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2021.02.21
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​​森喜朗たたきは言葉狩り
​多様性尊重派は自己矛盾に気づいているか​​​
『福田ますみ』 2021/02/19
 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長だった森喜朗氏が放った「女性蔑視」発言の波紋は、彼が辞任表明した後もなお広がり続けている。そのバッシングのすごさたるや、新型コロナウイルスの脅威さえかすんでしまうほどだ。 
 テレビを見ても新聞、雑誌を読んでも、森氏への批判、非難、糾弾であふれている。マスコミは、芸人やタレント、スポーツ選手に手あたり次第に発言の感想を求めている。さらに、五輪のスポンサー企業に片っ端から取材し、批判コメントを次々に引き出すことも怠りない。
 ご苦労さまなことだが、これではまるで「踏み絵」だ。​そこには異論や反論はどこにもない。​
​ 中にはこの騒ぎに便乗して、「(森氏を)座敷牢に入れろ!」「本人が粗大ゴミで掃いてくれればいいと言っているのだから、私が粗大ごみシールを買ってきて、背中に貼ってあげる」などと発言する著名人もいる。悪ノリも大概にしろと言いたいが、彼らにとっておそらく「差別者」とは犯罪者よりも罪が重いのだ。「完膚(かんぷ)なきまでにたたきのめして何が悪い。それが正義だ」とでも思っているのだろう。​
 森氏が発言したのは2月3日、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会の席上である。マスコミは、森氏の40分の発言のうち、「女性がたくさん入っている理事会の会議は、時間がかかります」「女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を上げて言うと、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね。それでみんな発言されるんです」というあたりを最も問題視しているようだ。
 だが、ネットでは、この発言は切り取られているとして、「全文を読もう」と呼びかける声が多い。にもかかわらず、彼の長い発言全部を正確に再現した文章はないのではないか。各メディアが掲載したのは要旨である。したがってそれぞれ微妙にニュアンスが異なっている。
 ​ともかく朝日新聞が小さく掲載した要旨を読んでみたが、まず、女性を一くくりにして語るのがいけないようだ。いまでは普通の会話の中でさえ、「女性はこうである」といった属性に基づく決めつけをしてはならないというのが、ジェンダー平等を実現するための「常識」のようである。​
 しかしこれ、男性だけの問題か? 公の場で誰憚(はばか)ることなく、「男って」「おっさんって」と一くくりにして揶揄(やゆ)したり、笑い飛ばしたりする女性はたくさんいる。男性の側からすればこれも偏見、差別だが、特にお咎(とが)めなしである。
 肝心のその中身だが、「女性が入っている会議は時間がかかる」というのははたして女性蔑視になるのか? 意識の高いフェミニストから叱られそうだが、私はただ、「それだったら、40分も話している森さんも話が長いでしょ」とツッコミたくなっただけである。
 反面、「女の話は確かに長い。森さんは事実を言っただけ」と肯定する女性も多い。次の「女性っていうのは競争心が強い。誰か一人が手を挙げて言うと…」の発言は、これだけ聞くとネガティブな印象だが、他のメディアが公開したものには、「女性っていうのは優れているところですが、競争意識が強い」となっている。「優れている…」を朝日新聞が意図的に省いたなら、質の悪い印象操作だ。この言葉一つでニュアンスがガラっと変わる。​
 むしろ気になったのは、「女性の数を増やしていく場合は、発言の時間をある程度、規制を促していかないとなかなか終わらないので困ると言っておられた」の部分である。ここの部分は森氏ではなく、だれかの発言のようだが、伝聞にせよ、「規制」という言葉を使うのは不適切ではないか。女性だけに「規制」を求めるのは、確かに差別と受け取られかねないからだ。 
 ​ところが、この朝日新聞の要約を読み通すと、最後の部分で組織委の女性委員たちのことを褒め、「欠員があるとすぐ女性を選ぼうということにしているわけであります」と締めくくっている。​
東京五輪・パラリンピック組織委の理事会と評議員会の合同懇談会で辞任を表明し、一礼する森喜朗氏=2021年2月12日、東京都中央区(代表撮影)
