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東日本大震災では様々な噂が流れました。
NHKの爆問学問という番組によると、噂が広まるには「ことの重要さ」×「曖昧さ」だそうです。原発問題などその最たるものでしょう。その昔コレラが流行ったときも電話線を通じてうつるとデマがあったそうです。 私は寂しい性格かもしれませんが、余り人の話、マスコミなどのメディアを100%信じていません。冗談を言い合っているときは、いちいち「嘘だろ~」とはさすがに思わないですがね。 それは中学の社会科の先生が「新聞、特に社説を疑って読め」といわれたことがきっかけです。なかなか新聞を疑って読むことは当時出来ませんでしたが、今なら多少自分の考えがあり、多角的に読むよう努力しています。さらに自分の考えもフレキシブルに対応します、違っているかもしれないと一度考えて見ます。 話を聞いたそのときは「本当かな」と思うものですが、しばらくたつとなんとなく「疑わしいな」と思うことが出来ます。それはまた違う人の話やネットやメディアで違っていたと確認することが出来ます。 信憑性にかける人はアジテーショーンする人です。小泉元首相がいい例です。大げさに話す人は人に感動してもらいたい、信じてもらいたいとする余り、話に下駄を履かせがちです。 ちょっと斜に構えた、ひねくれものの私は、なんとなく最近では知らない話でもちょっと胡散臭いんなと気が付くようになりました。 なるべく話の出所を気にするようにしています。やはりソースが信憑性に足りうるものです。そこに安心はしたくはありませんが。 社風の話などその会社の本人も本当のところはなかなか分からないものです。それをよどみなくすらすら言えるということはつじつまを合わせるために話を作っているなと思います。 さすがにオイルショックは知りませんが。米不足のときも家は買いだめをしませんでした。結果米が食べられなくなってしまったのですが、本当は問屋が値を上げるために買占めし、出し惜しみをしていたためで、当時の日本人の米の消費量からしたら海外から輸入しなくても十分量だったそうです。 もちろん今回も震災の噂による買いだめはしませんでしたよ。(一時米が買えませんでしたが) 流されることは楽かもしれませんが、自分で考えないと損をすることがあるし、時には社会的混乱を招きます。やはり一人一人の自覚が大事だと思います。 内閣支持率が低いのが心配です。信用は大きいです。これがないと真実は違うのではないかとか裏があるのではと疑われてしまいます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011年05月30日 20時58分49秒
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