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井上尚弥がモンスターを超えた12R。危機が呼び起こした新たな異能。 森合正範 2019/11/11 20:00 鈴木誠也、侍4番として史上初の快挙 大御所が告発、女子ゴルフ異例の騒動
© Bungeishunju Ltd. 提供 秒殺以上に強さを感じさせる12Rの戦いだった。井上尚弥はまだ何を見せていない力を持っているのだろうか。 1回終了時、コーナーに戻ってきたときの儀式がある。セコンドの大橋秀行会長が井上尚弥に問い掛ける。 「(相手の)パンチはどうだ? 耐えられるか?」 これまでの試合、答えは決まっていた。 「大丈夫です。全然大丈夫ですよ」 11月7日、さいたまスーパーアリーナ。ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)決勝。ノニト・ドネア(フィリピン)戦でも同じ返答だった。 大橋会長は安堵の表情とともに頷いた。 「ああ、これは早く倒せる。2回か3回で終わるな」 井上にも感触があった。 「出だしから手応えがいい。イメージ通り。早い決着があるかも」 ふたりの胸の内はそう違っていなかった。 「これ以上もらったら止められる」 2回2分すぎ。強打を誇るドネアの左フックを右目に食らった。右目上をカットし、アマチュア・プロを通じて初の流血。傷はかなり深い。試合後、医師から「(傷が)もう一皮深かったら白い筋肉まで達していて(試合を)止められていた」と言われるほどの重傷だった。 眼球に異変を感じ、眼窩底骨折に追い込まれていた。視界がぼやけている。ドネアが二重に見えた。プロ19戦目にして初めてピンチを迎える。 果たして、井上尚弥は「モンスター」なのか。 2回終了後のインターバル。父でトレーナーの真吾氏の頭の中はフル回転していた。 「これ以上(傷口に)パンチをもらったら試合を止められる。もしナオの目が見えていないとドネアが分かったら、ラフに攻めて来るだろうな」 傷口を広げず、ドネアに目の不調を悟られないよう、かすんだ視界の中で闘う。勝利へのハードルが一気に上がった。 「ちょっとペースを落とそうと思うんだけど」 ふと、井上にある考えが舞い降りてきた。右目を隠すようにガードを上げる構え。それは対戦相手のドネアが2013年4月のリゴンドー(キューバ)戦で見せた闘い方だった。 アクシデントがあっても頭は冴え渡っている。急きょ作戦を変え、この構えで足を使って距離を取り、左ジャブを放ち、試合を組み立てていく。試合終了まで右目がぼやけていたことは相手陣営に隠し切れたと確信している。 真吾氏は不測の事態にもかかわらず、うまく誤魔化しながら闘う姿に驚きを隠さなかった。 「ああいう状況でも冷静で落ち着いていましたよね。闘い方をリセットして、仕切り直す。きちんと判断してコントロールできている」 5回の終盤に右を放ち、ドネアをぐらつかせたが、深追いはしない。やはりドネアが2人に見える。おぼろげな視界の中、6回もドネアのカウンターを警戒し、追わなかった。 6回終了時のインターバル。井上が尋ねてきた。 「ポイントはどうかな? ちょっとペースを落とそうと思うんだけど」 もう長期戦を覚悟していた。フルラウンドを闘い抜いての判定狙い。視力と体力の回復に努め、終盤に備えたいという。7、8回を「捨てる」という大胆な作戦だった。 真吾氏は内心「この大舞台ですごいな」と思いつつ、普段通り、自然体を装って言った。 「大丈夫、ここまでは(ポイントを)取っている。落ち着いていこうか」 ボクシング人生で初めて捨てたラウンド。 ボクシング人生で初めて、ラウンドを捨てた。9回には右ストレートを浴び、足元がふらついた。一方で、右目が出血で完全に塞がり、もうグローブで隠す必要もなくなってきた。 「ダメージは大丈夫か?」 真吾氏がそう聞くと、井上は苦笑いを浮かべて言った。 「大丈夫。