へと降誕された。この世から 生まれたのではない。彼は、歴史の中から出て来たのではなく、外 側から歴史の中へはいられた」のです(オズワルド・チェンバーズ)。 無限の神が、限られた時間と空間の中にはいって来られたとは、何 と驚くべきことでしょうか。 そしてこのようなことを可能にする唯一の方法が、処女マリヤの 胎を借りて誕生される処女降誕なのです。 三、時間と空間を越えて臨まれるキリスト 使徒パウロは、「あなたがたのうちにキリストが形造られるまで」 と述べており(ガラテヤ4章19節)、また「キリストが……信仰によ って、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように」と祈 っています(エペソ3章17節)。 神であるキリストが時間と空間の中にはいられたのは、人となり、 十字架の上で罪の贖いを成し遂げるためであり、それが完成すれば時 代と場所に拘束されることなく、時間と空間を超越して、罪の贖いを 信じるすべての人々の心の中に臨むことができます。 「神の謙遜と人の謙遜」をクリックしてください。 これが「その名を信じた……人々は……神によって生まれたのであ る」ということの意味です(ヨハネ1章12、13節)。このような人は、 肉体的には時代と場所に拘束されていますが、霊的には時間と空間を 超越して神とともに生きることができるのです。 甲斐慎一郎の著書→説教集 久米小百合氏司会「本の旅」→「使徒パウロの生涯」
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Last updated
2020.12.19 21:51:09
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