【甲子園2023春】東邦と聞けば、思い出すのは昭和52年夏の決勝戦だ
25日行われた東邦ー高松商は、東邦が岡本のソロ本塁打など12安打で高松商に6―3で逆転勝ち、選抜大会の通算勝利数を中京大中京(愛知)と並ぶ歴代最多の58としました。 古豪どうしの対決。この両者の対決はこれで4度目と聞き、調べてみました。 1度目は昭和18年春の準々決勝、東邦(当時は東邦商)はエース松本貞一(のち木下姓、阪神ー名古屋)を擁して8-0の大勝。 2度目は昭和36年春の、これも準々決勝。この時東邦が1-4で敗退しましたが、現・大垣日大監督の阪口慶三さんが背番号12をつけてベンチにいました。 3度目は昭和52年夏の2回戦、この時は東邦が6-2で高松商を降しました。東邦のエースは1年生エースの”バンビ”坂本佳一(のちに法政大ー日本鋼管)と大矢正成(のちに法政大ーJR東海監督)。大矢さんは長期間にわたり、NHK高校野球中継の解説者をされていました。ちなみに・・・。東邦は高松商に勝利した後も順調に勝ち進んだものの、迎えた東洋大姫路との決勝戦にドラマがありました。伝説となった試合です。東邦 010 000 000 0 =1東洋 000 100 000 3X =4(延長10回)(邦)坂本ー大矢(洋)松本ー安井 10回裏、決勝戦史上初のサヨナラ3点本塁打を打たれて、東邦は優勝を逃してしまいました。この後、坂本は二度と甲子園の土を踏むことはなく、そして法政大に進学後も公式戦に登板することはありませんでした。 法政だし入学後は、いつも神宮の応援席から声援を送るのみ。坂本は「もし、あの決勝戦でスタンドから応援する部員の気持ちを分かっていれば、サヨナラ本塁打を打たれた不用意な一球は決して投げなかったろう」と語っていたのが印象的でした。(写真)坂本佳一投手。~『高校野球熱闘の世紀』(ベースボール・マガジン社)より~