カテゴリ:IH【健康・医学情報】
文春オンライン 鳥集 徹 2018/04/26 11:00 がん患者なら、だれもが最良の手術を受けたいと願うもの。しかし「切るか切らないか」など悩みは尽きません。そこで名医と称される専門医たちに尋ねてみました。 「自分が患者だとしたら、どんな治療を受けたいですか?」 ◆ ◆ ◆ 日本人のがんで、もっとも死亡者数の多いのが肺がんだ。胃がんになる人のほうが多いのだが、亡くなる人は肺がんが多い。それだけ、治すのが難しいがんであることを意味している。 一方で、CT(コンピューター断層撮影)検診が普及して、ごく早期の小さながんの発見が増えた。なかでも扱い方が問題になっているのが「すりガラス状結節」だ。胸部X線撮影では見つからなかった数ミリ〜2センチ程度の淡い影が見つかるようになったのだ。 肺がんの診断に詳しい、国立がん研究センター東病院放射線診断科長の楠本昌彦医師が解説する。 「すりガラス状結節は、CTの性能が向上した90年代半ばから見つかり始めました。当初は手術で切除したのですが、調べるとがんの一歩手前の病変である場合があり、一部の患者さんでは『手術をやり過ぎているのでは』と議論になりました。そこで当時私が勤務していた国立がん研究センター中央病院では、2000年頃からこのような人は、しばらく様子を見ることになりました」 CT検診で肺に淡い影が見つかり、不安を抱えている人が今もいるはずだ。だが、外来で経過観察中の患者をたくさん診ている楠本医師は、「すりガラス状結節の多くは、すぐには大きくならないので、あわてないで」と助言する。 「ゆっくりと大きくなる人もいれば、もう10年以上大きさが変わらない人もいます。当院では、1.5センチ以下のものは定期的に様子を見て、大きくなるようであれば手術を考慮します。ただし、影の中心に濃い部分があるものは、がんの可能性が高いので、手術をおすすめします」
「肺がん診療の経験が豊富な施設ほど、手術の要否の判断を慎重にしているはずです。すりガラス状結節が見つかった場合には、そのような施設の専門医に相談してください」 ただ、すりガラス状結節は、40歳代、50歳代の若い人にも見つかることがある。その場合、長年月にわたり定期的にCTを受ければ、累積の被曝線量が多くなる問題点がある。 「若い人は、どう扱うべきか悩みます。経過観察中に急激に大きくなって進行する可能性がないとも言い切れません。私は47歳(取材当時)ですが、自分に見つかったら取ってしまうでしょう。でも患者さんとはよく相談して、経過を追っている人もたくさんいます」 そう話すのは、順天堂大学医学部附属順天堂医院呼吸器外科教授の鈴木健司医師だ。肺にすりガラス状結節が見つかったとしても、ほとんどの人に自覚症状はない。すぐに命を脅かす可能性も低いだけに、できれば体に負担なく切ってほしいだろう。 肺がんでも、食道がんの項で紹介した「胸腔鏡下手術(VATS)」が普及している。胸に開けた4、5カ所の小さな穴から、細長いカメラや専用の器具を挿入し、モニターに映った体内の画像を見ながら手術する方法だ。脇の下あたりの胸を大きく開く従来の開胸手術に比べて痛みが少なく、回復も早いとされている。しかし、鈴木医師は胸腔鏡だけの手術(完全鏡視下手術)は受けないと言う。 「大切なことはキズの大きさより、がんをしっかり取り切ることです。すりガラス状結節は、肺の一部を切り取る『縮小手術』を実施することが多いのですが、胸腔鏡だけの手術だと肺の表面しか見えないので位置がずれることがあり、腫瘍をギリギリで取ったり、取り残したりするケースが実際に起こり得ます。その点、胸腔鏡で補助する小開胸の手術は必ず触診して位置を確かめるので、そのようなことはまず起こりません」 むかしは、肋骨を切ったために、痛みが取れない人も少なくなかった。しかし今は、開胸手術といっても胸腔鏡(カメラ)を補助的に使うことで、肋骨を切らずに10センチ前後の傷で手術できるようになった。その結果、術後の痛みは格段に少なくなったそうだ。 「ハイブリッドVATS」という、胸腔鏡を補助的に使う小開胸手術に取り組む広島大学病院呼吸器外科教授の岡田守人医師も、「キズの大きさにこだわるあまり、中身の手術が疎かになったとしたら本末転倒」と言い切る。 