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2022.03.08
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​「プーチン失脚」に賭けたドイツの決断、「脱原発」も“やむを得ず”お預けか
3/4(金) 6:04配信
川口 マーン 惠美(作家)
現代ビジネス
 「我々は時代の転換を迎えている。これは、それ以後の世界はそれ以前の世界とは同じものではなくなるという意味だ」
 2月27日、日曜日の午前、緊急に招集されたドイツの臨時国会の演壇で、ショルツ首相が決然とそう言い放った。そして、ドイツがドイツたらんとして戦後70年ずっと掲げてきた信条を、こんなものは現実に合わないと言わんばかりに、あっさりと捨ててしまったのだ。このインパクトは大きかった。
 実は、この日の国会は最初からドラマチックだった。まず、開廷時に国会議長が2階の傍聴席にいたウクライナ大使を紹介すると、議員の間から拍手が沸き起こり、そのままAfD(ドイツのための選択肢)以外の全ての議員が立ち上がって、2階の大使を見上げながらの拍手が続いた。
 その拍手の中、やはり傍聴席にいたドイツ大統領がウクライナ大使に歩み寄り、大使をしっかりと抱き締めた。議会場の雰囲気は一段と高揚し、スタンディング・オヴェーションが続いた。ドイツ人とは、こういう芝居掛かったことをまるで恥ずかしがらずに本気でできるロマンチックな人たちなのだ。
 この日のショルツ首相は、戦争に突入したのはドイツかと勘違いするほど悲壮な面持ちだった。そして、その彼が、戦後のドイツがさまざまな試行錯誤によって選んできた安全保障の方針を、180度転換させる内容を発表した。
 それは時代の転換というより、戦後レジームの転換といったほうがよいかもしれなかった。しかも、その転換のスピードの何と迅速だったこと! 
国防費の増強と武器の輸出
 では、ショルツ首相は何を言ったのか? 
 まず、注目すべきは、「2022年の予算から1000億ユーロ(約13兆円)を国防の強化のために追加投入する」(昨年度の国防予算は470億ユーロだった)。そして、それにより、国防費をNATOの決まり通りGDP比の2%台に乗せ、しかも、今後はそのパーセンテージを維持していくとした。
 現在のドイツの国防費はGDP比で約1.5%。米国が前々からその増額を強く求めていたにもかかわらず、豊かな国であるはずのドイツは一度もそれに本気で取り組んでこなかった。しかし今、ロシア軍の行動を見て、ドイツは突然、安全保障のためには強い軍隊が必要だということに目覚めたのか。
 しかも、最大のインパクトは、これを断行しようとしているのが、社民党政権であるというところだ。社民党は戦後70年間、平和主義を掲げ、戦争反対、武装反対、武器の輸出反対を唱え、ドイツの軍備の増強をひたすら妨害し続けてきた。
 当然、新政府の方針もそれに添い、紛争地に殺傷武器は送らない方針を固持。ウクライナに対しても軍用ヘルメット5000個を提供すると言っただけで、リトアニアが、かつての東独製(! )の旧式の武器をウクライナに渡そうとしたのも妨害したほどだった。
 緑の党はこの傾向がさらに強く、憲法9条があれば敵は攻め込んでこないと信じている日本人と似ているとさえ言えた。だからこそ、ショルツ首相とベアボック外相(緑の党)は24日にロシアがウクライナに攻め込んだ後でさえ、「それでも我々は武器の供与はしない」と胸を張っていたのだ。
 ところが、26日の夜、ショルツ首相は突然、態度を翻した。そして前述の通り、翌日の臨時国会でのビックリスピーチ。続いて演壇に立ったベアボック外相も、「ウクライナの民主主義が踏み躙られているのを見過ごすわけにはいかない」として、政府の方向転換を正当化した。
 まずは対戦車兵器1000台、携帯式の地対空ミサイル500発や、装甲車14台などを速やかにウクライナに送る予定だという。
「プーチン失脚」に向けた決断
 ショルツ氏の決断はそれだけではなかった。ロシアを経済的に締め付けるため、国際決済網SWIFTからロシアを排除しようとする輪への参加である。
 これは、ロシアに対する一番効果的な制裁といわれ、だからこそ、ドイツ政府はこれまで懸命に避けてきた。そんなことになれば、ドイツはロシアから輸入するエネルギーの代金を決済できなくなり、その結果、ロシアからのエネルギーが止まり、ドイツ経済が破綻するからだ。
 ただ、ドイツ政府は26日、自分たちがEUで四面楚歌状態に陥ってしまったことに気づいた。そこで足並みを揃えざるを得なくなったわけだが、正確には、ドイツはこの時点では、ロシアにエネルギー代金を支払う手段を、ギリギリ確保していた。苦渋の決断であった証拠だ。
 なお、ドイツの躊躇のもう一つの理由は、ロシアを追い詰めすぎることを嫌ったのだろうと、私は思っている。しかし、結局、これも内外の意見に押し切られ、この日、ドイツはプーチン失脚に向かって思い切り舵を切った。
 いずれにせよ、臨時国会でショルツ首相がこれらを説明し終えると、再び、多くの議員が立ち上がり、真剣な表情と長い拍手でそれに答えた。「どんなに困難でも、我々は正義を遂行する!」と言わんがばかりの雰囲気は、2011年6月、超党派で脱原発を決めた日の国会のそれとまさに瓜二つだった。
 その日の夜のARD(第一テレビ)のニュースでは解説者が、「歴史的という言葉は無闇に使ってはいけないが、今日こそこの言葉がふさわしい」と、やはり感動的に語ったが、これも当時とそっくりだった。
