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カテゴリ:冒険少年の憂鬱
もう20年ぐらい前のこと、最初の結婚の頃の話です。
仕事を終え帰宅した。普段使っている鞄を探したが見つからない。 何処を探しても見つからなかった。そんなに広い家でもないので、探す場所自体それ程ないのだ。 念のためにベランダに出て見渡した。そこにもなかった。 風呂を沸かすためにもう一度ベランダにでて、風呂を沸かした。 まさかとは思ったが、念のために洗濯機のドラムの中を覗いた。 はたして、そこにボクの鞄はしまわれていた。 中身をチェックしたがなくなっているものは何もない。奥さんに聞いても知らないという。 「だいたいそんなところに入れるわけないでしょう」 もっともな話だ。 狐につままれたって云うのは、こういう感じなのかも知れない。 「そう言えば、さっき人の気配がして振りかえってんだけど、誰もいなくて、勘違いかなって思ったわ」 その部屋はアパートの1階で、裏にベランダがあり、その向こうに塀がある。乗り越えようと思えば簡単に越えられる高さだ。 しかし、なんだか気持ちが悪い話だ。 そして数日後、奥さんが風呂から上がってきたとき、ベランダの塀越しにフラッシュがたかれた。 「キャー!!!」 慌てて部屋に戻ってきた。 「写真撮られた!」 「どんな奴か見た?」 「フラッシュが眩しくて何も見えなかった」 直ぐに警察に連絡をした。 間もなく警官が2人やってきた。現場検証と事情聴取をして帰って行った。警官の様子では、どうも犯人が捕まえるぞ~って感じでもなく、なんだか頼りない感じだった。 おそらくそう言う変質者は、各家庭のデータを持っているだろう。 社員寮やめぼしい家の家族構成や何時頃その家の誰が風呂に入るといった詳細な情報を持っているはずだ。 僕たちは、風呂に入る順番を変え、普段の行動と違う生活パターンで犯人の出方を伺うことにした。 そういう輩は、懲りずにまたやってくると思ったのだ。 ベランダの塀の上には画鋲を沢山あしらってみました、もちろん進入しにくくなるようにです。 次の日は何事もなく過ぎ、また次の日も誰もやってきません。 やっぱり、警察も呼んだことだし、近所の奴だったら、敬遠するのかも知れないと思い始めた。その次の日だった。 いつものように、風呂に入る順番を変更し、ボクが先に入って、シャンプーの真っ最中だった。カチャっと云う微かな音がした。まさか風呂の中まで入ってくるとは思わなかったので、直ぐには、確認しなかった。少し間があった。その時、パシャっとフラッシュがたかれた。 「こらーっ!」 そこには、扉の隙間からニューっと突き出た腕があり、手にはカメラが握られていた。咄嗟に泡だらけの手でその腕を握った。しかし、泡だらけの手では、滑って引き寄せる事は出来ない。まるでウナギと格闘しているかのようだった。 掴んだ腕はヌルヌルと滑り、手首のところで少しひっかかったが、すっぽりと抜けてしまった。抜けた勢いで相手は尻餅をつき裏返しの亀のように転がった。 そしてボクは慌てて風呂場から飛び出した。相手は塀の上に飛び上がった所だった。 「待て!」 そんな言葉で止まるわけもなく、覗き魔は塀の向こうへ消えていった。続いてボクも塀の上に飛び乗った。そこには、もう画鋲はなかった。塀の上に立ち、周りを見渡す。裏は空き地になっていて、その周辺には民家が建ち並んでいた。チェックのシャツの男が家と家の間に消えていくのが見えた。 ー追いかけなきゃ と思ったとき、向こうからやってくる自転車のライトが目に入った。 ーやばい! ボクは真っ裸で、頭はシャンプーの泡がいっぱいのったままだ。 このままでは、ボクの方が変質者になってしまう。 こんな間抜けな恰好の変質者もいないだろう。 間抜けと云うよりその滑稽な姿で塀の上に立っている自分が街灯に照らされて暗闇に浮かび上がっているように感じた。 焦げかけた目玉焼きを慌てて裏返すように、踵を返して塀から飛び降りた。 警察は同じように現場検証をして、少し話をして帰って行った。 間抜けにも近所のDPEにフィルムを持ち込んだ犯人は、その店の伯母さんの通報で、間もなく捕まえられた。 犯人は、直ぐ裏に住む19歳の青年だった。 自宅からは、盗んだカメラや、社員寮や各家庭の生活の様子が記された大学ノートが数冊見つかったそうだ。 犯人のお母さんが、謝りに来られた。自分が親になって同じ立場だったらと思うと、なんだか気の毒でならなかった。 「押収された写真をお渡しします」 との連絡が警察から入った。 そんな写真はいらないと言ったのだが、一応確認に来て欲しいと言うので、警察署まででむいた。 見せられた写真は、入浴中の泡だらけのボクとバスタオルを巻きかけた奥さんの写真だった。 写真を返して貰い、刑事さんと話をした。 「この辺りでこういう事件は多いんですか?」 「そうですね。時々ありますね」 「要注意人物のリストのようなものがあるんですか?」 「ありますよ」 「あるんですか、何人ぐらいいるんですかね」 「400人ぐらいです」 「4、、400人もいるんですか?」 この町にそんなに沢山の要注意人物がいることに驚いた。 「ボクの名前って、リストに載ってないですよね」 「調べてきましょうか?」 そう言いながら、刑事さんは部屋から出て行った。 ー冗談で聞いたのに、調べに行かなくても、もし載っていたらどうしよう! ドキドキしながら無機質な取調室でひとりで待った。 「お待たせしました」 刑事さんは心なしか暗い顔つきで部屋に戻ってきた。 「え~っとですね。残念ながら・・・・」 ーその間は、何なんだ! 「残念ながら、何ですか?」 「残念ながら、あなたの名前はリストに、、、、、ありませんでしたよ」 そう言いながら刑事さんはニッコリと微笑んだ。 「そんなもったいぶった言い方しないでくださいよ、ドキドキしました」 そのブラックリストを見てみたい気がした。 現在では重犯罪者は、ある種の脳疾患だという研究もされている。 MRIで脳の状態を調べると分かるらしいが、脳の欠陥が見つかる割合は何万分の1だとういう。それに比べるとこの町の注意人物の割合はかなり多い。 犯罪者と注意人物では、そのレベルはもちろん異なる。最近の異常な犯罪の裾野はかなり広い事だけは想像できる気がする。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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