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【米国】 「癒やし」としてのバイデン大統領 命運を握る「最初の100日」の成果 高齢のバイデン氏に許された時間は少ない トランプ時代の分断の「統合」にどう臨むか 吉崎達彦 ㈱双日総合研究所チーフエコノミスト 2021年01月28日 (alex99の感想) この、かんべえさんの論文に特に目新しい視点は無い ただ、まとまってはいるので 大統領選の総括として一読しておく程度でいいだろう 年頭の恒例、ユーラシアグループの「Top Risks」2021年版によれば、今年第1位のリスクは「46*」であった。これだけだとまるで判じ物みたいだが、これは「注釈付きの第46代大統領」と読ませる。 同グループを率いるイアン・ブレマー氏は、毎年、その年の世界が直面する政治リスクのトップテンを選出し、「Gゼロ」など巧みな造語力で近年の視界不良な世界を予言してきた。2021年版も、小技の効いたフレーズをひねくりだした。 すなわち、このアスタリスク(*)は、「有権者の半数近くが新大統領の正当性を認めていない」ことを意味している。 異様な状況下での大統領就任式 実際、1月20日にはジョー・バイデン氏が第46代合衆国大統領に就任したが、それは異様な状況下においてであった。 人口70万人のワシントンDCに2万5000人もの州兵が動員され、大統領就任式は厳重警戒のもとに行われた。 参加者を制限し、恒例のパレードも中止された。 それは新型コロナウイルスによる死者が全米で40万人を超えていたから、という理由だけではない。 就任式のほんの2週間前、年明けの1月6日には同じ連邦議会議事堂において、前代未聞の騒動が発生した。 全米から集まったトランプ支持者たちが、大統領の扇動を受けて議会に乱入したのである。 彼らは不正な選挙が行われ、トランプの勝利が「盗まれた」と信じる抗議者たちであった。 議会内は一時占拠され、この混乱によって警官1人を含む5人が死亡している。 上下両院の議員たちは、非常用の地下道を使って危うく難を逃れた。 この日行われていた議会合同会議では、昨年行われた各州の選挙人投票結果の確認作業中であった。襲撃によって中断された作業は、午後8時から再開されたが、選挙結果に対する共和党議員たちの異議申し立てにより、何度も中断された。 最後にようやくバイデン氏の当選が確認されたのは午前3時40分であった。議長役となったペンス副大統領は、合衆国憲法の定めに従って粛々と議事を行ったが、その行為はトランプ支持者たちから「裏切り者」呼ばわりされる始末であった。 かくも分断されてしまった米国社会を、これからバイデン新大統領は率いていくことになる。 大統領就任演説において、バイデン氏は何度も「統合」(Unity)を訴えた。しかし、一体どれだけのトランプ支持者がこの演説を聞いただろうか。当日の参加者が少なかったこともあり、演説は拍手に遮られることもなく、わずか20分で終了した。 就任直後、バイデン氏は11本の大統領令に署名したが、その中には連邦政府施設内でのマスク着用の義務付けが入っている。マスク着用は公衆衛生のための社会的責任なのか、それとも個人が選択すべきことなのか。そんなことさえ、今の米国社会では分断の理由になってしまう。「統合」は容易なことではないのである。 米連邦議会がいきなり直面する難題 バイデン政権の閣僚人事は、議会による承認が始まったばかりだ。年明けとともに始まった第117議会は、上院が「民主50対共和50」、下院は「民主222対共和212」という、めずらしいほどの僅差となった。 上院は議長を兼務する副大統領、カーマラ・ハリス氏の1票があるために、民主党が主導権を握ることができる。ゆえに「ひとつの政党が、ホワイトハウスと上下両院全てを制するトリフェクタ(3連単)」が成立したことになる。とはいえ、ごく少数の議員が造反するだけで、優位はあっけなくひっくり返る。 そして米連邦議会は、米国史上初めて2度目の弾劾訴追を受けたトランプ前大統領をどうするかという難題を抱えている。憲法の定めるところによれば、上院で近日中に弾劾裁判を実施しなければならない。100人の上院議員が陪審員となり、その3分の2の同意を得れば、弾劾は成立する。 