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新型コロナの起源、WHO報告書の4つの可能性をあらためて検証する 6/7(月) 18:15配信 ナショナル ジオグラフィック日本版 文=AMY MCKEEVER & MICHAEL GRESHKO/訳=桜木敬子 野生動物による感染から流出説まで、米バイデン政権が詳しい調査を指示 ウイルスのルーツをたどるには、何年もかかるのが普通だ。報告書ではその起源はほぼ明らかにされていないものの、「あるシナリオが他のシナリオよりも可能性が高いと言えるだけの十分な証拠はあると思います」と専門家の1人は言う。(NIAID) 6月6日時点で1億7200万人以上が罹患し、370万人の命を奪った新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。原因となるウイルスは、どのような経路をたどって動物から人間へと感染したのか。その起源を探る調査が続けられている。 米バイデン政権は5月26日、国内の情報機関に対し、動物からの感染から新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を含む野生由来のサンプルを研究していた実験室からの流出した可能性まで含めて、経路をより詳しく調べるように指示した。 これまで、新型コロナウイルスの起源について行われた最大の調査報告は、3月30日に世界保健機関(WHO)が発表したものだ。このときは国際的な研究者チームが中国を訪れ、最初のアウトブレイク(集団感染)につながった可能性がある4つの経路を調査した。 しかし、それから数週間のうちに、世界各国の政府は、調査員が完全なデータにアクセスできなかったことに懸念を表明した。科学者たちもまた、ウイルスがどのようにして発生したのかについて、この報告書ではほとんど明らかになっていないと述べている。 研究者がウイルスのルーツをたどろうとしても、何年もかかるのが普通であり、すぐに決定的な答えを出すことは不可能だと、米ジョージタウン大学医療センター国際保健科学・安全保障センターのウイルス学者、アンジェラ・ラスムセン氏は言う。しかし、今回のケースでは、「あるシナリオが他のシナリオよりも可能性が高いと言えるだけの十分な証拠はあると思います」という。 研究所流出説が再び注目を集めるいま、WHOの報告書で示された4つの説に関する証拠と、新型コロナウイルスの起源として専門家がそれらをどう捉えているかをあらためて見てみよう。 1. 自然宿主である動物から直接ヒトへ感染した ■WHOの評価:「可能性がある~可能性が高い」 1つ目の説は単純で、新型コロナウイルスが動物(おそらくコウモリ)において発生し、それが人間と接触して感染、人間の間で広がり始めた、というものだ。 WHOの報告書では、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行を引き起こしたウイルスを含め、人間に感染するコロナウイルスのほとんどが動物由来であることを示す強力な証拠が引用されている。コウモリが原因だった可能性が高いとされているのは、新型コロナウイルスと遺伝的に近いウイルスをコウモリが保有しているからだ。 報告書では、センザンコウやミンクから広まった可能性も認めている。しかし、英グラスゴー大学でウイルスゲノミクス・バイオインフォマティクス(生命情報学)分野を率いるデビッド・ロバートソン氏によれば、WHOの共同チームは報告書の作成にあたり、コウモリ以外にも多くの動物のサンプルを採取しているという。そのうえで、分析の結果、コウモリが病原巣(自然宿主)とされた。 「そうなると、問いは、コウモリから人間にどうやって感染したのかということです」と同氏は言う。「誰かがコウモリのいる地域に行って感染し、それから武漢行きの列車に乗ったのでしょうか」 コウモリから人間に直接感染する可能性はある。中国南部の雲南省で、コウモリが生息する洞窟の近くに住んでいる人は、コウモリのコロナウイルスに対する抗体を持っているとの研究結果がある。しかし、ほとんどの人は、コウモリ研究者(通常は防護服を着用)でもない限り、コウモリのそばに長くいることはない。そのため、コウモリから人間に直接ウイルスが感染したのだとすれば、雲南省のコウモリの洞窟から2000キロ近く離れた武漢で最初の流行が起こるのは不思議と言える。 さらに、報告書によると、コウモリが保有する近縁のコロナウイルスでさえ、SARS-CoV-2に進化するには数十年かかるはずだという。ミッシングリンクとなるようなウイルスが他に発見されていないため、WHOチームはこの説を「可能性がある~可能性が高い」としている。 2. 