テーマ:今日のこと★☆(106280)
カテゴリ:生活向上委員会
友達のやっている定期演奏会に初めて行ってきました。
クラッシックはもともと好きで、最近では殆ど家音楽はクラッシックです。 なので、誘われた時はすごく興味があって。 でも、1回目は残業に見舞われ、行く準備をしていたのに行けませんでした。 今回は、今度の日曜に、自分が担当する仕事の年間最大行事を控えていて、5月からこっち残業続きで殆どまともに家に帰れない状態が続いている上、まさに数日前ということで、前回よりも条件が悪化。 でも2回連続で断るのもイヤだったので、何とか時間を捻出して行くのだ!と、心に決めていました。 案の定、残業ナシに定時で帰るなんて不可能!な状態でしたが、最後の1時間で手が空いた人と、今日残ると腹をくくった先輩が、「人がいなくならないと腰すえてできないから」と、キャパオーバー分を担ってくれ、“とりあえずよし”なところまでこぎつけました。 のまず食わずでダッシュで会場まで行き、滑り込みセーフ。 アマオケだけど、いや、ほんとすごかった。 始まった瞬間に総毛立ち、涙が溢れてきました。 ここで自分のターニングポイントともいえる瞬間を意識できようとは夢にも思いませんでした。 この、無類の感動を味わっている自分を、ここに導いたのは他でもない自分。 自分を高める機会や環境は、案外容易く自分に向けて発信されているのではないか。 なのに、『忙しいから』『疲れてるから』『子どもが云々』と言い訳をして背を向け、道を絶ってしまうのも他ならない自分。 前回誘ってもらった時の自分には、自分で時間を捻出するという心構えが欠けていました。 時間を自分で支配できていない証拠でした。 キャパオーバー分が終わったのは同僚の支えあってこそです。 傲慢な考え方かもしれませんが、この支えの手が伸びたのは、自分の気概が強かったからなのかもしれません。(もちろん、今日何々があって、早く帰らなければいけないとは言ってません。) 時間は自分でつくるもの。 追われるものでもムダにしてしまうものでも決してない。 年間で一番苦しい時期にこんな文化的な時間を過ごすよう、自分の約束を自分が守れたこと、多分忘れることはないでしょう。 そして、人から手を差し伸べてもらえるような人間でいること、自分も差し伸べることができるような人間でいることも、胆に命じていきます。 それと、もう一つ。 これはちょっと江原さんかぶれか。(さん付けするあたり、結構洗脳されている?) このオケの友達は、長男の同級生のお母さん。 長男が1年か2年のころ、鍵を忘れて家に入れず泣いて家の周りをうろついてた時、このお母さんがみかけて家に連れて行ってご飯を食べさせてくれたってのが出会い。 仕事が終わって家に帰ると、長男が帰っておらず、真っ青になってあちこちに連絡すべく電話をかけに行ったら留守電に彼女のメッセージが入ってた(か、彼女が再度かけてくれたか。あやふや)。 あとで学校のみならず学童も一緒で、なおかつ同職とわかりました。 この最も大切な友人の一人となった彼女との出会いが、今日の自分変革につながったのかも。 もっと自己中な言い方をすれば、今日のこの日のために長男がアクションしたとさえ思えてしまいました。 まあ、それはあまりにも我の張った物言い、地球は自分の周りをまわっちょる~な話なので控えねばなりませんが、払拭しきれないのも事実。 ばかなブログですみません~とあやまってしまおう。 (ここ数日の日記も自己チユー系で、読み返しては自分で引いてます。 ) 出会いって必然なのかもしれないと強く感じた時間となりました。 さて、本日の曲目は ショスタコービチ 祝典序曲 リスト レ プレリュード ビゼー 「カルメン」より でした。 アンコールは ビゼーのファランドール と もう1曲。 吹奏楽ってすごい いい。 圧倒的な音のつなみに完全に飲まれました。 年2回あるそうなので、欠かさず行きたいと思います。 今日の分のCDが出たら、今日の自分のために買おうと思っています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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