ここからの3つ(10、11、12ラウンド)取れば勝てるかな。ちょっと(右目が)馴染んできたから、チャンスがあったら、いってみる」 ここでまた作戦を切り替えた。目の状況と戦況を見極め、緩めていたギアを再び上げる。 試合後、この場面を振り返り、真吾氏は頼もしそうに言った。 「あそこはナオの判断。しっかり考えながら、ここはいこう。残り全部(ポイントを)持っていこうという気持ちが伝わってきた」 やはり井上尚弥は「モンスター」なのだろうか。 打たれたことがないゆえの不安。 大橋会長には元ボクサーゆえの不安があった。 「目が見えていないから、距離感も分からないし、変なパンチのもらい方をしていた。ああいうパンチは効く。ダメージがあるんだよ」 だが、井上はタフだった。パンチをもらっても打ち返す。ダウン寸前に追い込まれた9回。それでも耐え切った。 これまでほとんど被弾したことのない、井上にとって未知数だった耐久力。「モンスター」の名付け親である大橋会長でさえ、知らなかった一面だった。 「打たれたことないから、ああいうシーンを初めて見た。みんなが一番心配していたタフネスさ。打たれ強さを証明した。普通、ドネアのパンチをもらって効いていたら、あそこから試合を立て直せない」 「もうさ、あの気迫。感動したよ」 10回は着実にポイントを取り、ボクサーにとって肉体的にも精神的にも一番つらい11回。顔面への左から視界を遮るような右アッパーを放ち、ドネアの意識を上に集中させ、左ボディーでダウンを奪った。 「150年に1人の天才」と呼ばれ、左ボディーを得意にしていた大橋会長も絶賛する一発だった。 「尚弥はあのしんどい場面で狙っていた。ドネアはあのパンチをまったく見えていない。だから効いたんだ」 最終回。もう判定なら勝てると計算はできていた。ドネアは逆転の一発を狙ってくる。ならば、被弾を避け、左を突いて、ステップワークで動き回ればいい。大橋会長は祈るようにリングを見つめていた。 「尚弥、もう打ち合わないでくれ」 しかし、井上は前へ出た。 「俺は見ていてヒヤヒヤだったけど、もうさ、あの気迫。感動したよ。これがボクシングっていう感じでね」 元世界王者も舌を巻く、ファイティングスピリット。至極の12ラウンズは終わった。 井上尚弥が新たに証明した異能。 過去18戦。井上はさまざまな「モンスター」の顔を見せてきた。 プロ8戦目。アマチュア、プロを通じて159戦で一度もダウン経験のないナルバエス(アルゼンチン)をスピードとパワーで4度倒した。 バンタム級初戦では、WBA王者マクドネル(英国)の動きをわずか30秒で見切って、112秒で沈めた。 昨年10月には元WBAスーパー王者パヤノ(ドミニカ共和国)を、ワン・ツーをねじ込み、わずか70秒で大の字にした。 3年半ぶりの判定決着。これまでのKOでは見せることのなかった、新たに証明したものが数多くある。 アクシデントが起こったときの冷静さと対応力、ゲームプランの修正能力、タフネス、スタミナ、ファンを熱くさせた闘争心。それらすべてをボクシング人生の大舞台で見せたのだ。 冷静で、気迫に溢れ、優しかった。 誰よりも近くで見て来た真吾氏と大橋会長。ふたりの師は半ば感嘆し、半ば呆れて言った。 「いやー、すごいよね、本当に」 人間を超えるような能力を比喩的に「モンスター」と呼ぶ。 もはや、井上尚弥はそうではなかった。それを遥かに超えていた。 眼窩底骨折し、視界がぼやけ、いずれ塞がった。ピンチにも冷静に戦術を変え、最善な手を打ち続けた。最後まで気迫を前面に、あのドネアに打ち勝った。そして優しい笑みを浮かべ、そっと抱き合った。 われわれはそれを表現する言葉を今は持ち合わせていない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019.11.12 04:29:08
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