中間宿主の動物を介して人間へ ■WHOの評価:「可能性が高い~非常に可能性が高い」 コウモリが直接人間に新型コロナウイルスを感染させた決定的な証拠がないため、最初にミンクやセンザンコウなどの別の動物を介して感染したとの説がより有力だと科学者たちは考えている。人間はこれらの動物にコウモリよりずっと頻繁に接触する。農場で飼育されていたり、違法な野生動物の取引で売買されていたりする場合はなおさらだ。 もしウイルスが他の動物に感染したのであれば、人間に害を及ぼすようになった理由も説明できるかもしれない。ただ、ロバートソン氏は、ウイルスが大きく変化する必要はなかっただろうと言う。ゲノム解析によると、新型コロナウイルスは人間だけに適応しているわけではないことが示唆されている。だから、センザンコウやミンクにも、ネコにも、同様に感染する。 WHOの報告書は、これまでに知られているコロナウイルスが人間に感染する際の道筋が、このパターンだったと指摘している。例えば、2002年に流行したSARSウイルスは、コウモリからハクビシンを介して人間に感染したと考えられている。一方、MERS(中東呼吸器症候群)の原因となるウイルス(MERS-CoV)は、自然宿主についてまだ完全には明らかになっていないとはいえ、中東全域のヒトコブラクダから人に感染する。 SARS-CoV-2が同じコロナウイルスの一種であるSARSやMERSのウイルスと似ているということは、初期の感染経路も似ていたのではないかと考える根拠になると、米ジョージタウン大学医療センターの感染症の非常勤教授、ダニエル・ルーシー氏は言う。 「肺炎、全身の病気、そして死をもたらすコロナウイルスが3種類あるということになります。これまでのウイルスは序章だったわけです」 しかし、この説が成り立つとしても、中間宿主である動物が何であったかは明らかになっていない。WHOのチームは、中国全土の何千もの家畜から採取したサンプルを分析したが、そのすべてがSARS-CoV-2陰性だったという。だが、WHOのチームは中国の養殖ミンクを十分に検査していないとルーシー氏は指摘している。そして、ラスムセン氏によれば、WHOの調査は表面をなぞっただけであることを報告書も認めているという。 「調査されたのは、中国で養殖、捕獲、輸送されている動物のごく一部です」と同氏は話す。「十分なサンプリングにはほど遠いと思います」 3 冷蔵・冷凍食品からの侵入 ■WHOによる評価:「可能性がある」 もう1つの説は、ウイルスがコールドチェーンと呼ばれる冷凍・冷蔵食品の流通経路を経由して人間に持ち込まれたというものだ。新型コロナウイルスが中国以外の国で発生し、食品パッケージの表面または食品自体に付着して輸入された、とする説だ。 この説は、昨年の夏に、中国で何度かアウトブレイクが発生した後に広まった。その後、新型コロナウイルスは低温下でより長く生存できることを示唆する証拠も出てきている。 しかし、コールドチェーンが新たな流行の発生に一役買った可能性はあるものの、パンデミックの起源がコールドチェーンにあると考える根拠はほとんどない、と科学者たちはみる。新型コロナウイルスが食品から広がったという直接的な証拠はなく、ラスムセン氏はまた、同ウイルスが物の表面から感染することは稀だとも述べる。 「不可能ということではありません」と同氏は言う。「可能性を排除することはできませんが、この説を支持する根拠が特に有力だとは思えません」 ラスムセン氏によれば、ウイルスが食料の生産から販売までの過程で広がる経路としては、人間が食べるために飼育された野生動物を介して広がる可能性の方があり得るという。これは中間宿主説の領域に入ると同氏は話す。 コールドチェーン説は、中国から他の国に疑いの目を向けさせるための主張だとみる評論家もいる。ルーシー氏は、調査が行われた4つの経路の中で、これが最も可能性が低いと考えている。ヨーロッパやその他の国から輸入されるまでの間、包装資材の上でウイルスが生存し続けることはあり得ないというのだ。また、なぜこれらの感染症が他の地域ではなく武漢で発生したのかも疑問だという。 「私に言わせれば、荒唐無稽な話です」 4. 研究所からの流出 ■WHOによる評価:「極めて可能性が低い」 新型コロナウイルスの起源に関して最も議論を呼んでいる仮説は、コウモリのコロナウイルスを研究している武漢の研究所からウイルスが漏れたというものだ。現段階では、流出事故説を支持する証拠、否定する証拠のいずれも十分でないと科学者たちは指摘している。 流出事故説には、研究者が実験室で誤って感染したというものと、研究者がSARS-CoV-2の系統を人工的に作りだしていたという2つのバージョンがある。後者の「人工的に作り出した」説は、今のところ研究者たちによって完全に否定されている。遺伝学的に見て、自然に発生したウイルスであることが分かっているためだ。WHOが調査したのは、野生のサンプルを研究していた研究所から、ウイルスが誤って漏れた可能性だ。 