 ただ、先週も書いた通り、2020年、ドイツの輸入ガスにおけるロシアシェアはすでに55%を超えている。それだけではない。ドイツは原油と石炭も、それぞれ34%、45%がロシア産だ。
 これほどロシアのエネルギーに依存している国は、EUには他にない。なのに、ロシアからの輸入がストップすればどうなるかということが、国民には説明されなかった。このままでは、ドイツ人は、自分達は正しいことをしていると信じたまま、時速100kmで壁に向かって突進していく。
 激突を回避するには、政府が言っているように「水素など新しいテクノロジーを開発し、再エネをもっと拡張する」などという悠長なことでは、もちろん間に合わない。
エネルギー政策を修正する好機
 ドイツでガスがここまで逼迫したのは、実は、プーチン大統領のせいでも、ウクライナの戦争のせいでもない。ドイツの掲げてきた「エネルギー転換政策」が、そもそも物理的にも、経済的にも、安全保障の観点においても、全く辻褄が合わなかったせいだ。
 ここ10年来、原発を減らし、石炭火力を減らし、莫大な資金を投入して再エネを増やしてきた。ところが、再エネの発電効率は悪く、しかも去年は風もあまり吹かなかったため、結局、需要が天然ガスに集中して価格が高騰した。
 しかし、それにもかかわらず、ドイツは昨年の大晦日に、残っていた原発6基のうちの3基を止めたのだ。今年からは、消費者のガス価格は平均6割も上がっている。こう見ていくと、ドイツのエネルギー政策は1から10まで自滅政策だ。
 さらに3月1日には、ロシアとドイツを直結する頼みの綱の海底ガスパイプライン「ノルドストリーム2」が、一度も稼働することなく破産手続きに入った。温存するには、すでに周りからの圧力が大きくなり過ぎていた。
 いずれにせよ、ドイツが早急にエネルギー政策を修正しなければならないのは、とうの昔からわかっていた。しかし、これまで世界に誇ってきた自国の「エネルギー転換」政策が、実は間違いでしたとは、いくら何でも言えない。
 ドイツ政府の苦悩は大きかったはずだ。だが、その時、プーチン大統領のウクライナ侵攻が起こった。
 当初、どちらかというと様子見に徹していたドイツだが、プーチン大統領が想定外の苦境に陥ったことに気づいた途端、果敢に欧米と足並みを揃えた。一歩間違えば、エネルギーの途絶に繋がりかねない行動であるが、ドイツはおそらく「今」を、政策を修正する好機と見たのである。
 ショルツ首相の「時代の転換」宣言の後、経済・気候保護大臣のハーベック氏(緑の党)は間髪を入れずに、原発の稼働延長や、脱石炭火力の期日の後ろ倒しの可能性を俎上に上げた。プーチン大統領の未曾有の横暴のせいで、やむを得ず必要になった修正のように、それは聞こえた。
ドイツ国民を待ち受けるは茨の道
 ただ、修正が効果を表す前に、少なくともしばらくの間、エネルギーはさらに高騰し、インフレが起きるだろう。この責任を誰が引き受けるのかということで、政府内ではいわゆるババ抜きが起こっている。そして、社民党と緑の党がババを押し付けようとしているのが、もう一つの連立政党である自民党だ。
 自民党は元々、緑の党とは犬猿の仲で、緑の党贔屓の多い主要メディアとも相性が悪い。党首のクリスチャン・リントナー氏は現在、財務大臣で、以前、石炭火力の急激な縮小はドイツのエネルギー供給を不安定にすると主張したため、石炭ロビーの回し者としてメディアから袋叩きにされた。ドイツではこれまで、その類の意見は全て潰されたのだ。
 去年の選挙では、リーマンショック、ギリシャのユーロ危機、難民、コロナと、際限なく膨らみ続ける財政に規律をもたらそうという意気込みで新政権に加わったが、皮肉なことにその彼が、軍備増強のための巨大な特別会計や、これまでのエネルギー政策の歪みが引き起こすインフレの後始末を引っ被ることになりそうだ。
 27日のARDが組んだ特番にリントナー財相が登場した時、司会者は意地悪く、「さて、これら多くの劇的な政策変更を支払う人、リントナー大臣です」と紹介した。それに対してリントナー氏は厳しい表情で、「支払わなければならないのは、しかし、国民です。私の役目は、責任を持って国民のお金を運営することです」と反論した。正論だが、国民があまり聞きたくない言葉だろう。
 自民党は、増税はしないという公約を掲げて当選した。しかし、では、この危機をどうやって乗り越えるのか。就任したての財相と国民の前にあるのは茨の道だ。しかし、国民はまだその深刻さにしかと気づいてはいない。
 一方、ベアボック外相は、財政もエネルギーもどこ吹く風、ウクライナからの難民は一人残らず受け入れると言って、人道に篤いドイツ国民の良心を揺さぶっている。3月2日の国連の緊急総会では、その彼女がドイツの顔として、ロシアに対する壮絶な非難スピーチを行い、ドイツの態度を世界に知らしめた。
 はたして欧米は、ロシアを徹底的に潰すと決めたようだ。しかし、欧米にも、おそらく自国の国民にも追い詰められつつあるプーチン大統領が、そのまま引き下がるとも思えない。頭上に黒雲が迫っているような不気味な思いを、私は振り切る事ができない。
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最終更新日  2022.03.08 12:55:18
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