|
カテゴリ:冒険少年の憂鬱
「はい、Mixでございます」
「○○ともうします、ご主人さまご在宅でしょうか?」 「はい、私ですが・・・」 よくある電話勧誘だった。 その日ボクは仕事で煮詰まっていた。なかなかいい案が浮かばず。 何時間も手は止まったままだった。 「失礼ですが、ご主人様は、資産運用には、ご興味おありでしょうか?」 「まぁ、あるような無いような・・・」 「そうでいらっしゃいますか、では、是非とも資産運営のアドバイスをさせていただきたいのですが、少しだけお時間いただけますでしょうか?」 マニュアル通りの受け答えが始まった。 「それは、どういう事ですか? 資金が必要なんですよね」 「そうですね、株と同じようなものだとお考えになられても良いかとぞんじます」 「ほう、で、その実態は? 先物取引ですか?」 「・・・」 少しの間、沈黙が流れた。 仕方なく、ボクの方から口火をきった。 「さしずめ今だったら、原油関係ですかね」 すかさず彼は食いついてきた。 「ご主人、よくご存じですね、どうして原油だとお思いになりましたか?」 「同時多発テロで、アメリカがイラクを攻めて、石油関連の単価が上がるからでしょう!」 「すごいですね、ご主人は、株かなにかなされてますか?」 「いいえ、ギャンブルもしませんよ、生きてること自体がギャンブルみたいなものですからね」 「またまたご謙遜を! しかし、なかなかの情報通ですね、それだけご存じでしたら絶対に失敗はされないと思いますよ」 「そうやね、失敗はしないかもね、変なものに手を出さなければね」 「いえいえ、これはいたって通常のお取引ですので、ご心配になられることはございません」 「絶対儲かるということですか? しかしね、残念ながら資産運用したくても、先立つものがありませんからね。それが問題なんですよ。」 「またまた、お仕事お忙しそうですし、そこそこはお持ちでしょうに」 ーこれでは堂々巡りだ。打開策を考えなければ。 「良い考えが浮かびましたよ。その投資は絶対に儲かると仰るんですよね」 「はいそうです、間違いないと思います」 「それじゃ、先ず私に投資してもらえませんか?」 「えっ、どういう事でしょうか」 「ですから、投資していただいたお金で、一儲けしますので、儲かったら直ぐに投資していただいた金額に多少の上乗せをしてお返しするってことです、良い考えでしょ」 「私どもの方では、投資や金融関連はしておりませんので・・・」 「そうですか、残念ですね、でも、絶対に儲かるんでしょ!」 「それは、もちろん」 「あなた自身はホントに、この取引は儲かるとお思いですか?」 「それは、先ほどから申し上げておりますように・・・」 「いや、いや、そう言うマニュアルっぽい話じゃなくて」 「と言いますと」 「あなた自身の意見を聞いているんですよ、儲かると思うんですね」 「それは、は、はい」 セールスくんは、少し自信なさげにそう答えた。 しばらく間をおいて、ボクは続けた。 「それじゃ、こう言うのはどうですかね。会社は貸し出しなどはしないわけでしょ」 「はい」 「それじゃ、あなたが私に投資するんですよ。そしてもうけは山分けにしませんか」 「えっ?」 「保険の勧誘とかでもよくあるじゃ無いですか? セールスが身銭を切ってお客さんの名前で加入してもらうっていうの」 「それとこれとは、違うと思うんですが」 「そう!全く違いますよ、だって保険のセールスはそれ自体でそれ程の儲けは見込めませんからね、でも、この話は儲け話でしょ」 「そういうことは、社内規定で出来ないことになっているんです」 「あなた、この仕事して何年目です?」 「まだ、半年ぐらいですが」 「まだまだ、これからですね。自分の能力でドンドン営業力をつけていかないとね、お客さんにしっかりとした提案が出来るようにならないとね」 「そうですね」 「そうですよ、もっと夢を持って仕事をしなきゃ! これが成功したらあなたが投資ファンドを設立して、資金運用のプロになれるじゃないですか、夢が広がりますよね」 そろそろ昼ご飯の時間だったので 「ごめん、これから仕事で出かけなきゃいけないので、すみませんね」 「いえいえ、こちらこそお忙しいところお手を取らせまして、それでは明日のご予定とかは、いかがなものでしょうか」 「明日のことは、まだちょっと分からないんですよ、ごめんね、じゃ、さっきの提案の件、考えておいてくださいね、さようなら」 「あの~」 40分も喋っていた。