昨年行われた弾劾裁判では、53人の共和党議員のうち弾劾に賛成したのはミット・ロムニー上院議員ただ1人であった。今回は50人の共和党議員のうち、17人が賛同すれば弾劾は成立する。ハードルは高いものの、前回の弾劾容疑は権力乱用と議会妨害であり、今回は「暴動を扇動した罪」である。その意味ははるかに重いと言わざるを得ない。 悩ましいのは、いったん弾劾裁判を始めてしまうと、それが上院の最優先事項となって、他のあらゆる審議が止まってしまうことだ。しかるに急を要する案件は枚挙に暇がない。閣僚のみならず、約1000人と言われる政治任命の高官たちの承認が待たれているし、1.9兆ドル(約200兆円)のコロナ追加対策法案の審議も急がねばならない。 新装なったホワイトハウスのホームページでは、バイデン新政権は、 (1) コロナ対策 (2) 気候変動 (3) 人種問題、 (4) 経済 (5) ヘルスケア (6) 移民問題 (7) 外交の立て直し 、の7点を優先課題(Immediate Priority)と位置付けている(参照) 。 いずれも待ったなしの懸案ばかりだ。 史上最高齢、78歳の新大統領にのしかかる重圧は察するに余りあるものがある。 息詰まる接戦だった大統領選挙 あらためて、昨年11月3日に行われた大統領選挙の結果を振り返ってみよう。 バイデン氏と副大統領候補のカーマラ・ハリス氏のチケットは、一般投票で8126万、8867票という史上最高得票であった。 これに対してドナルド・トランプ氏とマイク・ペンス氏は7421万、6747票と、これまた史上第2位の得票数であった。 その差は約4.45%である。 この差をどう見るかは諸説ありそうだが、息詰まる接戦と言っていいのではないだろうか。 いくら現職大統領が有利な立場であるとはいえ、トランプ氏が前回2016年選挙から1000万票以上も上積みできるとは、少なくとも筆者には想定外であった。 選挙人の数でいえば、バイデンが306人で後者は232人である。これを見ると大差であるが、ここには例の選挙人マジックがある。 ー アリゾナ州はわずか1万457票差(0.30%差、選挙人数11) ー ジョージア州は1万1779票差(0.23%差、選挙人数16) ― そしてウィスコンシン州は2万682票差(0.63%差、選挙人数10) であった。 これら3州がひっくり返れば、選挙人数はともに269人で両者は同点となっていた計算となる。3州合計でその差はわずか4万2418票。トランプ氏はジョージア州の選挙を管理するラッフェンスバーガー州務長官に電話して、「どこかで1万1780票を見つけてこい!」と凄んだそうだが、確かにそんな気分になるほどの僅差だったのである。 思えば1年前、昨年2月初旬の米民主党は惨憺たる状況であった。予備選挙の緒戦、2月3日に行われたアイオワ州党員集会では、開票結果の集計アプリに不具合が発生し、誰が勝利者なのかわからない、という不祥事が発生した。 若きピート・ブティジェッジ市長(サウスベンド市)と左派のバーニー・サンダース上院議員が接戦であったが、勝利演説の機会がないままに一夜は明け、そのまま投票は「なかったこと」にされた。 その翌日は一般教書演説が予定されていて、トランプ大統領は例によって言いたい放題、やりたい放題で、たっぷり1時間半かけて自画自賛に終始した。ナンシー・ペローシ下院議長は背後の席で我慢して聴いていたが、最後には手元にあった演説の原稿をビリビリと4回も破ったほどである。 さらにその翌日の2月5日は弾劾裁判の評決が行われ、トランプ大統領の無罪が確定した。この週末に筆者は、東洋経済オンラインに「トランプ大統領の笑いが日本まで聞こえてくる」と寄稿したものだ 。この時点では、「トランプ再選が濃厚」と見る向きが多数を占めていたはずである。 あえてバイデン氏を選んだ民主党 こうした中で、民主党内で当初は「弱い候補者」と見られていたジョー・バイデン元副大統領の存在が急浮上する。それまでバイデン氏は何より高齢に過ぎ、失言が多く、候補者討論会ではしばしばやりこめられ、選挙資金の集まり具合でも後塵を拝していた。 それでも「お人柄」もあって、いくら叩かれても不思議と人気が落ちなかった。なにしろオバマ政権の副大統領を8年間、その前は上院議員を36年間も務めている。