 ​つまり、伝聞の内容を最後の部分で否定して、「いやそういう声があっても女性をすすんで登用しますよ」と結んでいるのであり、ここに彼の真意がある。反語表現などめずらしくない。これのどこが女性蔑視なのか。ところが追及の急先鋒である朝日新聞や毎日新聞、テレビは、結びを意図的に無視して前半の反語部分だけを執拗に攻撃している。まさしく曲解であり「切り取り」だ。​
​ 新聞社の記者たちに私は聞きたいのだが、記者だって自分の書いた記事に難癖をつけられることがあるはずだ。そんなとき、「いや全文を最後まで読んでください」「最後に私の言わんとしていることが書いてある」などと弁明しないだろうか。ところが、その彼らが森氏に対しては一切弁明を許さない。全体として、女性を蔑視したり差別する意図や悪意は全く感じられない。むしろ、発言を撤回して謝罪した人をここまで追い込むことのほうが異常だ。​
 ​はっきり言うが、特にどうということもない部分を取り上げて言葉狩りをすることがマスコミの仕事なのか。同様に感じている女性は少なくないが、マスコミは全く取り上げない。勝手に差別認定した後は、両論併記の原則さえ捨てるようだ。​
 そもそも私が今回の事件にこだわるのには理由がある。私は過去に2度、差別を理由にメディアリンチが起きた事件に遭遇している。一つは、2004年、福岡市で起きた、いわゆる「いじめ教師事件」である。同市内の小学校で教鞭をとる男性教諭が、9歳の男児にいじめや体罰を繰り返したとして、「週刊文春」に、「史上最悪の殺人教師」と書き立てられた。
 当時、新潮社の月刊誌「新潮45」に寄稿していた私は、編集者から文春の記事の後追いを依頼され、福岡に向かった。すでに地元マスコミの報道が過熱していたところに、「週刊文春」の記事は火に油を注ぐ結果となり、教諭へのバッシングはピークに達していた。ところが、当の教諭をはじめ関係者を取材して判明したのは、教諭が男児に行ったとされるいじめや体罰は事実無根であり、全くの冤(えん)罪であるということだった。
 なぜ、ここまでマスコミが暴走したのかと言えば、この男児は米国人との混血で、それを知った教諭が人種差別からいじめや体罰を行ったとされたからである。「人種差別」と「いじめ」に過剰反応した記者たちは、男児の母親の虚言を全く疑わなかった。結局、米国人との混血というのもウソだったのである。最終的に冤罪が晴れるまでの間、私は教諭の苦悩を間近に見てきたが、寄ってたかって一人の人間をつるし上げる怖さを身にしみて感じた。
 もう一つは、このいじめ教師事件のルポを載せた「新潮45」を巡る「LGBT(性的少数者)差別」事件である。2018年、同誌に自民党衆院議員の杉田水脈氏が、「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題する論文を寄稿した。その中に、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない。つまり『生産性』がないのです」という文章があり、これが猛バッシングを浴びた。
 杉田氏は、欧米の過激なLGBT差別撤廃運動がなんの異論もなくわが国に上陸したことに懸念を持っていた。そもそも日本では同性愛者が迫害された歴史はなく、状況が異なっていたからだ。そこで、いささか辛口のLGBT批評を載せたのだが、「生産性」という言葉にマスコミや野党政治家が激しく反応。LGBT当事者も杉田氏と同誌の責任を追及し、世間は批判一色になった。
 ところが実際は、当事者の中にも異論や反論が多数あり、「新潮45」を擁護する声も少なくなかったのである(私は後に詳細に取材している)。ところが、そうした声を新聞やテレビは黙殺した。今回と全く同じパターンである。
 結局、同誌は事実上廃刊に等しい「休刊」となったが、私は、だれもが抗えない「差別」の2文字に、人々や組織がいかに萎縮してしまうかを思い知った。と同時に、気に入らない人や組織を追い落とすツールとしてこの2文字が非常に有効であることも理解した。
 今回の森氏への異常ともいえる攻撃にも、私は同様の臭いを感じている。私は、日本にも女性差別がいまだ存在することを否定しない。男尊女卑の気風も色濃く残っているとは思う。しかし、欧米由来の行き過ぎたポリティカルコレクトネス(政治的、社会的に公正で中立とされる言葉や表現を使用すること)や、過激で排他的なフェミニズムの手法には疑問を抱く。普通の常識で考えて特に問題とも思えないことを、ことさら「差別だ、セクハラだ」と攻撃して相手を強引にねじ伏せる風潮に危ういものを感じる。
東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗氏の女性蔑視発言を巡り、JOCが入る建物前で抗議活動を行う人たち=2021年2月9日、東京都新宿区
 米国人の芸人、厚切りジェイソン氏は、TBSのワイドショーに出演し、こう証言している。「(森さん発言に)海外はけっこう怒っている。特にアメリカは敏感。失言一つで仕事ができなくなるシビアな状況だから」。恐ろしいではないか。
