|
テーマ:ヨーロッパ旅行(4254)
カテゴリ:旅行記
前日、イタリアに着いたという感慨もそこそこのままに慌てて就寝し、イタリア第二日目の朝。
この日はミラノとヴェネツィアを一日で観光するというなんだかとってもハードな日程。 朝ごはんを20分そこそこで済ませ、バスに乗る。 前日、空港まで迎えに来てくれたバスの運転手、フランチェスコさんに「ボンジョルノ!」と声をかけられ、あぁ、ここはイタリアなんだわ。と実感。 「ボンジョルノ!」 バスは間もなくスフォルツェスコ城に到着し、そこで10分間のフォト・ストップ。 このイタリア旅行、こんな感じで結構分刻みのスケジュールだったりするのだ。 バスから降りて、あまりの寒さに身震いしつつも、がんばってテンションを上げ、観光開始。 10分間なので、外から見ただけだったが、堅牢な外観に広大な庭園、向こうで鐘が鳴り響いていて、なんだかよくわからないけどとてもヨーロッパ的。 まさに中世のお城といった感じだ。 住居装飾はレオナルド・ダ・ヴィンチが手がけていたり、歴代の芸術家が建築に貢献しているらしい。 それから、再びバスに乗り今度はスカラ座前に到着。 おぉ、憧れのスカラ座!リッカルド・ムーティー様! とはいえ、中で美しい音楽に酔いしれるのはもうちょっと先になりそう。 名残を惜しみつつ、スカラ座前で一枚パチリ。 写真はスカラ座の前にあった看板。なんとなく。 すぐ近くにヴィットリオ・エマヌエーレ二世のガッレリアという巨大な十字型のアーケードがあり、プラダの一号店なんていうのも入っている。 「プラダに行ったんだけど閉まってて、お土産が買えなかったのよ」という証拠写真を撮るチャンスですよ!とガイドさん。 そう、まだ朝早くてお店は閉まっていたのだ。 そのすぐ近くにマクドナルドがあった。 マクドナルドといえば、赤い看板に大きなMの字。 ところが。 このアーケードにあったマクドナルドはプラダと同じ黒い看板。 なんだかちょっと重厚な感じさえ漂う。 一度入ってみたかったが、残念ながら時間がなかった…。 アーケードを抜けると、いきなり目の前に巨大な建物が。 ミラノのドゥオモである。 イタリア最大のゴシック建築であり、無数の尖塔と彫刻で飾られたその姿は、威圧的、というかものすごかった。 残念ながら一部修復中で覆いがかかっていたため、全容は明らかではなかったが、それでもすごい。 中に入ってみると、やっぱりすごかった。 もうなんというか壮麗。 日本のお寺がしーんとした中にも、どこか温かみをたたえた空間であるのに対して、この大聖堂は澄み切った冷たさの中にあった。 ま、寒かったんだけどさ。 一切衆生悉有仏性、という仏教に対して、厳然たる一神教であるキリスト教の「さが」だろうか。 気の遠くなるような天井の高さ、ステンドグラスのこの世ならぬ美しさが、いっそう冷たさを添えていた。 ミラノの観光は、あっという間にこれで終了。 今度はバスで水の都、ヴェネツィアへ。 これまた変わった街だった。 ヴェネツィアは120を超える島から成り立っており、水の迷路のような町をいくつもの橋や運河がつないでいる。 当然、バスは入れないので、水上バスに乗って到着。 まず、待ちに待った昼ごはん ミネストローネだったのだが、なんだかちょっと思ってたのと違った。 もっとトマト味がきいてるのかと思いきや、わりと塩味だけのちょっとしょっぱいスープだった。 あと、日本では当然のように出てくるお水を、わざわざ注文してお金を払って飲むというのに最初のうちは結構抵抗があった。 お昼ごはんの後は、ヴェネツィア観光の目玉、サン・マルコ広場、ドゥカーレ宮殿、サン・マルコ寺院。 ヴェネツィアの守護聖人、サン・マルコの遺骸をヴェネツィアの商人たちは、ブタの塩漬けの樽の中に詰めて持って帰ってきたとか。 う この日はカーニバルの最終日でサン・マルコ広場は異常な混み様だった。 