新鮮味はないけれども、無視できるような候補者でもなかったのである。 その時点の民主党フロントランナーは、左派のバーニー・サンダース上院議員であった。「国民皆保険制」や「学生ローンの免除」といった大胆な政策課題を掲げ、若い支持層の熱烈な支持を得ていた。 とはいえ、それでトランプ大統領に勝てるのか。このままでは「大富豪の大統領に、自称・社会主義者が挑戦する」という図式になってしまう。 トランプ氏は2月22日、「クレイジー・バーニーがうまくやっているようだ。バーニー、おめでとう。ほかのやつらに負けるなよ」などと余裕のツィートを送っていた。 流れが変わったのは、2月29日のサウスカロライナ州予備選挙からである。地元選出のジム・クレイバーン下院議員のエンドースメントを受けたことで、黒人票の支持が集まり、バイデン氏は地滑り的な初勝利を収める。 その直後、3月3日のスーパーチューズデーは、文字通り「天下分け目の決戦」であったが、土壇場でブティジェッジ市長、エイミー・クロブチャー上院議員という中道派の2候補が出馬を取りやめ、急きょバイデン氏の支持に回った。かくしてスーパーチューズデーは、バイデン氏の圧勝に終わる。 俗に「民主党支持者は候補者と恋に落ちる」と言われる。ビル・クリントン氏やバラク・オバマ氏のように、カリスマ的な候補者が出てきた時の民主党は強い。逆にジョン・ケリー氏やヒラリー・クリントン氏のように、打算で候補者を選んだ時は弱い。 しかし2020年選挙では、民主党は敢えて「勝てそうな候補者」を選択した。「とにかくトランプを倒せる候補者を」というのが、バイデンが選ばれた理由であった。 「運」「追い風」に助けられて その後、3月からは新型コロナウイルスの蔓延が始まり、「ステイホーム」とともに米国の状況は一変する。 「大勢の人が集まってはいけない」という特殊な状況下、バイデン氏はデラウェアの自宅地下室に籠り、ネット経由でメッセージを発信するという地味な選挙戦術に徹した。逆に得意の演説の機会を封じられたサンダース氏は、手詰まり状態から撤退に追い込まれる。これもバイデン氏の不思議な「運」であって、体力を温存したままで候補者の座が転がり込んできたのである。 さらに5月に発生したジョージ・フロイド氏の死亡事件を契機に、「ブラック・ライブズ・マター」の運動が全米に広がる。トランプ大統領の拙い対応も手伝って、政権支持率はじょじょに低下していく。2016年選挙では、黒人有権者の投票率低下が民主党の敗因の一つであった。この点でも、「オバマ大統領に副大統領として8年間仕えた」バイデン氏の経歴は強みとなった。 8月にバイデン氏が、アジア系・黒人女性のカーマラ・ハリス上院議員を副大統領候補に指名したことも、好感をもって迎えられた。ハリス氏はカリフォルニア州選出であるために、シリコンバレーやハリウッドの支持者が雪崩を打ち、それ以降はバイデン陣営の選挙資金はトランプ陣営を凌駕することになる。 10月に2度のテレビ討論会を終えた時点で、バイデン氏はかなり有利であるように見えた。少なくとも世論調査の支持率では大差をつけていた。しかし蓋を開けてみた結果は、前述の通り意外なほどの僅差であった。 このことを「運」と呼ぶのは語弊があるけれども、バイデン氏にとって最後の追い風は、ちょうど10月下旬から世界的にコロナ感染者数が激増したことであっただろう。 もしもトレンドが逆であった場合、すなわち感染が減少していた場合、紙一重で逆の結果が出ていても不思議はなかった。それくらいトランプ支持は根強かった。 もしも民主党がバイデン氏以外の候補者を立てていたら、おそらくトランプ再選を許していたのではないだろうか。 「脱・トランプ」時代の切り札としての強み 打倒トランプの切り札ともいうべきバイデン氏には三つの強みがあった。 一つ目はその経歴である。 ペンシルベニア州のミドルクラス出身のバイデン氏は、トランプ氏に奪われた中西部ラストベルトを奪還するのに適していた。シラキュース大学ロースクールを卒業しているが、米国においては久々にアイビーリーガーでない大統領ということになる。近年、急速に「都市部の大卒以上の政党」という性格を強めている民主党においては、数少ない庶民性を持つ政治家である。