カテゴリ:🔴 J 【日本】【考古・人類学】
複刻記事 【わび】【さび】とはなにか? 2004.11.20 懸案の「わび・さび」を調べてみたいと思った。 小西甚一先生の「古文研究法」を、何十年の時を経て、また買い求めたからである。 この受験参考書で、わび・さびが明解に説明されていたからである。 「わび・さび」といえば、「幽玄」とか「花」とか、「粋」とかいう言葉とならんで、日本文化のキーワードである(と思う)。 「粋」については、二三冊の本を持っているが、「侘び・寂び」については白紙状態である。 と思っていたらポンボさんから、岡倉天心の「茶の本」にそれに関しての記述があるとの指摘をいただいた。 私もこの本は以前読みかけたが、その箇所にまで至っていない。 その後、英和対照の同じ本を買ってあるので参照しようと思ったが、残念ながらすぐには見つからないので、見つかったときに加筆しよう。 茶の本 対訳 岡倉天心 講談社バイリンガルブックス まず、国語辞書で調べるのが順序だろうけれど、現代語の普通の国語辞書でひいてみたら、定義があいまいなようで、言葉の輪郭がハッキリしないし、言葉のエッジが立っていない。 ―――― ◇ ―――― 侘び・寂びは古語だから、古語専門の古語辞書でひいてみた。 『角川 新版 古語辞典』 久松潜一・佐藤謙三 編 ーーーー ● さび【寂び】 名詞 さぶ(上二)の連用形名詞。 元来は閑寂な趣のあること、古びて味わいのあることの意。 芭蕉俳諧の根本理念。 無常を感じ取り、世俗を超越した作者の人間性が、しみじみとにじみ出た句(=作品)の情調。 中世の幽玄の展開したもの。 「―は句の色なり。閑寂なる句をいふにあらず」〔去来抄〕 ーーーー ● わび【侘び】 名詞 侘ぶの連用形名詞。 (1) 思い煩うこと。悲しむこと。寂しがること。 「今は吾はー(和備)にぞしにける」〔万四・六四四〕 (2) 中世以降、茶道・俳諧などで、渋み・閑寂・閑静などの趣を言う。 「利休は、―の本意とて、この歌(=見わたせば、花ももみじもなかりけり浦のとまやの秋の夕暮れ)〔新古今・秋上・三六三〕を吟じ」〔醒睡笑} ーーーー 「古文研究法」がいくらすごい本だとと言っても、基本的にこの本は大学受験生への参考書であり、侘び・寂びについての説明も、先生は受験生(高三)を意識して、かんで含めるように説明している。 ―――― ◇ ―――― それをそのまま紹介すると冗長になるので、まず私なりの【わび・さび】および日本文化にかんする独断と偏見をまず書いて見ようと思う。 ーーーー 西洋の美は、ベルサイユ宮殿やバチカンの宮殿を見ても分かるように絢爛豪華の極致である。 金をふんだんに使い、壁や天井はミケランジェロなどの目もくらまんばかりの絵画が描かれている。 建物も豪奢で壮大で、大理石などもふんだんに使われている。 極度の権力・財力と、これでもか!という豪奢な芸術が美の裏打ちとなっている。 これは現在の西欧文明の直接的な先祖ではないが、あのギリシャ・ローマの地中海文明から一貫した性格のものだと思う。 いやそれ以前の、クレタ文明・エジプト文明においてもそうだと思う。 クレタ島のクノッソスの迷宮に行ったことがあるが、時代が離れすぎていて迷宮も当時の姿ではなかったので、豪奢さを充分うかがい知るというところまでは行かなかったが、その当時の文明レベルでは、とてつもない富貴レベルであったのではなかろうか? 詰まるところ、欧州文化は『富貴の文化』と言っていいともう。 富と権力が集中して、そこは原始・平等な世界ではなくなるのだから、まことになるようになった、自然な流れとも言える。 ーーーー これに対して日本の美は、京都二条城の豪華さと日光東照宮のキッチュなゴテゴテを例外として、基本的には質素な美である。 信長は伝説の安土城と、後継者、豊臣秀吉は聚楽第とか桃山城を築城するなど、日本人としては桁外れな豪奢を好んだと言う。 もちろん、日本でも富と権力はどんどん集中し、信長時代以降は全国的なレベルに至る。 