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テーマ:心にのこる出来事(94)
カテゴリ:冒険少年の憂鬱
小学生のころ、夏休みはおじいさんの家で過ごすことが多かった。夏休みに入るとすぐ、おじいさんが迎えに来てくれ、連れて行ってくれた。
おじいさんの家から少し歩くと汽船乗り場があって、泳ぎに行くときはいつもそこから汽船に乗って一駅向こうまで行くのが楽しみだった。 今では汽船に乗ることの方が贅沢で、運行本数もすくなくなっていて、何となく寂しさを感じるが、当時は汽船の数もバス並みに多くて地元の人の足として活躍していた。 おじさんの家も直ぐ近くにあり、言ったり来たりを繰り返して夏休みを満喫したのだった。 それは、小学校の4年の時の事だったと思う。いつもなら従姉妹のお姉さんに海まで連れて行って貰うのが常だった。小学生だけで泳ぎに行くことは危ないからだ。 しかし、なんと言っても冒険少年の血が騒ぐ! おじいさんには、山の方で遊んでおじさんの家に寄ってくると行って、ボクは汽船乗り場へ向かった。わくわくしながら1人で汽船に乗り込む。入道雲がそびえ立つように見える、真夏の日差しの中を汽船が出航する。きらきらと波間に輝くガラスのような水しぶきをぼんやりと見つめながら、20分ほどの汽船の旅を楽しんだ。 船着き場に着くと直ぐに橋があった。この橋は90度回転して汽船が通るようになっている。子どものボクには、この橋も珍しい存在だった。回転橋がもとに戻るのを待って、その橋を渡り海水浴場へと向かった。3km程の松林が続き、そこに隣接するように砂浜があった。いつも通い慣れた砂浜なので、どの辺が砂が多くて泳ぎやすいかは知っていた。その日も早速、潜って砂の中の貝をとったり、素手で魚を捕まえたりして遊んでいた。 遊び疲れると、波間に浮かんで空に浮かぶ雲を見るのが好きだった。その時も、気持ちよくぷかぷかと波に揺られながら、休憩がてらしばらく浮かんでいた。その年の夏休みの自由研究のテーマは「雲」だった。毎日雲の形や種類を観察してノートをとって居たので、その時も、そんなことを考えながら、ぼんやりと雲を眺めていた。 波のちゃぽちゃぽと言う音とは別に、遠くの方でざわめきのような声なのか物音なのかわからないような音が聞こえてきた。 そしてそのざわめきをかき消すように、アナウンスの声が拡声器から流れてきたのだ。 「鮫が、この海水浴場に確認されました! 危険ですので、直ぐに浜に上がってください! 繰り返します・・・・」 ドキッとした。今まで温かく感じていた海水が急に冷たく感じられた。ボクは慌てて態勢をかえ、頭を上げて浜の方を見た。 監視塔の上には、赤い旗が翻っていた! 速く戻らなきゃいけない。しばらく浮かんでいたせいでかなり沖まで流されていることに気が付いた。海水がさっきより冷たく感じられた。 そして大変なことが起こった。慌てて泳ぎだしたために、力が入りすぎたせいか、足がつってしまったのだ。その上顔に波がかかり海水を思いっきり口の中に吸い込んでしまった。足を抱えると頭が水面に出ない、むせ込んでいるので、また水を飲みそうになってしまう。苦しかった。足をさすって、そろっと伸ばしてみた。そんなにひどくはつっていないようだ。片足をぶらんとしたまま、泳ぎ始めた。 水を飲んでしまったせいで、息がくるしくてしかたなかった。 必死に泳いでいるのに進んでいる気が全然しない。 聞こえているのは水しぶきの音だけだった。その後もアナウンスはあったはずなのに、全然覚えていない。 足は痛いし、息はくるしい。泳いでも泳いでも浜はいっこうに近くにならない。泳いでも泳いでも近づかないような気がしてきた。恐ろしいほど遠くに感じた。泣きそうだった。 後ろが気になって気になって仕方がなかった。もう近くまで鮫寄ってきていて、噛みつかれるんじゃないか、心臓が張り裂けそうだった。それでも泳いだ。とにかく泳いだ。自分がそんなに泳げるとは知らなかった。 数分も経っていないはずなのに、ものすごい時間が過ぎていったように思えた。 「あっ~~~~」 その時腕をぐいっと捕まれた。 真っ黒な顔の男の人が2人、ボクの腕を掴んでくれたのだ。 「もう大丈夫だから。。。」 「足がつってるんです」 「分かってる、変な泳ぎ方してたから」 ぐいぐいと引っ張ってくれるその力に、ボクはカラダを任せた。 「もう足がつくからな」 「歩けるか?」 「はい、」 息苦しく肩をふるわせているボクに 「鮫は湾の外に出ていたみたいだから、安心だ」 そういってニッコリと笑いかけてくれた。 熱くなった砂浜に腰を下ろして、足をさすった。 胸の高鳴りは、収まったけれど、足はまだひくひくしていた。 普通なら帰るには早い時間だったが周りの人たちも帰り支度をしてたし、もう海に入る気にはならない。 ボクも着替えをして、汽船乗り場へとみんなの後をついてぞろぞろと歩いた。鮫騒動で海水浴を切り上げて帰る人たちで、汽船乗り場はごった返していた。1時間近くも待たされて、やっと帰りの汽船に乗ることが出来た。 汽船乗り場からは、おじさんの家の方が近かったので、そちらに寄った。おじさんの家で、鮫騒動の話が出た。 「鮫がでたらしいね」 「そうなの? 良く出るの?」 「珍しいね、昔は多かったんだけど」 今日その場に居たなんて言ったら、二度と1人でいっちゃいけないと言われると言うことは分かっていた。 この話は大人になるまで、ボクの心の奥でしっかりと封印されたまま置き去りにされていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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