若き日に交通事故で最初の妻と長女を失った、という悲劇のファミリー・ヒストリーも、「他人の痛みを理解できる人」という政治家としての「売り」に彩りを添えていた。 ライバルにあだ名をつける名手であるトランプ大統領は、バイデン氏のことを「スリーピー・ジョー」(眠たいジョー)と呼んだ。確かに彼は退屈な政治家かもしれない。ただし他人を油断させることはあっても、反発を受けることは少ない。トランプ氏にとって、もっともやりにくい相手であったことは想像に難くない。 二つ目は超ベテランの政治家であることだ。 普通であれば、米大統領になるためには「ワシントン暮らしが長いこと」はマイナス要因である。 「アウトサイダー」であることが大統領候補の売りとなる時代が長く続き、ドナルド・トランプ氏などは究極の「ワシントン経験ゼロ」のビジネスマンであった。 そのトランプ大統領が4年にわたって「分断政治」を行った後で、今は「平常への回帰」が求められている。 「あれだけ長くワシントンに居て、彼はいったい何をやったというのか?」とは、トランプ氏がテレビ討論会で行った攻撃トークのひとつである。確かに36年間も上院議員を務めたわりには、「バイデン法案」と呼ばれるようなものは1本もない。主に外交委員会や司法委員会で長く活躍したこともあるが、バイデン氏は日本風に言えば「国対族」の議員であった。要は人間関係を武器にして、野党との政治的妥協を築き上げていくタイプである。それだけに、政治的業績は見えにくい。 政策に対するこだわりも少ない。正式に党の大統領候補となった後、バイデン氏は党内左派との間で政策調整を行った。すなわち「バイデン=サンダース統合タスクフォース」を設置し、6本の政策提言をまとめさせたのである。それが夏には党のプラットフォーム(政策綱領)の叩き台となり、現在はホワイトハウスの優先課題となっている。この間に政策の優先順位は微妙に変動しているのだが、バイデン氏自身はそのことには恬淡と構えているように見える。 思うにこの手のタイプはいかにも古い。政治家がこぞってSNSで「自己の信念」をアピールする今日的状況においては、絶滅危惧種と言えるかもしれない。 しかしトランプ時代に「究極の素人政治」が行われた後においては、旧式な政治家の知恵が必要になるのではないだろうか。 老政治家たちによる「癒し」の期間? 三つ目の強みは、バイデン氏が高齢者だということである。 当面の米国政治は、おそらくは高齢政治家たちの肩に掛かっている。ナンシー・ペローシ下院議長(80歳)は、この117議会が「最後のご奉公」となるだろう。その両脇を固めるのはホイヤー院内総務(81歳)とクライバーン院内幹部(80歳)である。たぶん2年後の中間選挙後には、これらのポストは若い議員たちに引き継がれるだろう。 そして上院におけるキーパーソンは、共和党のミッチ・マコーネル院内総務(78歳)である。 上院で長いキャリアを有し、バイデン氏とは長年にわたる親交がある。2015年に長男のボー・バイデン氏が46歳の若さで亡くなったときに、葬儀に訪れた数少ない共和党議員の1人でもある。新たに上院を差配することになった民主党のチャック・シューマー院内総務(70歳)との間で、果たしてどんなディールを繰り広げるのだろうか。 米国社会の分極化が行きつくところまで行ってしまった後で、かろうじて「統合(Unity)」があった時代を記憶している老人たちの出番になった、というのがこれから始まるバイデン時代の役割であろう。 心躍るような時代の到来とは言いにくいが、それでも「トランプ劇場」に疲れた人々にとって、貴重な「癒やし」の期間となるのではないだろうか。 だが、あいにくそのために許される時間は長くなさそうだ。高齢のバイデン氏に「2期目」はないだろう。いや、2年後の中間選挙で敗れれば、たぶんその時点でレイムダック化は避けられない。そのためには「最初の100日」の成果が重要になってくる。その評価が定まるのは、意外と早いのかもしれない。
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最終更新日
2021.02.01 23:51:59
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