とにかく、かばんをスラれないように気をつけつつ、ドゥカーレ宮殿へ。 地盤沈下のために、建物が傾いていたりするのだが、「500年程前から傾いているので大丈夫でーす♪」と、現地のガイドさん。 そ、そうなんですか。 ちなみにぴょんぴょんしたら、床が波打った。 これも500年前からなので大丈夫、らしい。 ドゥカーレ宮殿は、ヴェネツィア共和国の総督の邸宅兼政庁としてその歴史を刻んできた。 そのため、内部の装飾も見事だった。 日本で言えば、京都の二条城の豪華絢爛たる襖絵のイメージだろうか。 ちなみにこの宮殿、中に裁判所、その続きに牢獄まであり、牢獄に続く橋は「ため息橋」と呼ばれ、「見納めの窓」がついていた。 裁判は厳しいことで有名であり、そこで有罪とみなされたものは「見納めの窓」を眺めつつ、「ため息橋」を渡って牢獄へと入っていったそうな。 栄光と挫折。一体どんな気持ちだったのだろう。 私たちは無事、「喜びの橋」から娑婆に出ることができたので、その後サン・マルコ寺院に行こうとしたら、 「おー、しまった。寺院はもう拝観時間が終わって閉まっています」と、しゃれにならないガイドさん。 そのまま、観光コースになっているらしいヴェネツィアングラスの工房に連れて行かれた。 職人さんが、いとも容易く小さな馬を作っていくのを間近に見て、思わずおぉっと歓声を上げる。 そのまんま、二階にあるショップに連れて行かれた私たちに、おじさんが日本語でなんとも上手な営業を開始。 乗せられちゃいけないとは思いつつ、気がついたらそこでヴェネツィアングラスのペンダントとイヤリングを必死になって買っている私がいた。 いや、すっごく気に入ってるんだけどさ♪ その後、やっぱり、ヴェネツィアといえばゴンドラでしょう。ということでゴンドラに乗る。 カーニバルの熱気を離れ、水辺のゆったりとした雰囲気が私達をほっと包んでくれる。 沈み行く夕日とともに、ゴンドリエーレ達の櫓の音だけが響く。 あー、なんてロマンチックなの! よく見ると、水路に普通に交通標識とかカーブミラーとかがついている。 ごみ収集ゴンドラまであって、ほんとに生活に密着してるんだなと思う。 ヴェネツィアの人たちは、水位が上がるとえっさほいさと一階から二階にものをうつすらしい。 それにしてもなんでこんなところに街を作っちゃったんだろ。 とか言ってるうちに、しんしんと冷え込んできて、すごーく寒い。 40分あまりのクルーズは、こうして終了。 その後、再び水上バスに乗り換えて、ホテルに移動した。 昨日のミラノのホテルが若干年季が入っていたので、できてからまだ一か月という真新しいホテルに一同大はしゃぎ。 とてもファッショナブルな外観、内装で、部屋も広々、設備ももちろんきれいだった。 落ち着いたところで、レストランで夕食。 この日の夕食はとってもおいしかった。 やっぱり飲み物はミネラルウォーター。 アクア・ミネラーレ、ペルファボーレ(ミネラルウォーター、プリーズ)というイタリア語は結構初期に覚えたな。 その後、小銭を作るために、ホテルのバール(bar)でカモミールティーを飲んだ。うん、なかなかおいしい。 アルコールは、ちょっと明日に残ってしまうとしんどいので控える。 部屋に帰ってくつろぎつつ絵葉書を書いたが、切手をなかなか買わなかったため、この絵葉書は結局私と一緒に帰国した。 明日はついに憧れのフィレンツェ。 冷静と情熱の間という映画にすっかり影響された私は、ドゥオモに行くのが楽しみで楽しみで。 というわけで、この日も早く寝た。 しかし、一日長かったなぁ…。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年03月17日 00時38分16秒
コメント(0) | コメントを書く
[旅行記] カテゴリの最新記事
|