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2009.07.17
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カテゴリ:大正期・白樺派

  『愛と死』『幸福者』武者小路実篤(新潮文庫)

の2回目であります。
 でも、例によって、前回は本作感想にまで至らず、別の本のご紹介を致しておりました。この本です。

  『白樺たちの大正』関川夏央(文春文庫)

 この関川氏という方も、実に魅力的なお仕事をなさっている方ですよねー。
 どの作品がというのではなく、お仕事全体の「佇まい」が、とても魅力的であります。
 いつかまた、もう少し時間をかけて作品の分析などをさせていただきたいと思いますが、これはきっと、「時代」に対する「間合い」の取り方が絶妙なんでしょうね。
 とりあえず今はその程度に考えております。

 さて、上記の関川氏の労作について、触れ直します。
 前回記述と重なりますが、こんな内容の本です。

 芸術集団「白樺派」の領主・武者小路実篤の、文学作品ならぬ「新しい村」運動を中心に据えながら、単なる文学史的記述に留まらない、大正時代の社会風俗全般を描ききろうとする試み。

 この時代に対する、興味深い関川氏の指摘がいくつもあるのですが、一言でまとめますとこういうものですかね。

 大正期初年から中盤にかけて、時代思想の最先端の筈であった武者小路の「人道的理想主義」が、次の昭和という時代の誕生と相前後して、なぜ「社会主義」に抜き去られてしまったのか。その課程・背景そして主なる原因。

 そしてこの原因について、筆者は、21世紀の現代日本にあるほとんどすべての世態風俗の端緒が実はこの大正時代にすでに芽吹いているという視点を据えながら、何度も時代と場所をカット・バックして行きつ戻りつしつつ、広範囲にわたって説いていくという方法を取ります。

 これはなかなかの力業で読み応えがあります。加えて、文章がとてもすばらしい。
 例えばこのようなくだり。

 谷川徹三はその大正十二年には二十八歳であった。京都帝大哲学科を出て同志社で講じていた。彼はその頃ちょうど恋愛中で、相手は政友会代議士の娘で長田多喜子という女性であった。この年の夏ふたりは結婚し、多喜子はやがて俊太郎という男の子の母となった。

 このような書き方は、筆者の自家薬籠中の物でありましょうが、おそらくは山田風太郎の一連の明治小説の影響下にあるものと思われます。
 日本文学史と日本近代社会史を「リンク」させつつ描いた、筆者の旧作『二葉亭四迷の明治四十一年』に、すでにこの手法が見られますね。

 しかし、「お公家集団」と一部からは揶揄された「白樺派」であり武者小路ですが、そして事実その揶揄について全く誤った評価とは言い難い側面も持ってはいましたが、「新しい村」運動のリーダーとしての武者小路は、例えば「白樺派」同志で情死を果たした有島武郎は言うに及ばず、さらには「小説の神様」志賀直哉に対しても、やや「めくら蛇」的側面はありつつも、決して侮りきれない意志力と実行力を継続的に示していたことが、本文からもありありと理解できます。

 実際に読んでいるときの感想としては、彼について「この方もかなり苦労したんだなー」という素朴な感想を持つことが可能ですね。

 と、まー、かなり「すごい」本を読んだんです。

 私は大いに反省を致し、改めて、武者小路先生のお教えを仰ごうと、上記の二作品に取り組みました。

 私は今まで、私自身の愚かな偏見のせいで、武者氏の本は『友情』だけしか読んでいませんでした(遙か昔。中学生時代か)。白樺派の盟友である志賀直哉の本は主だったものはほとんど押さえているのに。

 で、この度二冊続けて読んでみました。共に100ページちょっとの本ですから、すぐに読めます。

 で、どう思ったかというと、まず『愛と死』については、うーん、「偏見が合っていたなー」と。いえ、すみません。言い直します。「若かった頃の私」の偏見としては、まぁ許せるんじゃないかしら、と。はい。

 ただ文章については、さすがに古びてはいず、何かの本で読んだ「白樺派をもって近代の言文一致は完成を見た」というのはなるほどと思いましたね。この本は、今の中学生でもきっと普通に読めます。これはなかなか得難いことだと思います。武者、えらい。

 次に『幸福者』についてですが、まーこの本は「小説」じゃないですねー。
 いえ、ないことは、ないですね。だって小説というのはもっとも何をどう書いてもいい文学形式ですから。
 でもこれは、宗教告白です。倫理の書であります。

 悪くはありませんが、そしてこれはこれですごいなぁとも思いますが、今の私としては、少しパスという気はします。
 こんなのを書くから、若かった頃の生意気な私は「偏見」なんて持ったんでしょうね。
 でもね、本当にこの倫理観については、これはこれで、とても立派なものだと思います。今の私は。

 そんな本でした。武者小路、悪いとは思いませんが、やはりちょっと魅力に欠けますかねー。はい。(おーい、偏見、直っとらんやないかー。)

 というわけで。以上。


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Last updated  2009.07.17 06:29:03
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