ウクライナ危機で激変する世界の天然ガス市場 藤 和彦 (藤 和彦:経済産業研究所コンサルティング・フェロー) 10/25(火) 11:01配信 ノルウェーの調査企業ライスタッド・エネジーによれば、米国の液化天然ガス(LNG)の今年(2022年)1~9月の輸出量は前年比13%増の6190万トンとなった。 欧州向けの輸出が急増した(前年比2.6倍の3510万トン)ことから、昨年首位の豪州(6060万トン)、同2位のカタール(6010万トン)を上回り、米国は史上初めて世界一のLNG輸出国になる可能性が高まっている。 バイデン大統領は今年3月、「欧州向けのLNG輸出を前年比1100万トン増加させる」と表明していたが、1~9月だけで前年に比べて2160万トン増加し、公約ベースを既に大きく上回っている。 ■ 「ノルドストリーム」に前例のない損傷 国際エネルギー機関(IEA)によれば、欧州がロシアからパイプラインで輸入する天然ガスは今年、前年比45%減の800億立方メートル(4780万トン)となる。米国産LNGの増加分がロシア産パイプラインガスの減少分の半分を補っている構図だ。 欧州の天然ガス輸入に占めるロシア産のシェアは、昨年の4割から足元では9%まで低下しており、「脱ロシア化」はさらに進む可能性が高い。9月27日、ロシア産天然ガスをバルト海経由で欧州に輸送する海底パイプライン「ノルドストリーム」に前例のない損傷が生じたからだ。損傷は「ノルドストリーム1」で1カ所、「ノルドストリ-ム2」で3カ所確認されている。 ロシアは6月以降、ノルドストリーム1を経由したガス供給量を大幅に削減し、タービン設備の保守作業などを理由に8月末から供給を完全に停止している。2021年秋に完成したノルドストリーム2については、ドイツ政府が2月下旬、ロシアのウクライナ侵攻を理由に稼働開始を見送っている。このため、ガス漏れ事故により欧州へのガス供給に影響は出ていないが、損傷の原因究明方法を巡って欧州とロシアの間で対立が生じており、ノルドストリームの全面復旧の時期は見通せない状況になっている。 ロシアのプーチン大統領は、昨年末に完成したノルドストリ-ム2による欧州への天然ガス供給に期待を寄せていたが、その考えを変えざるを得なくなっている。 ■ 時間がかかる「トルコストリーム」の拡張 プーチン大統領は10月13日、トルコのエルドアン大統領とカザフスタンの首都アスタナで会談し、トルコ経由の天然ガス輸出を増加させ、トルコを新たな「ハブ」とする案を提案した。 ロシアから黒海経由でトルコに向かうパイプライン「トルコストリーム」(輸送能力は315億立方メートル)を拡大し、トルコに新設する輸出拠点からLNGに変換して船で欧州に天然ガスを輸送する構想だという。 トルコのエルドアン大統領は10月19日、「ロシア産ガスを欧州に供給するための国際ハブがトルコ領内に創設される」と発表した。 現在、ロシアから西側に向かう天然ガスパイプラインの中で稼働しているのはトルコストリームのみだ。ロシア国営ガスプロムのミレルCEOは10月16日、「稼働再開が見通せないノルドストリーム向けの天然ガスをトルコストームに振り向ける」と述べているが、トルコストリームの拡張には時間がかかる。当分の間、ロシアからの欧州への天然ガス輸出は低迷を続けることになるだろう。 ■ 主役の座に躍り出たLNG、アキレス腱はコスト高 一方、欧州特需に沸く米国ではLNG関連の増産投資が相次いでいる。ロシアからのパイプライン輸出が減少し、米国からのLNG輸出が増加したことで、世界の天然ガス市場は様変わりしている。これまで世界の天然ガス輸送の9割はパイプライン、残り1割はLNGだったが、LNGがパイプラインに代わって主役の座に躍り出た感が強い。 LNGは容易に輸出先を変えることができるなどの利点があるが、コストが高いことが最大のアキレス腱だ。パイプライン輸送に比べて2倍というのが通常の相場だが、現在、欧州に輸出されている米国産LNGは大幅な割高価格となっている。 