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「バイデンは上品なトランプになれ」 バイデン新米大統領にエマニュエル・トッドが期待すること 2021年の世界前編 (構成/ジャーナリスト・大野博人) ※AERA 2021年1月11日号 大野博人2021.1.8 08:02AERA (alex99の意見) エマニュエル・トッドのような人こそ、本当の知性だと思う Emmanuel Todd /1951年生まれ。政治や社会を、家族構造や識字率などを踏まえた独自の視点で分析。ソ連崩壊やトランプ氏当選などを予見。著書に『グローバリズム以後』など (c)朝日新聞社 バイデン氏が1月20日、第46代米大統領に就任する。 米国や世界はどこへ向かうのか。 トランプ氏とは何だったのか。 AERA 2021年1月11日号で、 フランスの人類学者・歴史学者のトッド氏が読み解く。 * * * 大野博人:まもなく米国でジョー・バイデン前副大統領が大統領に就任します。 開票をめぐる騒ぎに目を奪われがちでしたが、 トランプ大統領とは何だったのかということを考えておきたいですね。 エマニュエル・トッド:私は、トランプ氏の政治スタイルには不快感を持ちます。 けれども彼は米国史の中で重要な大統領だったと思います。 トランプ氏がもたらした保護主義と反中国という方向は、 歴史的な転換点になるはずだからです。 コロナ禍の前、米国経済は好調でした。トランプ政権下で世帯収入の中央値は急速に上がったし、貧困率が低くなるのも速かった。特に黒人はトランプ政権の受益者でした。 経済政策はカタストロフをもたらしたわけではありません。 もしコロナ禍がなければ彼は再選されていたでしょう。 あるいは、もし連邦最高裁の判事に原理主義的なカトリック教徒ではなく、 ヒスパニック系の人材を任命していたら、勝っていたかもしれませんね。 これは戦略的なミスでしょう。 大野:ただ私も彼の政治手法にはかなり抵抗がありました。 トッド:政治が大きく変わらなければならないときの問題は、 考え方、イデオロギー、よい政治とは何かについての基準を どうやってひっくり返すかということです。 ■時代が求めた「逸脱」 トッド:どの時代にも支配的な考え方があります。 19世紀には、国家は後方に退いた方がいいというリベラリズムが広がり、 1914年の第1次世界大戦や29年の世界恐慌へとつながっていきました。 そのあと、国家中心の考え方への転換がありました。 第2次世界大戦からその後にかけて支配的でした。 それがまた変わったのは、 米国のレーガン大統領、英国のサッチャー首相とともに ネオリベラリズム、経済的な新自由主義が登場したときです。 そして、人びとがグローバル化に疲れた今、 時代は再び国とか国民という場所に再結集しようとする局面に入りました。 問題は、どんな政治家ならこんな転換を担えるかということです。 右でも左でも政界には大勢順応的な人たちがうようよしています。 考え方の転換が必要になると、 少々逸脱した指導者を求める動きが起きるのです。 たとえば米国のレーガン大統領は元映画俳優。 黒人のオバマ氏が大統領になったのも驚きでした。 実は、経済政策で保護主義的な転換を始めたのはオバマ氏です。 景気対策に、米国製品の購入を求めるバイ・アメリカン条項を盛り込みました。 トランプ氏も「らしくない」人物です。 億万長者で、テレビタレントで、下品で粗雑です。 それでも、エスタブリッシュメントとはちがった考え方ができた。 世界恐慌のとき、リベラリズムにとらわれた欧州のエリートたちは、 国家財政の緊縮くらいしか思いつかなかった。 そこに、ヒトラーが登場する。 大規模な公共工事をやり、軍備も進めて、 数カ月で失業率をほとんどゼロにした。 ヒトラーはもちろん完全に常軌を逸した人物ですが。 大野:あなたは、トランプ氏はオバマ氏の「後継者」だったとも フランスのメディアに語っていますね。 トッド:オバマ氏はとても知的です。 米国はもはや世界の主ではないとわかっていました。 地政学的には中東や欧州よりアジア太平洋に軸足を移し、 中国などに向き合うべきだと考えていました。 