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感染対策の遅れは「『見立て』の習性」 日本人の欠点を歴史学者らが指摘〈週刊朝日〉 6/7(月) 8:00配信 ※週刊朝日 2021年6月11号より抜粋 「人類の敵はもはや人類ではない、ウイルスだ」。歴史学者の磯田道史さんが、『感染症の日本史』(文春新書)で指摘してから既に8カ月。コロナ禍の課題は何か。3度目の緊急事態宣言下の4月下旬、経済学者の水野和夫さん、衆議院議員の古川元久さんと語り合った。 * * * 磯田:コロナ対策の遅れに危機感を抱きます。変異株まん延のなか、日本はワクチン接種率が4割7割と進むまで相当時間がかかる。自粛や制限が長引き、経済回復が遅れ、1、2年先にも影響してしまうかもしれない。ワクチンを素早く打って経済を動かした「ワクチン先進国」との落差をみて、国内に政治や科学への落胆と不信が生じるかもしれません。 水野:コロナは文字通り「国民国家の危機」です。17世紀のイギリス市民革命以来、400年続いている国民国家が対応できていないのですから。言い換えれば、国民国家が「資本を蒐(あつ)める側」に付いてしまったという矛盾を、コロナ禍が可視化させ、さらに拡大しているとも言えますね。 資本の本質は、流動性です。常に動きがなければいけない。ところがゼロ金利社会になった今の日本では、労働者の賃金に不当に手をつけることで資本を蒐集(しゅうしゅう)している。非正規雇用という隠された賃金搾取が、市民中間層の破壊を招いているのです。コロナ禍による失業や倒産でそれがあらわになりました。一方で、日本の富裕層上位50人の総資産額は、昨年より48%も増えています。こうした格差拡大は、資本主義の暴走の結果です。 磯田:そんな日本も行政と経済では、この150年で成功したはずでした。イギリスもそのはずでした。ところが今回のコロナ禍では、イギリスは感染まん延を抑え込めたニュージーランドをうらやましがっています。日本は台湾がうらやましい。1人当たりのGDPが購買力平価で台湾に追い抜かれ、コロナ後には韓国にも?という状況です。自信を失い、人心がすさむと、ヘイトのようなゆがんだ差別や排外主義が生じやすい。今はパンデミックでむしろ世界協調、国際貢献が必須の時代。理性的に日本の国力維持を考える必要があります。第1次世界大戦後のヒトラーのドイツみたいにならぬよう。 古川:私もそれを最も危惧しています。日常をおびやかす危機は人々の不安感を高めます。すると、普段は気にならないことにも過剰反応してしまう。コロナ禍における差別や中傷がその実例です。たかが言葉だと放っているうちに、いつしか後戻りできない世界大戦へと突入してしまった100年前の歴史を、私たちは何度でも思い出すべきです。 磯田:いかに現実を冷静に受けとめるかが、ますます重要になりますよ。 古川:その通りです。危機の根はいつの時代も日常にあるのです。人々に広がる不安をどう鎮めるか。今こそ政治がその役割をきちんと果たしているかが問われています。「こんなに自分たちは我慢しているのに、政治は何をやってるんだ」という多くの国民の声は、状況が切迫していることを如実に示しています。 水野:大多数の中間層を救うために、資本主義経済は何ら役割を果たせていません。昨年、コロナ下で世界のビリオネア(最富裕層)の総資産額が、過去最高の10兆2千億ドルに達したと報道されましたよね。 古川:はい、各国金融界で、行き場のないお金が株式市場に流れ込んでいます。コロナバブルと呼ばれるゆえんです。 水野:2020年の春から夏にかけてだけでも、27.5%も資産を増やしています。しかし、このパンデミックで、10兆ドルの半分である5兆ドルでも寄付があった、というようなニュースはちっとも聞こえてきません。16世紀末にイギリスの海軍提督に上りつめたドレイクでさえ、海賊時代に強奪した巨額の富の半分を国家に寄付したというのに。 持つ者と持たざる者の差が危機的状況でも一切変わらず、むしろ拡大しているのです。働く人々をオンライン業務ができる人とできない人に分けて、最前線で感染の不安に対面している人らを赤字や廃業に追い込んでいる。「やりたい放題の資本主義」の猛威に対し、労働力を担う中間層はなすすべもない、というのが現実なのです。 磯田:分厚い中間層を持つことが日本の強みになっていたのは、1980年代までです。識字率が高く、マニュアル通りに上手に物事をこなす人々が工場型経済を支え、「1億総中流」、有配偶率の高い均質的な昭和の家族社会を実現した。原型は、江戸時代の小農民自立でつくられ、背後には「家意識」があったわけです。 ところが今や、異なる経済段階に入り、日本人の均質・横並び・指示待ち体質が衰退要因にもなっています。例えば娯楽やサービス業では、「他と異なる」ことで価値が生まれます。人種・ジェンダー・知識・趣向の雑多性、多様性が競争力の源になるわけです。教育面から根本的に変えていかないと、衰退は止まらないでしょう。 古川:こんな危機になってもまだ「変わらない」「変えられない」理由は何だとお考えですか。 磯田:それは、日本人の「見立て」の習性です。それも事実やリスクを直視せずに、都合よく安易な方向にみなしてしまう傾向がある。戦時中は「神風が吹く」。クリーンエネルギー推奨時は「原発事故は起きない」。コロナも同様です。Go Toキャンペーンでも五輪開催でも、「感染は広がらない」と見立てて既存路線を変えない。 日本人が勝手に見立てても、ウイルスは物理現象。感染は起きます。現に変異株も日本国内に広がっています。コロナ対策では現実をみて嫌でも苦しくても実効ある新しい手を打つべきです。 古川:起きてほしくないことは起きないことにして、現実を見て見ぬふり、聞いて聞かぬふりをする。そうした日本人の習性は戦前から続いていますね。それこそ山本七平の名著『「空気」の研究』で「今では空気への抵抗そのものが罪悪視されるに至っている」と指摘された日本の弱点そのものです。結局、どうしようもない局面になってようやく重い腰を上げてかじを切る……。そうした状況に追い込まれない限り、自発的に変えられないんです。 磯田:でも、最悪になる前に変えるのがいいのは言うまでもありません。外圧なしに変貌(へんぼう)できた例は、鎌倉武士が鎌倉幕府を樹立した、あの一度きりかな、と思うこともあります。「土地」と「家」に対する強いこだわりが、内発的変化を引き起こしたのだと思います。でも今や、土地に対してそれほどの執念は持てない時代です。自発的に変わるには相当の自覚と覚悟が要ります。 (構成/大場葉子) 磯田道史(いそだ・みちふみ) 1970年、岡山県生まれ。国際日本文化研究センター教授。慶応義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。著書に『歴史の読み解き方』『無私の日本人』など。 古川元久(ふるかわ・もとひさ) 1965年、愛知県生まれ。東京大学法学部卒業後、大蔵省(現・財務省)入省。96年、衆議院議員選挙初当選。以降8期連続当選。著書に『財政破綻に備える』など。 水野和夫(みずの・かずお) 1953年、愛知県生まれ。法政大学教授。早稲田大学政治経済学部卒。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。著書に『資本主義の終焉と歴史の危機』など。
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最終更新日
2021.06.08 22:55:26
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