しかし、この希代の傑物達にしても、どこかにが、豪奢一辺倒なものに対して、すわりの悪い感覚を持っていたのではないだろか? 人臣の位を極めた秀吉が「侘び茶」の創始者である千利休に文化的に心酔している部分がある。 私がよく知らない世界なのだが、茶道でこの上なく珍重される銘器の一部は、名もない朝鮮の百姓が日常使っていた茶碗であるという。 さらに茶室も、基本的に朝鮮の百姓家を模したものだというのである。 これ以上ない栄華を極めながら、底辺の生活における閑寂な小さな世界を同時に味わうことによって、権力者は自分の富貴を、底辺のレベルから仰ぎ見て、さらに大きいものとして味わったのではないだろうか? また、満月の欠けることのない富貴の極みにいながら、いつかは落ちる運命を予感し、なんとはない不安感にかられ、貧しいなりに平和な庶民の生活に身を置いてみて、一瞬の心の安らぎを感じていたのではないだろうか? また、利休の茶の湯の茶室は、ご存じのように二畳ぐらいの非日常的なサイズの小屋であって、おままごとのような虚構の空間である。 このような閉所恐怖症になりかねない極小空間は、入ってみればそれなりに落ち着く。 母親の子宮の中で胎児であった時代の完全に保護された、なんの不安もない、甘美な世界を想い出させる効果がある。 また、茶室には、人間の入る入り口とは思えないほど小さな、【にじり口】があって、富貴の極みの貴人も、刀剣を捨ててこのにじり口から、犬のような格好をしながら入ってくる。 そうしてそこは、侘びしい百姓家でありながら、貴人の儀式の場でもあるという、【虚構】の空間が茶人達を待っていて、皆が茶人というステイタスにおいて平等になる。 ーーーー 簡素で何げない、むしろ貧しいものに美を見いだした日本人は、美の世界における「コペルニクス的転回」や「ガレリオ・ガレリーの地動説」とでも言うべき、人類史上における世紀の大発見を成し遂げたのでは無いだろうか? ★ ★ ★ ★ ★ ★ 小西先生の「古文研究法」の、【さび・わび】という項を開いてみた。 まず、さびし「形容詞」や、さぶ「動詞」と同じ系統の言葉だという。 先生の説明を読んでみると、この【さび・わび】は【基本的に寂びを理解すればいい】と考えて良さそうである。 この二語は意味が近くて、【わび】の意味するところは、【さび】を土台にして、それがさらに簡略・質素になったヴァージョンといえるのだ。 それではその土台の「寂び」とはどういう観念か? それは 陰性を基調とする美であって、 派手・花やかさ・にぎやかさ・豪快さ・たくましさ等とは反対の性質をもつ美 である。 ~~~~~~~~~ 上記に引用した「角川古語辞書」の【さび】に関する定義をもう一度読み直してみよう。 【閑寂な趣のあること】、【古びて味わいのある】ことの意。 【閑寂な趣のあること】。 これは【にぎやかさ】の反対概念である。 【古びて味わいのある】 これは【花やかさ】の反対概念である。 小西先生の説明と、見事に符合している。 ~~~~~~~~~ 小西先生が、【さび】に関して具体例を示している。 【さび】に該当するものには、○をつけることにする。 年齢においては「青年」ではなく、○老年 色においては「赤・紫」ではなく、○茶色・灰色 声においては「ソプラノ・アルト」ではなく○男性の低音のバス 季節では「春・夏」ではなく○秋・冬の季節 建物では「一流デパート・大ホテル」ではなく○草庵 みな、薄暗い・渋い美である。 英語における【IN】みたいな感じかな? ちょっとちがうけれど。 さびという【陰性の美」 をはじめて認知したのは、藤原俊成であるという。 驚くべき感性だな~。 なまこをはじめて食べた人と同じぐらい偉い。 俊成の後に、連歌師の心敬(しんけい)・宗祇、俳人では芭蕉などが、さびの文芸を代表する。 ★ ★ ★ ★ ★ ★ 「わび」は、わびし「形容詞」や、わぶ「動詞」と同系統の言葉。 ということで 【わびし】を調べてみよう。 ------ 【わびし】は、【わぶ】という動詞を形容詞にしたもの。 