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2009.07.29
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   『女坂』円地文子(新潮文庫)

 さて、前回は、同じ円地氏の『なまみこ物語』を読みました。
 贅沢な感じのする、とっても面白い「おいしい」お話でした。
 それで今回も、同作者の作品を追っかけて読んでみました。

 うーん、これも、気合いの入ったいい小説ですよねー。
 だから、「女流」は恐いんですよねー。全く侮れません。

 特に本作は、前回の『なまみこ物語』の時に感じた後半の失速感はありませんでした。序盤から前半あたりにかけて彫心鏤骨作り上げた舞台装置(冒頭の、江戸時代そのままの料理屋の風情など、絶品ですね)は、最後まで充分に生かし切られている感じがしました。

 ただ、少し気になったことが二つあります。
 その報告の前に、新潮文庫裏表紙にある、例の紹介文を引用して簡単にストーリー紹介をします。こんなお話です。

 明治初期、世に時めく地方官吏白川行友の妻倫(とも)は、良人に妾を探すために上京した。妻妾を同居させ、小間使や長男の嫁にまで手を出す行友に、ひとことも文句を言わずじっと耐える倫。彼女はさらに息子や孫の不行跡の後始末に駆けまわらねばならなかった。すべてを犠牲にして、「家」という倫理に殉じ、真実の「愛」を知ることのなかった女の一生の悲劇と怨念を描く長編。

 えー、こんなお話なんですがー、気になったことのひとつ目。
 第二章で、はやくも行友は官界を去り、在任中思うがままに手に入れた巨額の「賄賂」を元に巨大な屋敷を建築し、そこに閉じこもって自分本位な生活を送り始めます。

 このことは、作品世界から社会性を失わせてしまいました。例えば第一章において、行友は「自由党員」に襲われ負傷しますが、この場面は唯一といっていい行友の男性的な魅力の描かれたシーンです。
 巨大な妖怪屋敷のような家中に閉じこもった彼は、以降、そんな魅力的な場面を見せる機会を失ってしまったことになります。

 これは、是か非か。どうなんでしょう。
 僕は、作品世界が少し重苦しくなって、やや広がりを失ったかと思いましたが、でもその事も含めて、作者の意図だったのかも知れません。
 
 ただそのおかげで、作品中盤、ちょっと造型に欠ける、どう見ても「小物」の「書生」なんかが中途半端に絡んできたんじゃないか、と邪推する私でもあります。

 さて気になったことの二つ目。
 それは、以前にも少し触れたことがありますが、小説の終わり方についての疑問です。

 この作品に即して具体的に言えば、はたして行友が倫よりも先に死ぬという設定はなかったか、ということであります。

 でもそれは多分ないでしょうね。
 たぶん倫は行友に対して「必敗者」でなくてはならず(少なくとも表面的には)、そうだとすると、この設定は成立しないでしょう。

 しかし、ならばせめてラストシーンは、アイロニカルに「華やかな」葬式で終わらせるという手はなかったか。
 うーん、しつこい?

 などと、読み終えてもさらに幾つものシーンを考えました。
 それは、作品世界が、リアリティと充分な重み・豊かさを持ち得ているということだと思います。

 さて、逃げるのをやめて取り組んだ「女流」文学がいきなりこれほど面白いと、今度はこれからしばらく逃げられなくなりそうで、うーん、ちょっと、困ったような、そうでもないような。……また、考えてみます。

 以上、今回はこんなところで。


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Last updated  2009.07.29 06:21:39
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