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扉のない休憩室

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May 16, 2008
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自軍は圧倒的に不利だった。
すでにいくつもの部隊が敗走を始め陣形はがたがただ。
数に圧された。一言でいえばそうなのだろう。
勝ちようはあった。負けられない戦なのに負けてしまった。自分のせいだ。
エリフィシアは近衛兵に守られながらその場を去った。後はない。この後にあるのは防衛都市ブルヘルム,そして王都リアトリスだけだ。

「聖女エリフィシア…」

自分と同じ名を持つ伝説の姫に問い掛ける。

「国と友,どちらも私にとっては守るべきもの。あなたは友を捨てろというのか」




大勝だった。だというのにベアトリスの表情はすぐれない。

「どうかなされましたか?」

側近の一人がいつもと様子が違うベアトリスを心配してか声をかける。

「…なんでもない。ちょっと疲れているだけだ」

そういって側近に離れるようにいった。一人になりたかったのだ。
後一歩だった。大勝の戦いにおいてただ一つの悔い。
王女エリフィシアをこの目に捕らえることが出来た。なのに逃げられてしまった。
チャンスはあと二回。
おそらく次の戦いでは王女には会えないだろう。そんな余裕がないほどの激戦になるだろう。
ならば,チャンスは一回。王都リアトリスでの戦いのみ。
それまではこの地獄に身を置こう。それが自分に課す罪なのだから
剣の柄にはめられた青色の光が寂しく光っていた。





完敗だった。
自軍への被害が明らかになるたびその悲惨さに気が滅入る。
エリアは一人外で星空を見上げた。
勝てる要素はある。だがエリフィシアはそれを許しはしないだろう。
だが,それがエリアには許せない。
仮にもエリフィシアは王女,この国の命運を握っているのだ。なによりも国民,そしてこの国のために全てを捧げなくては。
なのに彼女は個人の感情でそれを拒否している。
それが許せない。だが,自分にはどうすることも出来ない。それもまた,許せない。

「お,エリアか。何してんだこんなところで」

許せないことがもう一つある。この男である。

「…傭兵部隊は被害が一番少ないから城壁外の見回りを命じておいたけど?」

「その任務が終わって休憩中なんだよ」

「だったらさっさと休みなさい。私は暇じゃないの」

「なんだ,今日はやけに刺があるな」

男はエリアの横にまで近づく。エリアは別にどこうともしない。

「こういう憂鬱な夜にあなたは毒よ,リク。思わず吹き飛ばしてしまいそう」

「そんなことしたら大損害だな。この俺がいなくなったとあれば傭兵部隊は壊滅だな」

笑いながらリクがいう。

「シュルト様がいれば大丈夫よ」

エリアも少し笑いながら応える。

「そういえばシュルト様はどうしたの?」

「あいつなら今見回り。もうすぐ帰ってくるさ」

そういって二人は黙る。
暫くの沈黙の後にエリアが先に口を開く。

「ねぇ,この戦い,勝てると思う?」

「思わねぇな」

即答した。

「勝ち目はない。このままいけば確実にあと10日以内で王城にヴィクトリアの国旗が立つさ」

全く同じ意見だった。
勝ち目の戦いに自分達は置かれているのだ。その証拠に今回の戦いで失った兵力のうち半分は逃走した兵士達だ。
誰も彼等を止めようともしなかった。みな黙って彼等を見送っていった。
知っているのだ。ここにいれば死ぬことを。だから止められない。

「ま,おまえ次第だわな」

リクはいつも話すように語る。

「私…次第……?」

エリアは困惑する。リクの言っている意味がわからない。

「おまえは俺らと違って始めからここにいた。難しい事はわからないがそれにも意味があるんだろ?」

それだけいうとエリアの隣から離れていく。

「何処ヘ行くの?」

「シュルトのところ。見回りは一人じゃ寂しいらしくてな。もうシャーリーは出発してるしな」

リクはエリアを待つ。エリアが答えを出すのを待っている。
エリアの答えなどとうの昔に決まっている。おそらく,決められていたのだ。

「私も行くわ。シュルト様が寂しいというなら何処ヘでも」

エリアは振り返る。ひとわき明るく人も多くいる館。エリフィシアのいる館。
エリアはエリフィシアを褒めたかった。そして謝りたかった。運命に従ったこと。そしてその運命から逃れることの出来ない自分を。







その日の夜四人の人間が消えた。
一人は戦士。
その勇猛さと陽気さは傭兵の中でも有名。
一人は聖職者。
若くしてその能力は高くいくつもの戦場を渡り歩き戦士達を癒してきた戦場の女神。
一人は剣士。
何処から来たのか不明。
何処へ行くのか不明。
ただその強さだけは天下に響く。
一人は魔導師。
王女の側近として,軍の策士として,王女を守る魔導師としてリアトリスに知らぬものはいない。
国に,そして王女に尽くしたこの四人が逃亡した事は軍に動揺を走らせた。
時を同じくして王女エリフィシアは防衛都市の破棄を決める。
残存兵力約6万の全てを王都アズルナグルへと置きまさに最後の聖戦へとその身を置く。






人々は信じていた。聖女エリフィシアの再来を。人々は知らなかった。聖女の元には五人の運命に縛られた人間がいたことを。
繰り返される歴史。されど同じ歴史は刻まれない。彼女は全てを知っていた。知った上で歴史に挑んだ。いつかこの運命に立ち向かえる者が来る時を祈りながら戦った。
彼女は運命に忠実だった。だが,一つだけ謎を残した。誰にも解けない謎。歴史に刻まれることのない謎。
この謎が解けたとき人は初めて運命に立ち向かえる。
人とは,そういう運命なのだ。





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最終更新日  April 13, 2012 09:17:27 PM
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