 2017年以降、ハリウッドの女優たちを中心に世界中に広がった「#Me Too」運動というのがある。過去のセクハラ被害を告発する運動で、何人もの男性が、何十年も前のセクハラ疑惑で糾弾された。もちろん悪質なケースがあったことは否めないが、多くは一切の弁明も許されず、正式な裁判を受ける前に社会的に抹殺された。
​ この事態に、「このような正義はリンチにつながる」と、次第に運動の行き過ぎを批判する声が上がるようになった。驚くべきことだが、運動の中心にいた女優が過去、共演者の若い男優に性的暴行をしていた、と米メディアが報じ、一方的に糾弾された男性たちも声を上げるなど泥仕合の様相を呈している。​
 ​森氏の発言で、「日本は外国に恥をさらした」「わが国はジェンダー後進国であることが分かった」などと言う人は少なくない。しかし、ジェンダー先進国の米国で吹き荒れているのは、中世の魔女狩りや人民裁判まがいの人権侵害である。森氏へのメディアリンチ、つるし上げとも思える今回の騒ぎには既に色濃くこの影響が現れている。いやこれが欧米の常識だ、世界のすう勢だと言われても私は納得できない。​
​ 「異端審問官」が闊歩するような社会は御免である。そもそも、ジェンダーを巡るこのトレンドが普遍的なものかどうか分からない。少し時代が下って顧みたとき、あれは行き過ぎだった、間違っていたと否定的に捉えられる思想や価値観はいくらでもある。その代表格が共産主義だろう。​
 2019年のラグビーW杯の日本招致、台湾の李登輝元総統の葬儀への参加など、森氏には内外に大きな功績がある。その森氏に対し、日本の古い男尊女卑の価値観が染みついていて、多様性を理解せずもはや矯正不能だとの声がある。しかし、多様性とは本来、そうした異なる価値観の人々をも包摂し、その寛容の精神で共存することではないのか。​一方的に差別者の烙印を押し、糾弾し、社会的に葬り去ることが多様性なのだろうか。​
 ​だが、森氏を口汚く罵(ののし)る人たちは、差別者は別だ、異なる価値観の範疇にも入らない、共存などできるわけがないと言うだろう。事実、ある社会派ブロガーと称する女性はツイッター上で、「このクラスの男性たちは、中国共産党がやっていたような再教育キャンプに入れたほうがいい」と発言した。​
 自分は間違っても「差別者」の側には立たない。そう信じている人は多いだろう。しかし実はいとも簡単に“そちら側”に転ぶ危険がある。故筑紫哲也氏と言えば、リベラル派に今も人気の高い著名なニュースキャスターだったが、その彼が一時、「差別者」とされていた事実をご存じか。​
 彼は、1989年、自身の名を冠したTBSのニュース番組の中で、比喩として1回「屠殺(とさつ)場」という言葉を使ってしまった。翌日、彼はすぐに同番組の中で謝罪したのだが、一部の屠場労働組合から抗議があり、その後、部落解放同盟も加わり、9回にも及んだ「糾弾会」への出席を余儀なくされた。
 「糾弾会」とはどのような場か。大勢が一人の人間を取り囲んですさまじい怒号を浴びせ、言葉でも徹底的に追い込んでいく。それが長時間行われる。この修羅場に、過去、筑紫氏だけでなく有名無名多くの人が引き出された。その大半が、とても差別意識があったとは言えない言葉尻をとらえられ、「差別者」認定されてしまったのである。こうした糾弾が社会に何をもたらしたかと言うと、「同和団体は怖い」「関わりたくない」という忌避感と新たな差別感情である。
 先ほど米国の過激なフェミニズム運動について触れたが、その米国で似たような現象が起きている。企業の男性管理職の多くが、トラブルを恐れて女性を避ける傾向にあるというのである。問答無用の徹底的な糾弾は、双方に不幸な結果しか生まない。ちなみに、現在の部落解放同盟の「糾弾」に昔日の勢いはないそうである。
東京五輪・パラリンピック組織委の理事会と評議員会の合同懇談会を前に言葉を交わす森喜朗氏(左)と川淵三郎氏=2021年2月12日、東京都中央区
 森氏が2月12日に会長職の辞任を表明した後、後継指名を受けた元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏も結局辞退、紆余曲折の末、2月18日にようやく新会長に橋本聖子五輪相が選出された。しかし、この混迷を招いた責任は森氏だけにあるのか。​私には、森氏を「差別者」と決めつけて世の中を扇動したマスコミにも多くの責任があると考えている。女性の一人として私は、森氏から差別を受けたとは思っていない。​
 





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最終更新日  2021.02.21 13:50:25
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