【わぶ】という動詞の基本意味は、 be troubled にあたる。 だから、 悲観する・つらく思う・さびしがる・困窮する 等の意味となり、その形容詞【わびし】も、同じ様な意味になる。 ------ つまり 好感を持てないような筋合いの形容詞 なら、たいてい当てはまって、painful という感じで英語に訳す事が多いという。 (小西先生はスタンフォード大学の客員教授も勤めている) 代表的な訳語は (1) つらい・難儀だ・くるしい。 (2) 閉口だ・困る・かなわない。 (3) つまらない・おもしろくない・いやだ。 (4) 心ぼそい・さびしい。 (5) みすぼらしい・貧弱だ。 このうち、【わび】は、(4)と(5)に関係がある。 ★ ★ ★ ★ ★ ★ こういう、しょぼくれた、ネガティヴな意味合いの【わび】が、ひとつの美になったのは、成金趣味へのレジスタンスとして生まれた現象らしいというのが小西先生の意見である。 日本の16世紀の戦国時代が終わると、成金が続出した。 成金というものは、見かけの金ぴかのものを贅沢品だと思って茶の湯の道具にもそう言う金ぴか趣味を持ち込んだ。 それに対して千利休のわび茶は、あり合わせの道具で、粗末な座敷で、本当に茶の味だけを楽しみのが正しい茶道だとした。 このような「わび茶」に見られるような、【簡素な味】が【わび】である。 【わび】は本質的に【さび】と同じものである。 ちがいと言えば、【わび】の方がより【質素・倹約】という意味合いを強く持つ。 一方、【さび】は、かならずしも【質素・倹約】には、限定されない。 そこで、【わび】を【さび】に比較すると、【さび】が【簡略質素】な性質を含むときの美、ということになる。 【わび】とは【しみったれ風のさび】と言い換えることが出来るかも知れない。 ただし、行き過ぎは西洋人に【貧乏美】と笑われかねない。 ★ ★ ★ ★ ★ ★ 試しに、研究社の「和英大辞典」をひいてみよう。 【さび】 (1)[古色]patina ; an antique look (2)[老熟]ーのある声 a chestened[practiced] voice. (3)[枯淡・幽雅]elegant [quite] simplicity. 「これだけかよ!」 と言うところだ。 では、【わび】はどうか? taste for simple and quiet. またもや、これだけかよ! である。 和英辞典が、国語辞典より役にたつことがある。 国語辞典では、その細かいニュアンスまで説明しきれないのに、和英辞典で英語に直すと、分析的に多岐に説明が成される場合がある。 しかし、少なくとも【わび・さび】については、全くダメ、というところだ。 ―――― 追記 ―――― 2018年3月7日 追記 複刻記事としてアップするために読み直してみて驚いた この「わび」「さび」に関しては 英訳が全く不可能なのである まあ、言葉を尽くして長文になっても説明をすれば なんとか説明自体は出来るだろうが つまり、文章レベルでは可能でも 対比する、置換する単語は、存在しない 一語で「わび」や「さび」を 説明可能な 置換できる そういう単語は英単語として存在しない 文化の違いとは言え、驚くべき事である やはり、日本の文化は偉大である 特に「ネガティブな美」の発見が偉大である インド人の「0」の発明と同じぐらい偉い(笑) それと共に、単語の辞書というものの限界である 日本語の●●と言う言葉が 和英辞書では■■と言う言葉に対比されるものだと言われても 実際に、意味するところは違ったり、 その一部分だけがラップしているだけだったり おおよそは似た意味になる と言う風なものであったり やはり英単語は英英辞書であたっておくべきである お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.03.09 12:43:23
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