けれど、黒人である故に「よき米国人」であることを示さなければならなかった。 どうしても限界があった。遠くまで行けなかったのです。 ■民主党の支持層は異質 大野:新大統領のバイデン氏には何を期待しますか。 トッド:ヒラリー・クリントン氏が示したような、 自由貿易を重視する馬鹿げた考え方に戻らないことです。 トランプ政権の最良の部分を引き継ぎ、 それに上品で礼節をわきまえた装いを施してほしいのです。 ただ考えておかなければならないのは、 民主党の支持層はかなり異質な人たちの集まりだということです。 まず高等教育を受けながら奨学金の返済に苦しむ白人の若者がいる。 黒人の支持層は、ブルジョアになった人もいる一方で、 大多数はまだ最も恵まれない階層に属しています。 この階層にはヒスパニック系も多い。 他方、アジア系はより豊かな階層に属します。 支持者たちの利害はかなり異なります。 また党内左派のサンダース氏を支持したのは高学歴の若い人たちで、 黒人はユダヤ系のサンダース氏をあまり支持しない。 大野:共和党支持層にはもう少し共通点があったのですか。 トッド:世論調査によると、 大統領選挙での投票判断の動機について 共和党支持者はほぼ一致して「経済」と答えています。 マルクス主義者みたい(笑)。 他方、バイデン支持層の投票の決定的な動機は二つ。 一つはトランプ政権のコロナ禍対応への批判です。 もう一つは人種問題です。 争点が肝心の経済から外れてしまった。 米国と世界との経済関係を変えるというのは実現可能な次元の話です。 しかしバイデン氏の主張は、あいまいで不確実な世界への回帰を意味しました。 コロナ禍という点で世界が不確実になるのに加えて、 非現実的なのは人種という視点です。 民主党はトランプ氏の経済についての考え方に人種政策を突きつけました。 これは罪作りなことだったと思います。 まずトランプ氏はヒトラーではありません。 標的にしたのは黒人ではなくメキシコ人です。 人種差別主義者ではなく外国人嫌いなのです。 それに黒人差別は米国にとって本質的な問題です。 人種によって人びとの態度が変わり歴史がつくられる という社会のあり方から抜け出す。 それは米国の最も重要な課題です。 ■政策でない反トランプ 大野:人種は政治論争のテーマにしにくいと? トッド:大統領選挙での黒人の投票を分析すると、 87%がバイデン氏に投票しています。 一方で、黒人社会も経済的に階層化されつつあります。 豊かな黒人も貧しい黒人もみんな民主党に投票するというのは、 政治的に正常ではありません。 結局、バイデン氏への票は反トランプ票でした。 でも、トランプ氏を追い出すというのは政策ではありません。 それが悲劇です。 この4年間、米国のエスタブリッシュメントは トランプ氏さえ片付ければ十分だと信じてきたのです。 大野:大統領選挙で保守的なキリスト教福音派がトランプ氏を支持しました。 米国では信仰はまだ強いのでしょうか。 それとも退場を迫られている宗教の「断末魔」でしょうか。 あなたは9.11米国同時多発テロが起きたとき、 過激なイスラム主義は 近代化する社会から取り残されつつある価値観の「断末魔」の現象だと 指摘していましたね。 トッド:それは米国の思想的ヒステリー状態を考えるうえでも重要な視点です。 日本や欧州で人びとが宗教離れしたあとも、 米国では教会に足を運ぶ信者が少なくなかった。 しかし2000年代に減っていき、 日欧のような「無信仰」の社会になりつつあります。 しかし米国ではとくに宗教的帰属意識が 個人を共同体に結びつける役割を果たしていました。 宗教離れは社会秩序の解体につながります。 その不安から政治的なテーマに向かう人が出てきます。 人種差別への抗議運動は、 教会に行かなくなった若者世代にとって、 宗教に代わる社会参加になっていそうです。 また、その前の世代の保守的な信徒の振る舞いは 社会の宗教離れに先立って起きる態度硬化の表れではないでしょうか。 歴史社会学的に見れば イスラム教での原理主義と似た現象でしょう。
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