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カテゴリ:今日の日は贈り物
汽笛が遠くの方で響き、空が黒づんでくる。
どんよりとした日差しの中に、悠々と煙を吐き、線路を響かせながらC57型蒸気機関車が駅の外れのホームにゆっくりと入ってくる。 夏休みや冬休み、長い休みの時は、よくおじいちゃんがボクを田舎まで連れて行ってくれた。 8才ぐらいだったボクは、おじいちゃんに連れられて、蒸気機関車が引っ張る列車に乗って田舎へ行くのが大好きだった。 列車は保津峡の渓谷沿いに走り、鉄橋を何度も渡り、トンネルを抜けると、霧深い亀岡盆地の田園が拡がる。 今でも目を閉じると、まるで「世界の車窓から」の映像のそれように、その風景を思い出すことが出来る。 今なら、2時間程で行ける列車の旅だけど、その頃は4時間かかった。いや違うな、わざわざ4時間の長旅をしていたのだ。 ボクは、一度だけおじいちゃんに聞いたことがある。 「急行に乗ればもっと早く行けるでしょ?」 「そうやな、確かに早く帰られるけど、長いこと列車に乗せてもらえる普通列車が好きやからな。それに、同じ料金でいっぱい景色が見られて得じゃろ」 おじいちゃんはそう言って笑った。 ボクはそれ以上反論はしなかった。蒸気機関車も好きだし、色んな景色を見るのも大好きだったからだ。それにボクにはもう一つ楽しみがあった。 5つ目の駅を過ぎた頃、ボクはそろっと隣に座っているおじいちゃんの上着のポケットに手を滑り込ませる。 いつも最初はドキドキしながら手をポケットの中をまさぐるのだ。 そしていつもほっとしながら、丸いモノをつまみ上げて、口にほおばるのだ。 おじいちゃんのポケットには、いつもお菓子が入っていた。 勝手に食べたらいいよって言われていたので、勝手に食べたのだけど、なぜかお菓子の袋をポケットから出さずに、小さな手をポケットに入れては、今日は何が入ってるかとワクワクするのも楽しかった。 おじいちゃんのポケットには、いつも「松露」というお菓子が入っていた。アンコを固めて砂糖でコーティングした、とっても甘いお菓子。 ボクはいつしかそのお菓子が大好きになった。 おじいちゃんは、酒も煙草もやらなかった。だからって言うのではないけれど、いつも甘いモノを携帯していた。 そう、おじいちゃんのポケットにはいつもお菓子が入っていたんだ。 キレイに耕された棚田や何処までも続く雑木林を見ながら、甘いお菓子をゆっくりと口の中で転がし、8才のボクは幸せだった。 その幸せは今もまだ心の中で続いている。 その頃から、学校が休みになると、おじいちゃんの家やおじちゃん(おじいちゃんの家の近くだった)の家で過ごすことが多かった。いつも遊んでいる友達が居るわけでも無いのに、何故か心地よかった。 おじいちゃんとは、いつも一緒に居るわけでもなく、良く語り合う分けでもなく、ただそばに居るだけで、安心していたのかも知れない。黙ってポケットに手を突っ込んで、そーっとお菓子を取り出すように。 「花火やってなるで、見にいっといで」 とおじいちゃんに言われて、1人で見に行った花火大会を今は毎年家族で見に行っている。いつ頃からか結婚する人と一緒に見たいと思っていた花火大会、なのに一回目の結婚の時は、何故か一緒に見に行かなかった。 それが原因かどうかは分からないけれど、その結婚はあっけなく終わり、今の結婚の前には、決まっていたかのように一緒に見た花火大会。 心の中の透明で硬い糸は、昔から未来へと繋がっているのかもしれない。 おじいちゃんの事を思い出すといつもそんな風に感じるのだ。 そう、おじいちゃんのポケットには、 いつもお菓子が入っている。 手を伸ばせばいつもそこにある、 手を伸ばさなくてもそこにある。 促すわけでもなく、 催促するわけでもない。 いつも人肌の温かさをたたえ だだ只、そこにあるんだ。 有り続けるんだ。 近くのスーパーの100円コーナーで見かけて、つい懐かしくて買ってしまった。「松露」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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