価格が高騰している欧州の今年の天然ガス需要が前年に比べて10%減少するなど、世界の天然ガス需要は減少気味だが、IEAは「世界の天然ガス市場は来年以降もタイトな状態が続く」との見通しを示している。 欧州がLNGを「爆買い」しているせいで米国から日本などアジア向けの輸出(1~9月)は前年比5割減の1350万トンとなっている。中国をはじめアジアの電力・ガス企業が調達したLNGを価格の高い欧州向けに転売したことが影響している。 ■ 日本のLNG安定確保に黄信号 世界有数のLNG輸入国である日本の安定確保にも黄信号が灯っている。 日本にとって最大のLNG輸入国である豪州でLNG輸出規制の動きが起きている。豪州政府が9月末にLNG輸出規制を見送ったことで事態の悪化は回避できたが、今後も予断を許さない状況が続くことが予想される。 輸入第2位のマレーシアでも問題が発生している。10月に入り、国内の生産設備の主要なパイプラインでガス漏れのトラブルが発生、この問題が長期化すれば、日本へのLNG供給に支障が出るリスクが生じている。 輸入第3位のカタールからの安定供給もおぼつかなくなっている。深刻な天然ガス不足に悩むドイツなどが猛烈な購入攻勢をかけていることから、今後輸出先が変わってしまう可能性は排除できない。 このような情勢を踏まえ、政府は10月13日、経済安全保障推進法に基づき安定供給を目指す「特定重要物資」の1つにLNGを指定する考えを明らかにした。原油と異なり備蓄が難しいLNGを緊急時でも持続的に確保できる仕組みを設けるとしている。 ■ 世界で天然ガスが不足、サハリン産LNGを日本に 日本と「目と鼻の先にある」ロシア極東のサハリンでも気になる動きが生じている。 プーチン大統領は10月7日、資源開発プロジェクト「サハリン1」について、新たに設立する会社に事業をすべて移管する旨の大統領令に署名した。 日本に年間900万トンのLNG(輸入シェアの9%)を供給する「サハリン2」でも同様の動きがあったが、三井物産と三菱商事が新たな運営会社への参画を申請し、ロシア政府がこれを承認したことで事業継続が確定した。政府はサハリン1についても権益を維持する方針だ。 注目すべきは、サハリン1にもサハリン2と同様、膨大な天然ガス資源が眠っていることだ。 サハリン1の運営主体(オペレーター)だったエクソンモービルは、「日本にパイプラインで天然ガスを輸送する」ことに固執した。そのため、サハリン1の天然ガス生産は暗礁に乗り上げてしまっていた。 生産地と消費地の距離が近ければパイプラインの方が経済的だ。たしかにサハリンからはパイプライン輸出の方が望ましい。しかし、ロシアのウクライナ侵攻後、世界はLNG争奪戦の時代に入ったと言っても過言ではない。 パイプラインで欧州に天然ガスを輸送することが困難になりつつあるロシアは、LNGの輸出にも積極的になっている。エクソンモービル撤退後のオペレーターにロシア国営ロスネフチの子会社が決定したことで、筆者は「今回の事業移管でサハリン1の天然ガスをLNGで日本に輸出する道が開けたのではないか」と期待している。 そうなれば輸送費を含めたトータルの価格が安いサハリン産LNGの輸入シェアが現在の1割から2割になることも夢ではない。「災い転じて福となす」だ。 世界全体で天然ガスが不足する中、余剰生産能力を有するのはロシアだけだ。日本は西側諸国と緊密に意思疎通を図りつつ、エネルギー安全保障、特にLNGの安定調達にとって欠かせないロシアとの関係をマネージしていくことが極めて重要なのではないだろうか。
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最終更新日
2022.10.26 05:58:13
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