「がん手術の第一は安全に行うこと、第二はがんを取り切ること、第三は機能をできるだけ温存することです。それらができて初めて、キズが小さいほうがいいという話になるはずです」 岡田医師は肺機能を残す重要性も強調する。肺は右3つ、左2つの「肺葉」に分かれており、がんの発生した肺葉を取る「肺葉切除」が標準治療とされている。しかし、高齢者や肺気腫などの患者は肺活量がさらに低下する場合がある。そこで、がんの存在する区域(肺葉の半分以下)を切り取る「区域切除」や、がんの部分だけを切り抜く「部分切除」などの縮小手術が世界的に注目されている。 「2センチ以下の腫瘍なら、縮小手術ができる可能性が高いです。肺機能低下を防ぐだけでなく、第二、第三の肺がんが発生した場合の手術に備えて、できるだけ肺を残しておくことが重要なのです。安易な部分切除はがんに対しては不十分で、根治性の高い区域切除は繊細な手技が要求される難度の高い手術です。私ががん手術を受けるなら飛行機に乗ってでも、経験豊富で質が高い、信頼できる術者を求めるでしょう」(岡田医師) 手術できれば、根治の可能性も出てくる。だが、肺がんで手術できる患者は4割ほどだ。手術できない場合や再発・進行した場合は、薬物治療と放射線治療に託すことになる。肺がんの薬物治療は、がん細胞の特定のたんぱく質を狙い撃ちするようつくった「分子標的薬」や「免疫チェックポイント阻害剤」が次々に開発されている。和歌山県立医科大学附属病院呼吸器内科・腫瘍内科の山本信之教授が解説する。 「EGFR遺伝子に変異のある患者さんに有効な分子標的薬としてゲフィチニブやエルロチニブが使えますが、2012年にはALK遺伝子の変異をターゲットにしたクリゾチニブが、14年にはアレクチニブが加わりました。これ以外にも新しい遺伝子変異が見つかり、それらに対応する薬の開発が急ピッチで進んでいます。延命効果だけでなく、腫瘍が小さくなって呼吸が楽になるなど、生活の質の改善にも役立っています」 ただし、どの患者にも使えるわけではなく、それぞれの遺伝子変異がある場合にしか有効ではない。また、間質性肺炎などの副作用にも注意が必要だ。 「分子標的薬を適切に使うには、遺伝子変異の検査が正確にでき、かつ副作用にも対応できなくてはいけません。私が受けるとしたら、これらの薬の十分な使用経験を有する施設を選ぶでしょう」(山本教授) 最後にタバコの害にも触れておきたい。喫煙者の肺がんリスクは、非喫煙者の3倍以上だ。喫煙者は、CT検診を受けたほうがいいかもしれない。 「CT検診を受ければ肺がんの死亡率は下がりますが、かならず早期発見できるわけではありません。特にタバコを吸う人の場合は、去年影がなかったのに、今年検査をしたら、病気が随分進んでいた、ということもめずらしくないのです」(楠本医師) それだけではない。 「タバコを吸う人の肺はボロボロのことが多く、術後の合併症率が高くなるなど、治療がとても困難です。喫煙者は全体的に減っているのですが、女性の喫煙率は減っておらず、『やせるから』といった理由で吸う若い女性が多いので心配です」(鈴木医師) 肺がん死を遠ざけるためには、第一にタバコを吸わないこと。これを肝に銘じるべきだろう。 ■理想の治療のための5つのポイント (1)タバコはやめること。肺がんリスクが上がるだけでなく、治療も困難な場合が多い (2)CT検診で見つかる「すりガラス状結節」はあわてず、経過観察するか手術をするか専門医と相談を (3)手術はキズの大きさにこだわるよりも、安全にしっかり取り切ることを第一に (4)小さいうちに見つけることができた場合は、肺機能を残せる縮小手術(区域切除など)を検討する (5)手術できない場合や進行・再発がんは、遺伝子変異の検査ができる病院で分子標的薬を検討する お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.04.26 14:28:56
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