これでもう電話をかけてくることは無いと思った。 しかし、さすがにこういうセールスはしつこい。 次の日は留守電にメッセージがはいっていて、2日後もまた電話がなった。 「はい、Mixです」 「先日お電話させていただいた、○○です。お時間よろしいでしょうか?」 「少しでしたら、いいですよ」 「実は近くまで来ているんですが、ほんの少しでも会ってお話ししたいと思っているのですが、いかがでしょうか?」 「先日の提案は、どうでしたか?」 「やはり、それは不可能かと」 「そうですか? じゃ、お金がないので、これ以上話を聞いてもムダだと思うんですよね」 「聞いてもらえるだけでも結構です」 「近くまで来ているってことは、訊ねてきて家を探したけど見つからないので電話をかけてきたってことですか?」 「そういうわけでも無いのですが、お話しできればと思いまして」 「NTTの前の公衆電話からかけてるんでしょ」 「えっ? 見えてるんですか、お宅はこの近くなんですか」 「それは、ご想像にまかせます」 「少しだけでも、だめですか?」 「ヒツコイのは嫌われますよ」 「だいたい、この近くまで来ているってことは、住所も調べが付いているってことでしょ」 「・・・」 「訊ねて来られるんでしたら、来ていただいても結構ですが、探し当てられますかね、では、お待ちしています」 一方的に電話を切った。電話をかけてきた場所が分かったのは、家の近くで公衆電話があるのはそこだけだったからだ。 そして、我が家は当時表札を掲げて居なかったので、住所が分かってもたどり着くことは難しいのだ。 電話をかけてきた時点で住所を調べることは簡単なことだ。しかし、相手が誘いに乗ってくる奴かどうかを見極めないと無駄な努力になるのだ。 窓から道路を覗くと電話の男らしい若い男性が言ったり来たりしているのを見かけた。おそらく家を探しているのだろう。 しばらくして、また電話が掛かってきた。 「番地は、○○番地であってますでしょうか?見つからないのですが」 「それは、人間社会の番地の話ですよね」 「ボクは裏の世界に住んでいますので、その番地では見つからないと思いますよ」 「それは、どういう事ですか?」 「そんな事は、どうでもいいんですけどね、とにかくこんな所までわざわざ足を運んでいただいて、ご苦労様です、ボクはこれから用事で出かけますので、失礼します」 車で出かける途中、先ほどの男性を追い越した。 3日ほど経った。またもや電話が掛かってきた。 今度は、最初の男性の上司と思われる人からだった。 「○○から概略は説明させていただいたと思うのですが、できればもう少し詳しくお話しさせていただければと思いまして、お電話させていただきました」 「はい、お電話で詳しく聞きましたよ、これ以上話を聞いても一緒だと思うんですけどね」 「いっしょと言いますと?」 「お金もない貧乏人に営業をかけるより、お金持ちにかけた方が良いと思うんですよ、でもお金持ちの方がケチだったりするんですけどね」 流石上司だけあって、最初のセールスより周到に受け答えをして、何とかつけいる隙を探そうとしているようだった。 「そんなに腹を割ってお話ししたいんでしたら、ご自宅の電話番号を教えてもらえませんか、あなたは私の電話をご存じなんですから、私もあなたの電話を知っていてもいいんじゃないかと思うんですよね」 「プライベートな情報は出せない事になっていますので・・・」 「ほう、矛盾したことを仰いますね、私の個人情報はプライベートの範疇に入らないということになるんですね。」 残念ながら、それから電話は掛かってこなくなった。 ボクのの奥さんには、いい加減にしてあげたらとたしなめられたが、勧誘の電話には、時々付き合ってしまうのだ。 近頃は、あまりそういうことが出来なくなった。これは生活に余裕がないのか、逆に心が安定しているからなのか、どちらだろう? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[冒険少年の憂鬱] カテゴリの最新記事
|
|