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近代日本文学史メジャーのマイナー

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2009.07.22
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   『死の棘』島尾敏雄(新潮文庫)

 これも、分かっていながら読んだとはいえ、600ページの長ーい小説であります。
 内容が、「病妻物」。
 ところがこれが、また暗ーい話かと言えば、暗くなりきっていないんですねー。
 いえ、もちろん、書かれてある内容は充分暗くはあるんです。

 病妻といっても、妻が精神を病む話。
 そして展開が、まるで傷口に塩を擦り込むような話であります。
 「賽の河原」ってのがありますが、作品中にも出てきた言葉ですが、まさにそんな地獄のような夫婦関係の話です。

 妻の神経が、突然異常をきたします。
 原因は、主人公である夫の「女」関係です。
 で、狂気に憑かれた妻は、主人公の「女」について、細かい細かい細かいことまですべて話せと、夫に迫るわけです。
 この迫り方が、実に「傷口に塩」であります。

 妻が迫って迫って、夫が時に居直り、時に暴力沙汰になり、そして、時に涙、時に自傷、時に自殺未遂と……。
 こうして書くと、ウンザリしそうな話なんですが、そして事実、何度もウンザリしそうになるんですが、ところがそれが不思議なことに、ウンザリしきらない。

 例えば、発作中の妻とのやり取りが、こんなふうに描かれています。

 「おまえ、ほんとうにどうしても死ぬつもり?」
 「おまえ、などと言ってもらいたくない。だれかとまちがえないでください」
 「そんなら名前をよびますか」
 「あなたはどこまで恥知らずなのでしょう。あたしの名前が平気でよべるの、あなたさま、と言いなさい」
 「あなたさま、どうしても死ぬつもりか」


 こういうのって、実際の状況としては、とても大変な状況であるのは分かりつつも、どこかユーモラスじゃないですか?
 思わず吹き出しそうになりませんか?

 どこかにユーモラスなところが見えますよねー。
 セリフの言い回しですかね。

 つげ義春という漫画家がいますね。
 知る人ぞ知る、マイナー漫画のメジャー=大家ですが、そのつげ氏の作品のような、「真っ暗な中に」そこはかとないユーモアが漂っている、そんなふうに感じます。

 (ちょっと話は変わりますが、つげ義春の漫画って、とっても井伏鱒二・安岡章太郎的であります。おそらく影響関係があるんでしょうが、その味わいは何とも「ダル」で素晴らしいです。但し、僕の知っているのは初期のつげ氏であり、影響関係の感じられる井伏・安岡両氏についても、初期の作品でありますが。)

 さて、話題を戻します。
 この夫婦には、子供がふたり、男の子と女の子がいるんですね。
 両親がこんな満身創痍のような暮らしぶりだから、当然全く構われることもなく、ハラハラするような育ち方なんですが、この二人の存在がまた、実に作品に一種「救い」をもたらしております。
 途切れ途切れにしか出てきませんが、とても存在感が大きいです。

 この、子供による「救い」というのは、なんとなく同種の例を持つ小説を多く思い浮かべることができそうですが、この作品においてもとても貴重なものとなっています。

 ということで、600ページの「病妻」もの、何とか読めました。
 しかし、本当に、いろんな作家が、いろんな事を、書いてはるものでありますな。
 つくづくそう思いました。

 以上。今回はこんなところで。

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Last updated  2009.07.22 05:58:52
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