武漢ウイルス研究所では、人獣共通感染症の人間への感染を防ぐ研究が行われており、その一環として、SARS-CoV-2に96.2パーセント一致し、最も近縁なコウモリ由来のコロナウイルスRaTG13の塩基配列が決定されていた。また、武漢市疾病対策センターが運営する別の研究所でも、コウモリのコロナウイルスの研究が行われていた。 WHOの報告書によれば、過去に研究所からウイルスが流出することはあったものの、そうした事故は稀であるという。また、武漢のどの研究所においても、2019年12月に新型コロナウイルス感染の最初の症例が診断される前に、SARS-CoV-2に近いウイルスが扱われていた記録はなく、またスタッフが新型コロナウイルス感染症らしき症状を報告したこともないという。 5月23日、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、武漢ウイルス研究所の研究者3人が、2019年11月に病院で治療を受けたという情報を米国が入手したと報じた。これが、1月にトランプ政権の国務省が行った主張につながった可能性がある。ただし、国務省は武漢の研究者の症状が 「新型コロナウイルス感染症と一般的な季節性疾患のいずれにも一致する」とも述べていた。 ルーシー氏は4月、WHOの報告書が発表された際、動物から感染するより可能性は低いものの、流出説にもっともらしさはある、と語った。武漢の研究所に対する法医学的な調査が行われていないことを指摘して、同氏は次のような疑問を呈している。すなわち、そうした調査を行う権限も、それを実行するための専門知識を持ったチームメンバーもいないのに、なぜWHOは今回のチームに研究所を調査させたのか、だ。 ラスムセン氏もこれに同意する。「今回の報告書の内容では、研究所からの流出説が正しいと証明することも、正しくないと証明することもできません」。この問題を解明するには、新型コロナウイルスの祖先にあたるウイルスを探すために、法医学的見地から研究所の記録を監査する必要がある、と同氏は指摘する。「ただ、流出説は、絶対にないとは言えませんが、可能性は低いというのが私の意見です」 新型コロナウイルスが遺伝子操作の結果であるという証拠はないし、偶然に作られた可能性が高いわけでもない、とラスムセン氏は説明する。コウモリから人間に感染するほどの強いウイルスを培養することは、非常に困難だというのだ。一方、同じようなウイルスは自然界には普通に存在するので、そちらである可能性のほうがはるかに高い。 ロバートソン氏いわく、研究所からの流出説を支持する人たちは、新型コロナウイルスが自然界で発生したものにしてはあまりにも迅速かつ効率的に人間の間で広まったと主張している。しかし、ゲノム調査が示すように、このウイルスがそもそも多くの動物の種に感染するものであれば、人間への感染が非常に効率的に起こっていることは驚くに値しない、と同氏は言う。 「人間に感染するために、大きく変化する必要はなかったということだと考えられます」 起源解明へのロードマップ WHOの報告書は、新型コロナウイルスの起源についてあまり明らかにしていないかもしれない。ロバートソン氏によれば、この報告書は、長くかかる可能性のあるプロセスのほんの始まりにすぎない。しかし、より厳密な追跡調査を開始することは、公衆衛生上の急務であると同氏は言う。「SARS-CoV-2に非常に近いウイルスが、どこかに存在しているのです。それが恐ろしいことなのです」 WHOの報告書は、ウイルスの起源を明らかにするさらなる研究のロードマップを示しているとラスムセン氏は言う。報告書では、農場などで飼育されている動物の監視を強化して、ウイルスの感染源や中間宿主となる可能性のある動物を特定することや、中国国内だけでなく東南アジアなどでも近縁のコロナウイルスが広まっていることから、コウモリのサンプリングを強化することを推奨している。また、新型コロナウイルス感染症の最初の症例について、詳細な疫学調査を行うことも推奨されている。 アウトブレイクがどのようにして起こったかを知ることで、科学者や政府は、動物や食料の流通経路における感染の監視や、研究所における安全基準を改善して、感染防止策を強化することができる。 「このパンデミックの理由を説明してほしい、誰かが責任を取るべきだ、との一般的な認識があるようです」とラスムセン氏は語る。「しかし、私たちが原因を解明しなければならない理由は、このようなパンデミックが再び起こらないようにするためです」
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最終更新日
2021.06.08 23:00:47
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