斎藤佑樹の真価と「江夏の21球」、そして安藤統夫の証言
■斎藤佑樹(早稲田実-早稲田大)がオープン戦に初登板した。以下、毎日新聞より。プロ野球・オープン戦日本ハム-ロッテは26日、沖縄・名護で行われ、日本ハムのドラフト1位ルーキー斎藤がオープン戦初登板した。斎藤は5-2の日本ハムリードで迎えた六回、4番手として登場した。割れんばかりの拍手でマウンドにたった斎藤は先頭の清田をファーストファールフライで打ち取った。続く大松にフルカウントから四球を与える。さらに、竹原がライト横へ二塁打を放ち、1死二、三塁のピンチ。ここで、細谷は三塁へのボテボテのゴロで三塁走者が本塁憤死。2死一、二塁となり、金沢は三塁ファールフライで、ピンチを切り抜けた。とにもかくにも初登板を無失点で凌いだらしい。ま、オープン戦の成績は良くても悪くてもあまり本番(公式戦)に関係はないが。 ■先日の日刊ゲンダイは、斎藤のピッチングの凄さを、学生時代に対戦経験のある伊志嶺翔大(現・ロッテ、沖縄尚学高-東海大)の話を引用し、「平気で捕手のサインを無視できる能力だ」という趣旨のことを書いていた。伊志嶺は、斎藤の速球、変化球がともに高いレベルにあると認めた上で、さらに優れているのは球をリリースする直前に打者を見、その瞬間に捕手の要求とは違う球を投げ分ける能力だと言っていた。つまり打者を見た瞬間に、打ってきそうだったらスライダーをワンバウンドさせたり、その逆に、打ってきそうもなかったら簡単にストライクを取りにいったり。まったく投手に打者心理を読まれたら、手の打ちようがないと嘆いていた。■この記事を読んで、ボクが思い出したのは「江夏の21球」(1979年日本シリーズ、近鉄vs広島第7戦)だ。今日のブログは「江夏の21球」のことを。当時広島の守護神だった江夏豊は、9回裏一死満塁のピンチに打者・石渡茂がスクイズの構えをした瞬間、カーブの握りのまま外角高めにウエストしスクイズを外すことに成功した。前述の斎藤と似た話だ。江夏は本当に石渡のスクイズの構えを見た瞬間に自らの意思で外したのか、もしくはただの偶然だったのか。江夏は「意図して外した」と明言したが 後日、この一球を巡って様々な論議を呼んだ。あの一球は江夏が意図したものだったのか、ただの偶然だったのか、ボクはいまだに分からないでいる。とても不思議な一球だった。この一球について書いた書物を2つ紹介したい。ひとつは山際淳司さんの有名な著書。もうひとつには、江夏の主張を裏付ける強力な証言があった。やっぱり江夏は本当にカーブを意図的に外角に外したのだろうか?まず「江夏の21球」(『スローカーブを、もう一球』に収蔵、山際淳司著、角川書店刊)。これは、江夏の主張を紹介している。以下に引用。オレ(江夏)は投球モーションに入って腕を振り上げるときに一塁側に首を振り、それから腕を振り下ろす直前にバッターを見るクセがついていた。これは阪神に入団して、3年目くらいに金田正一から教わったものである。投げる前にバッターを見ろ、相手の呼吸をそこで読めば、その瞬間にボールを外すことができる。石渡に対する2球目がそれだった。石渡を見た時、からというものだった。したがって、、石渡のバットがスッと動いた。来た!そういう感じ。時間にすれば百分の一秒だったかもしれん。いつかバントが来る、スクイズしてくるって思いこんでいたから分かったのかもしれないね。オレの手をボールが離れる前にバントの構えが見えた。真っすぐ投げおろすカーブの握りをしてたから、握りかえられない。カーブの握りのまま外した。水沼は、多分、三塁ランナーの動きを見たんやろね。立つのが見えた・・・。それがバッター・ボックスにいた石渡には信じられない。あそこからスクイズを外してくるなんて、しかも変化球で外してくるなんて・・・あり得ない。この時、江夏の球種は真上から投げおろすカーブだった。江夏はスライダー気味のカーブ、真上から投げおろすカーブの2種類のカーブを持っている。真上から投げおろす場合、手首は90度左に開いていて、その握りで直球は投げられないとも書いていた。■江夏の主張を裏付ける証言があった。昭和40年代の頃、阪神の二塁手として活躍した安藤統夫である。ある日の巨人戦の出来事を話した。その試合、マウンドに江夏、安藤が二塁を守っていた。打席には長嶋茂雄が立っていた。カウントは2ボールとなった。当時のサインは現在と比べてシンプルなもので、捕手のサインを見て内野手全員が守備位置を微妙に変えた。次の球、捕手のサインは内角への真っすぐだった。以下、『プロ野球残侠伝』(澤宮優著、パロル舎刊)。内角へ投げるのであれば、長嶋は三遊間の深いところに打ってくる可能性がある。やや二塁寄りに守備位置を安藤が移動したときだった。マウンドの江夏は、内角へのサインにもかかわらず、外角へ緩く抜いたボール球を投げた。これには守っている野手も面食らった。これは近鉄とのスクイズ外しに投げたボールと似ていた。カーブのかかった外角への山なりのボール球である。これでカウントはスリーボールになった。安藤はこの時の勝負がどうなったか忘れてしまった。だがベンチに戻ってからの江夏とのやりとりは鮮明に憶えている。安藤は江夏に言った。「お前、インサイドのサインなのに、なんでアウトコース投げたんや」江夏はコントロールのいい投手だということは重々分かっていた。それだけに失投ではないと確信していた。すべてが、江夏の意図によって投げられるはずだからである。その時、江夏はいともあっさりと答えた。「いや、ここまで(とリリースする直前)投げようと思った時、長嶋さんが、ここ(内角)へ山をはっていると感じたので、投げる瞬間に、咄嗟に外へボールを放ったんですわ」これも1/100秒単位の咄嗟の判断である。だから日本シリーズの投球を「(スクイズ外しは)あれは偶然」という人がいても、安藤はそうではないと考えている。「カーブがたまたますっぽ抜けたという人がいるけれど、ボクは違うと思う。あれ(長嶋への外し)ができる男に、バント構えた相手に外せるのは当たり前ですよ」安藤は「カーブで外した」という自説を今日まで変えないでいる。大きな傍証である。■YOUTUBEでもこの「江夏の21球」を見ることができます。興味ある方はこちらをどうぞ。今日も1クリックお願いします